作品タイトル不明
何者かの進軍
――――雪原を進みながら 森人族達
森から持ってきた白い花びらを操ることで、その姿を雪景色に溶け込ませ、雪原のあちこちに仕込まれた魔法をその膨大な魔力でもって回避するなり抑え込むなりして進む森人族達の狙いは噂に聞いた森人族の子供達だった。
メーアバダル公爵の下にいるらしい子供達、端金で買われたというろくでもない一族の恥。
そんな存在、すぐにでも殺してしまいたかったが……ちょうど良い利用法があったので、殺さずに活用することにした。
上位の森人族は下位の森人族に対し、魔法でもって命令を下すことが出来る。
それに逆らうには相応の魔力が必要な上、逆らったが最後森人族として失格の烙印が押されるだけでなく、神々に忌み嫌われ森になる権利も奪われてしまう……というものだ。
森人族の子供を見つけ、その魔法を使えたなら……様々なことが出来るはずだ。
メーアバダル領に混乱を招くことも出来るだろうし、子供を人質にする形で様々な要求を通すことも出来るだろう。
領主がその子供を養子にしたという噂もあるので、それが本当ならば領の乗っ取りなんてことも可能かもしれない。
この辺りに森はなく、森人族が住まうには適していないが、領のどこかには森があるらしく、更には子供達が森人族の木や果樹を育てているそうで……多少の我慢をしたなら、なんとか暮らせるようになるかもしれない。
いっそ自らが暮らすのではなく獣人国の誰かに領地を売り払うという手もあるし……これこそが一族の悲願、長年求めていた捲土重来の一手であるのだと彼らは確信していた。
そこに一切の罪悪感はない。
一族の恥を一族のために使ってやるのだから、王国領主を上手くやり込めてやるのだから、一時身を置くことになった獣人国からも絶賛されるに違いないと……今までの扱いを詫びてもらえるに違いないとまで、彼らは考えていた。
実際にはそんなことはなく、森の状況についてを知ったヤテン兄弟とペイジン・オクタドが急遽招集した傭兵集団が、自分達を止めるため捕らえるために動き出しているのだが……彼らはまさかそんなことになっていようとは思いもよらず、欲望のままに足を進め続ける。
総勢120人、草の繊維で編んだ冬服の上に革にゼラニウムを編んだ防具やブーツを身に着け、古木エルムの長弓を手にし、矢筒には星の石を鏃とした矢を入れ……戦闘準備は万端、人間如きが相手であれば千でも万でも勝てるだろうと、そんなことを考えながら彼らがニヤついていると……その長い耳が甲高い音を聞きつける。
風切り音、誰かが彼らに向けて矢を放ったようで……その矢が進む先に立っていた森人族達はその正確な狙いに驚きながら、雪の上を転げての回避をする。
と、またも風切り音。
次々に風切り音が彼らの下へと向かってきて、彼らは転げるなり駆けるなり、それぞれの方法でもって回避していき……同時に戦慄し震え上がる。
狙いが正確過ぎる、威力が高すぎる。
全ての矢が回避しなければ命中していた。
回避した先にある雪を貫き、地面に深々と刺さる矢は、掴んで抜こうとしても簡単に抜けない程深く刺さっていて……その威力の凄まじさが伝わってくる。
そもそも弓矢で攻撃出来るような距離に敵の姿は見えず、一体どこから矢を放っているのか……この矢の主は、エルムの弓の2倍かそれ以上の射程距離を持つ弓でもって、姿も見えない相手を正確に狙ってみせていて……そんな真似、伝説にある森人族の老手であっても不可能だ。
今自分達は何に襲われているのか……その何かはどこにいるのか。
目や耳、魔力を使ってどうにかそれを探ろうとするが、どうしても答えを得ることが出来ず……そうこうするうちに120人全員が矢を回避する中で雪の上に伏すなり這うことになり……全員がそうなった時点で何故だか矢での狙撃が停止する。
「……矢が尽きたか……?」
誰かがそう声を上げ、立ち上がろうとすると瞬間そこに矢が飛んできて、再び回避のために雪の上を転げることになる。
他の誰かが立ち上がろうとしても同様で……試しにと2人同時に立ち上がろうとしてもやはり矢が飛んでくる。
どうやら射手はこちらの状況を完璧に把握しているらしい。
そして……森人族達が立ち上がることを許さないつもりらしい。
『伏して頭を垂れろ』
そんな声が深々と雪に刺さる矢から聞こえてきた気がした。
試しにと頭を上げ……そのままゆっくりと背を起こしていくと、やはり矢が飛んできて咎めてくる。
『頭を垂れて許しを請え』
あえて矢を命中させずにこんな状況を作り出している辺りに、そんな意図を感じる。
命中させたいなら矢を続けて放つなり、複数いるはずの射手が同じ標的を同時に射るなり、いくらでも手はあるはず。
魔法で風切り音を隠すだとか、こちらの聴覚視覚を惑わせてくるだとか、なんとでも出来るはずで……そうしないということは、射手達はあえてこの状況を作り出しているのだろう。
こんなことが出来る射手とは果たして何者なのか……?
人間族になどこんな真似出来るはずもなし、獣人にも出来ないだろうし、岩の連中にこれ程までの射程距離を誇る長弓を扱うことなど不可能だ。
そうなると……射手は森人族なのか? と、何人かが思い至り……そしてその何人かは相手の居場所も分からないまま、なんとなく矢が飛んでくる方向へと魔力を放つ。
それは命令の魔法、支配の魔法……相手が下位の森人族ならばと、そんな希望にすがっての魔法は……どうやら全てではないが一部が相手に届いたようで、魔力がうねり弾け、魔法が発動する。
……が、効果は発揮されなかった。
相手が森人族ではなかったのか……それとも相手が上位の森人族だったのか。
そのどちらかしかないと、周囲の森人族達が考えていると……魔法を発動させた何人かが頭を雪にこすりつけながら詫びの言葉を口にし始める。
「も、申し訳ありませんでした」
「どうかお許しを……」
「無礼な真似をしてしまい、本当に申し訳なく……」
どうやら相手は上位の森人族であるらしい。
魔法を返され、支配され……彼らはただ謝ることしか出来なくなる。
そうなってしまった森人族のことじぃっと見つめた周囲の森人族達は、冷や汗をかき歯噛みする。
森人族の上位下位は、その魔力量でもって決定される。
そして謝るだけの彼らは、支配の魔法を使ってやろうと……自分達の方が上位に違いないと過信出来る程度の魔力を有していた。
だというのに支配されてしまった……相手はそんな彼らよりも多くの魔力を持っているということになる。
一体何者なのか……? 今自分達の身に何が起こっているのか……?
そんな困惑が広がり、ただ伏せているだけのはずなのに呼吸を荒くするものまで出てきて……そうして理性を失ったのか、何人かが慌てて立ち上がり、逃げるためなのかどこかへと駆け出す。
するとまた矢が飛んでくる……が、一心不乱に逃げているのが功を奏したのか命中することはない。
そして……そんな状況を見る中で、何人かの森人族が気付く。
矢の数が明らかに状況に追いついていないことに……射手の数が少ないことに。
3人か……いや、2人だ、たったの2人でこの射手達は自分達のことを釘付けにしていたのだ。
相手がたったの2人ならば何か手があるのでは……? と、そんなことに考えが至った折、逃げた者達の行く先から、複数人がこちらに駆けてくる音と、何かがぶつかり合うような音が聞こえ、直後悲鳴が響いてくる。
どうやら逃げた先……後方にまた別の敵が迫ってきているようだ。
こうなってしまった以上、射手達がいる方向……前方に向かった方が良いのでは? このままここで伏せているよりは可能性があるのでは……? そうして射手2人を捕らえられたなら一気に状況が好転するのでは?
そう考えて仲間へと視線を送り……そして同じことを考えていたらしい仲間を頷き合い……それから合図をし、残った全員……支配を受けていない全員でもって同時に立ち上がる。
すると矢が2本すぐさま飛んできて……狙われた2人は再び転げての回避をし、それを合図に残りの者達は射手がいるだろう前方へと一斉に駆け出す。
駆けているとまた矢が飛んでくるので、狙われた者は回避を優先し、そうでない者は駆け続けて……そうして森人族達は射手の下へと、一気に迫っていくのだった。