作品タイトル不明
鷹人族の……
「良いか、お前達、もし兄弟で喧嘩することがあっても、絶対に翼には攻撃するんじゃないぞ?
翼は鷹人族の魂で誇りだ、それだけは絶対にしちゃいけないことなんだ、もしそんなことをしたら父さんも母さん達も本気で怒るからな?」
春風が吹いて雪解けが始まり、段々と春が近付いてきたある日のこと。
サーヒィ達が暮らしている小屋の前に立てておいた止まり木の上で、サーヒィがそんな声を上げている姿が視界に入り……止まり木の前に置かれたカゴに入ったヒナ達が「ピピピピ!」と返事をする。
「もし仮に翼を攻撃して、翼が折れてしまったら……それで鷹人族としては終わりだ。
一度折れてしまった翼は治らない、元通りに戻ることはない……そして翼がそうなったらもう絶対に空は飛べない。
オレ達は空を飛ぶ一族だ、翼の一族だ、狩りをする時も空を飛ばなきゃ話にならない。
もし飛べなくなったら……それはもう鷹人族じゃない、生きていてもしょうがない、狩りも出来ずモンスターからも逃げられず死ぬだけだ。
飛べなくても巣の皆で世話してやれば良いと思うかもしれないが、そんなのは本人も周囲も望まないし、望んではいけないんだ。
そうなってしまったらいっそ獣に食われてしまった方が良い、ひどいことを言っているように聞こえるかもしれないが、それはそれで救いなんだ、翼を失って鷹人族でなくなるよりは鷹人族のまま死んだ方が良い、その誇りは決して忘れてはいけない大事なことなんだ」
いつもとは少し違う声色で、空を少しだけ見上げて……格好つけているような姿でサーヒィがそう言うとまた雛達が「ピピピピ」と鳴く。
たまたまそこに通りかかった私は、その話を聞いてあることに気付いて思わず口を開きかけるが……ここで変に口を挟むのは良くないなと黙ることにし、その様子を見守る。
するとカゴの中の雛の一人、チャイも私と同じことに気付いたのだろう、クチバシを開いて何かを言いたげにするが……父親の大事な話の途中だからとクチバシをしっかりと閉じる。
「だから喧嘩をしても翼を攻撃しちゃ駄目なんだ。
大昔、オレ達の巣は他所の巣と争ったことがあったそうなんだが、その時もお互いに翼を攻撃することはなかった。
より高く早く飛び、相手を抑えつけて地に落とし、屈服させはしたがそれ以上のことはしなかった。
どんなに怒っていても、憎んでいてもそれだけは絶対に駄目で……兄弟喧嘩なら尚更だ、そんなこと絶対にするんじゃないぞ!」
そう言ってサーヒィがクチバシをクイッと上げると、雛達は小さな翼を振り上げて「はーい!」とか「ピピピピ!」とか元気に返事をし……それから話が終わったのを受けてか、カゴからピョンッと飛び出て、遊ぶためなのか一列になってどこかへと歩き去っていく。
それをどこか誇らしげに見送ったサーヒィは、私が見守っていたのに気付いていたのだろう、こちらに話しかけてくる。
「ディアスもあの子達が喧嘩をしていたら、その辺のことを気遣ってやってくれよ。
幼いうちはどうしてもカッとなって……ってことがあるからさ、もうそうなりかけてたなら止めてやってくれ。
あ、普通の喧嘩なら止めなくて良いぞ? 正しく喧嘩するっていうのはそれはそれで大事なことだからな」
「ああ、分かったよ。
分かったんだが……サーヒィ、もし翼に怪我をすることがあっても自棄にはならないようにな?
たとえ翼が折れてしまったとしても……その、ほら、イルク村には安産絨毯があるからな」
と、私がそう返すと誇らしげにしていたサーヒィの動きが止まり、そのまま固まってしまう。
……ああ、やっぱり忘れていたか。
骨折くらいであれば簡単に治してくれる安産絨毯は、鷹人族の翼が折れたとしてもしっかりと治してくれるはずで……そうなればすぐにでも空を飛べるようになるはずだ。
しかしまぁ、サーヒィの話は怪我の話をさておいても大事な内容ではあったし、鷹人族の誇りや文化にも関わる内容でもあったので……うん、途中で口を挟まなかったのは正解だったと思う。
恐らくだがチャイも同じようなことを考えていたはずで……だからこそクチバシを閉じて何も言わなかったのだろう。
「……いや、うん、そうだな、うん……。
そ、その時はディアスの世話になるよ……」
そして硬直したままサーヒィがそう言った折、いつもとは少し違って聞こえる翼の音が上空から聞こえてくる。
力強い鷹人族の翼の音なのだけど、サーヒィともビーアンネ達のものとも違う、どこか柔らかな音で……見上げると恐らく始めて会う鷹人族の姿があり、その鷹人族がゆっくりと降りてきて……サーヒィの隣の止まり木に降り立ってクチバシを開く。
「サーヒィ、恥じることはないぞ、父親として正しい話であった。
そこな御仁が規格外なだけで、恥じることではまったくない。
……そして貴殿がこの巣の長ですかな、初めてお目にかかる……鷹人族が長、ホーラオと申す」
眉が長く、どこか表情が柔らかく……そして表情というか、羽毛の膨らみ方にどこか老いを感じさせる鷹人族がそんなことを言ってきて、私は慌てて居住まいを正し、声を返す。
「こ、これはこれは、丁寧な挨拶痛み入る。
私はこの地、メーアバダルを治めるサンセフリフェ王国公爵、ディアスと言う者だ。
いつもサーヒィ達や、出稼ぎに来てくれる者達には助けられていて……その許可を出してくれたホーラオ殿には感謝の言葉もない」
これはごく最近ダレル夫人の授業で練習していた挨拶の一つだった。
もし鷹人族の長と会ったらどんな挨拶をすべきかという授業で、何度も何度も、色んな種類の挨拶の練習をさせられていたので、どうにかこうにかそれなりの形にすることが出来た。
「ほっほ、こちらこそ勤め先を紹介してもらえた上に、この巣の方々にはとても良くしてもらっていると一族の者達から聞いている……感謝の至りだ」
と、そう言って長……ホーラオがすっと翼を差し出してきて、握手かなと私が応じるとホーラオはニッコリと笑い……そこでサーヒィが声をかけてくる。
「あ、あの長殿? なんだってまたこんな遠くまで?
何か緊急の要件って感じでもないみたいだし……なんかオレに話でも? それともディアスに会いたかったとか? それともここを一度見てみたかったとか、ですか?」
「ん? ああ……以前からこの巣には顔を出したいと思っていたのもある。
約定のこともあるでな……そして顔を出して分かった、確かにこの巣であれば約定を果たす価値があるのだろう。
……が、今回の一番の目的は別でな、サーヒィ……お前に話があってやってきたのだ。
話というのはつまり、お前を次の長に指名するというものだ」
そうホーラオに返されてサーヒィはクチバシを大きく開け、目をパチクリとさせ……どうにか言葉を返そうとするが言葉が出てこず、ただただクチバシをパクパクとさせるだけとなり、それを見てかホーラオが言葉を続ける。
「お前が次の長となって、我らが巣とこの地の巣を一つとするのだ。
それこそが我らが代々受け継いできた約定である、正しい人間族を助け共に在り、そしてモンスター共をこの世界から駆逐する、それこそが我らの使命なのだ。
もちろんサーヒィ、お前の代でそれが成せるとは思ってはおらんが、それでもその一番翼となることは出来るだろう。
お前が持ってきてくれた出稼ぎのおかげで、我らが巣はかつてない程に豊かとなり、この冬に産まれた雛の数は数え切れん。
……全ての雛が無事大人となったなら、鷹人族の復興が成ったと言っても過言ではない。
その功績を思えばお前が長になることに何の不思議があろうか……そこな御仁とも気の置けぬ仲の様子……お前こそが次代の長の適任だろう」
そんな言葉を受けてサーヒィはクチバシを大きく開けたまま空を見上げ……そうして気絶でもしてしまったのか、そのままひっくり返るようにして止まり木から落ちかけてしまう。
それを見て私が慌てて駆け寄り、サーヒィを受け止めるとホーラオは、どういう感情なのか目を細めてうんうんと頷き、
「良かった良かった、伝え話の通りだ……やれやれ、これでやっと翼の荷が下りた」
と、そんな言葉を呟くのだった。