軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

壁画

サーヒィが産まれた鷹人族の巣、彼らが剣山の巣と呼んでいるそこは、かなりの歴史がある巣であるらしい。

他の生物が寄り付くことの出来ない険しい山中にあり、モンスターがやってくることも稀で、嵐さえもやって来ず、瘴気もなく穏やかで平和で……だからこそ鷹人族が繁栄することが出来て。

そんな巣の長になるにはただ指名されただけでは駄目で、それなりの義務を果たす必要があり……その一つが口伝の継承だった。

鷹人族の長には古い時代からの言い伝えがあり、それを継承出来ることが長の大事な義務であるらしい。

そういう訳でサーヒィは長候補となって以来、毎日のように長から言い伝えを聞かされているらしい。

毎日毎日、ものすごい量の言い伝えを何度も何度も、泣き言を言っても許されず何度も何度も。

「……いや、無理だよ、無理、あんな量の話、どうやって覚えたら良いんだよ」

数日後の昼過ぎ、雪解けが始まり、地面がぬかるんできた広場の止まり木で休憩時間をもらってイルク村に戻ってきたサーヒィが早速そんな愚痴を口にする。

「……覚えるためのコツみたいのを長から聞いたら良いのではないか? 今までの長はしっかり覚えられていたんだろうし……そのコツが分かればなんとかなるはずだろう?」

そう私が返すとサーヒィは、ため息を吐き出しながら首を左右に振ってそんなものはないらしいことを伝えてくる。

「……なら紙で記録したら良いんじゃないです? 鷹人族さんが筆記をするのが難しくても、他の誰かに頼んだら良い訳ですし……劣化とかが気になるなら石板とか鉄板とか、洞人族さんに頼んだらなんとかなると思いますよ」

と、そう声を上げたのはエイマで、そう言ってからサーヒィの隣の止まり木にピョンピョンと飛び上がってちょこんと着地する。

するとそんなエイマを見て半目となったサーヒィが力なく言葉を返す。

「あー……記録か、記録ね、まぁー既にやってはいるから、それもありなんだろうなぁ。

あの壁画よりも分かりやすく、しっかりとした記録があれば……あぁ、覚えるのも楽になるかもなぁ」

「え? 壁画があるんですか? それは鷹人族の巣の中にですか?」

「おう、大昔……それこそあの巣が始まった頃からの記録が壁画って形で残されてんだよ……クチバシとか翼で色んなもんを壁に塗りたくって描いたやつがな。

っても量が多すぎる上に訳わかんねぇ絵もあったりで記録としては今ひとつなんだが……紙やらで文字でもって記録するなら悪くはねぇかもな。

……ただまぁ、そうなると今度は誰にやってもらうかとか、どんな文章にすべきかとか、そういった問題も出てくるんだよなぁ」

「ならボクがやりますよ! 口伝の記録と壁画の編纂!

ボクならこの通り、小さな体で巣まで運んでもらうのも簡単ですし、それなりの知識もありますし、記録なんかも大の得意!

大昔の壁画とかすっごく興味ありますし、サーヒィさんが口伝を覚えやすいように工夫した教本なんかも作ってあげますよ!」

と、目を輝かせたエイマの一言に、サーヒィは悪くないなという顔をする。

確かにエイマなら適任だろう、賢く人に教えることも得意で、記録だとか文章を書くことも得意で仕事にもしている。

小柄で以前空を飛んだフランのようにカゴで運んでもらえば行き来も簡単で……その言い伝えと壁画が門外不出とかでなければ、エイマに任せてしまうのも手なのだろう。

と、そこで二つの声が割り込んでくる。

「一緒にいきたいでしゅ! 壁画見たいでしゅ!」

「メァ~、メァメァ、メァ~~」

それはいつのまにか私の足元にやってきていた日々成長し続けているフランと、その背に座ったチャイのものだった。

「……チャイとフランか? いやまぁ、チャイはオレの後の長になるかもしれない訳だし全然問題ないけど……フランもか?

フランはどうだろうなぁ……エイマもだけど長に確認取らないとだな」

サーヒィにそう言われてフランとチャイがお願いお願いとねだるような声を上げる中、私はあることに気付いて顎を撫でながら内心で「なるほどなぁ」なんてことを呟く。

長が突然サーヒィを後継者に選んだのは、チャイのこともあってなのかもしれないと、そんなことを思いついたからだ。

鷹人族の中でも特別賢いチャイ、その父であるサーヒィを長に指名したならチャイがその後継者になる確率は高くなる。

と、言うかイルク村産まれでイルク村の住民となっているチャイを剣山の巣の長にするには、それしか方法が無かったとも言える訳か。

英傑の血だったか? 伝承の残るくらいの力を手に入れるためならば、そのくらいのことは誰でもやるのだろうなぁ。

なんてことを考えていると聞き慣れつつある翼の音が聞こえてきて……剣山の巣の長、ホーラオがやってきて声を上げる。

「空から聞かせてもらった、エイマ殿の来訪と壁画と口伝の記録と編纂、どちらも歓迎しよう。

壁画とは我らの口伝を広く知らしめるため、その際の証拠として残してあったものらしいのでな、むしろありがたいくらいだ。

もちろんチャイの帰巣も歓迎しよう、フラン君も遊びに来ると良い。

……ディアス殿はその、体の大きさから難しいかもしれませんなぁ」

何故か私も行きたがっていることになっていた。

いや、うん、別に行きたくはないぞ? 普通に山を登れば行けるのかもしれないが、剣山という名前から嫌な予感しかしないし……。

との旨をホーラオに伝えるとホーラオは了解したと深く頷いてくれて……そして巣に行けることになったエイマとチャイとフランは目を輝かせての大喜びをする。

エイマとチャイは知識欲から、フランは冒険心から湧き上がる興奮を抑えきれず、今すぐ行きたいとまで言い出して……それすらもホーラオは了承する。

そもそもホーラオは勉強から逃げ出したサーヒィを捕まえにここまで来たんだそうで……その子供であるチャイが一緒に来てくれるのなら捕まえる苦労も連れ戻す苦労も、逃走を防止する苦労も必要なくなる訳だから、チャイの来訪は大歓迎なのだろう。

そういう訳ですぐに運搬用のカゴと記録のための紙束とインク壺が用意され、エイマとフランとチャイがうっかりカゴから落ちてしまわないようしっかりと固定され……そしてそのカゴをサーヒィが運ぶことになった。

ホーラオと念の為ということで同行することになったビーアンネがその下を飛び、いざという時に備えるということになり……村の皆から見送られながらイルク村から飛び立っていく。

帰還は明日になるそうで、フランシスとフランソワは少し心配そうにしていたが、フランの冒険心を止めることも出来ないと思っているのだろう、優しい目でもって空を舞い飛ぶ我が子を見送る。

……そうやって見送り終えたなら皆、それぞれの仕事に戻り……イルク村は数日後に行われる新年祭のための準備で忙しくなっていくのだった。

――――剣山の巣で エイマ

長く高くそびえ立つ剣のような山の中腹に、大きく開けられた穴があり、鷹人族の巣はその中にあり……そんな剣山の巣に到着したエイマは達は、挨拶や紹介もそこそこに壁画があるという長の巣へと足を運ぶことになった。

元々それが目的であり、話が早いのはありがたく、抑えきれない知識欲に胸を躍らせながら長の巣の最奥……壁画の間へと進むと、そこにはなんとも表現しがたい光景が広がっていた。

まず天井に穴が空いていた、そこから日光を取り込む形になっているのか壁画の間がとても明るく……清い空気が入り込んでいるのか、岩穴の中だというのに埃臭くもカビ臭くもない。

そして物凄い数の壁画が、ずらりと横一列に並べられていて……そのうちの最初の一つ、色が抜け一部が削れ落ち、ボロボロとなりつつあるいかにも古い壁画を見て……エイマとフランとチャイは同時に首を傾げる。

「なんですかこれ?」

それが壁画を見てのエイマの第一声だった。

丸が並んでいる、模様のように並んでその中央には大きな丸があって……ただそれだけの壁画だった。

「それは並び立つ塔の絵と聞き及んでおる」

それに対しホーラオがそう答えてくれるが……丸のどこが塔なのかとエイマ達は更に首を傾げる。

「ああ、多分それ真上から見た図だと思うぞ、ほら、オレ達鷹人族だから」

次に聞こえてきたサーヒィの声でようやくエイマは得心して、なるほどなぁと呟きながら手にした紙束に最初の壁画のことを書き込んでいく。

丸い塔を真上から見た図、いくつも並んだ塔……こんな建物一体この世界のどこにあるのか? 少なくとも王国ではないだろう、王国の歴史を記した本にはこんな塔のことは一言も書いていなかったはずだし……。

と、エイマがそんなことを考えていると、サーヒィの声が続く。

「しかしこんな塔、一体全体どこにあったんだ?? そもそもこんな塔を建てる目的もよく分からねぇし……。

あれかな、ディアス達がたまに言っている貴族の無駄な見栄のための代物なんかねぇ?」

それは一理ある意見で、エイマが「なるほど」と声にしようとするとそれよりも早くホーラオが答えを返す。

「伝承によれば瘴気を集積するための塔だったと聞く。

古の人間族はそうやって瘴気の力を利用していたそうでな……しかしてそれが災いし、瘴気の化身であるモンスターを生み出してしまったそうな」

「え!?」

思わずエイマがそんな声を上げる、まさかのホーラオの言葉に空いた口が塞がらない。

そんな話聞いたことがない、伝承とかおとぎ話とかにもない話で……新鮮と驚きと、少しの恐怖で彩られた話だった。

「……モンスターって邪神とかそーいうのが生み出したもんじゃなかったのか!?

オレ達鷹人族は神様が生み出したものだって話だし、ならモンスターも当然同じ感じで産まれたもんだと思ってたんだけど……」

と、サーヒィが声を上げるとホーラオは至って冷静に淡々と言葉を紡ぐ。

「違うらしい、まず人間族がモンスターを生み出し、それらに対抗するため我らが神々の手で生み出された。

この塔の壁画は、我らの祖先がモンスター達がどこから生まれてくるのか調査すべく、北の山を越えての調査をした際に目撃したものらしい。

……まぁいずれの話も伝え話でしかなく、正確なのかはなんとも胡乱ではあるが……」

そんなホーラオの話を聞いてエイマは混乱する。

(え? え? え? えぇっと? 仮にその伝承が正しいとした場合、時系列が無茶苦茶じゃないですか??

まず人間族がいて次にモンスター、そして鷹人族って? えぇ??

しかも最初の壁画がこれですか? 普通鷹人族の生まれについてとか、神々との邂逅とか、そういうのが最初になりません?

なんだって大昔の鷹人族は、こんな塔の話を最初の壁画にしちゃったんでしょう?)

そうしてエイマは首を大きく傾げ目を回しながらも壁画をしっかりと記録していき……そしてフランとチャイはそんな大人達に構うことなく、冒険心と知識欲のままに壁画を眺め……その先へ先へと、次の壁画へと足を進めていくのだった。