軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

神殿とあれこれ

酒場……ゴルディアによるとそれによっていくらかの防犯効果があるようだが、酒に酔って気が緩んだことにより起きてしまう犯罪というのもあると思う。

それを防ぐには酒場と対になるような、気を引き締めてくれる場が必要で……私はそれが神殿なのだろうと考えている。

神々が住まう場、そこから神々が見守ってくれていて……同時に厳しい目でもって私達の行いを見張ってくれてもいて……日々の生活の中でその神殿を目にすることで、正しくあろうと気が引き締まり、心を強く持つことが出来るはずだ。

酒場から一歩外に出て夜風に当たりながら、ふとした瞬間に酒場の窓から。

そういったタイミングで神殿を見たことにより、少しでも冷静になってくれるならそれだけでも価値はあるはずで……そういう訳で神殿についての話し合いをするために、ベン伯父さんの下へと足を向ける。

今日もベン伯父さんは広場の辺りで皆の相談役をしているはずで……広場に向かうと、伯父さんとセナイとアイハンの姿があり……三人は果物を手にワイワイと盛り上がっている。

「ディアス、お前もこれを食べてみろ、驚くぞ」

盛り上がる中でベン伯父さんがそう声をかけて手招きをしてきて……それに従い近付くと、伯父さんの足元には大きな陶器の器……以前オーミュンが造り出した冷却ツボが置かれていて、蓋のようにかけられた布をめくると、中にはいくつかの果物が入っており、伯父さんがその一つを手に取り、こちらに差し出してくる。

それは杏の一種のようで……まだ少し早いというか、熟しきっていないそれを受け取ると驚くくらいにヒンヤリと冷えていて……一口かじったなら冷えた果汁が口の中に広がり、飲み込んだなら体の芯まで冷たさが伝わってくる。

「水が蒸発すればする程冷えるって話だったが……まさかここまでとはなぁ。

夏の暑さと乾いた風のおかげでぐんぐん乾いてその分だけ冷えて、驚く程だ。

乾きが早いもんだから水を補充する回数が増えてしまうが……これだけ冷えてくれるなら大した手間ではないなぁ。

砂と水で重くなるのが欠点と言えば欠点だが……倉庫や竈場に置いておくならそれも問題にならない……いや、大したもんだ」

冷却ツボのことを見やりながらなんとも嬉しそうにベン伯父さんがそう語り……セナイとアイハンは冷えた杏を齧りながらなんとも不思議そうに冷却ツボのことをペシペシと叩いている。

水を通す大きなツボの中に、水を通さない小さなツボを入れて、その隙間を埋めるように焼いた砂を入れて……その砂に水を染み込ませると、大きなツボの表面からどんどん水が蒸発していって……水が蒸発すればする程、小さなツボの中身が冷える仕組み、だったか。

冷えるとは聞いていたものの、まさかこれ程とはと驚くばかりで……驚きながらも冷たさが心地よく、それに負けて杏を食べ進めてばかりいると、伯父さんが言葉を続けてくる。

「これもまた神々の御力という訳だな。

世の理、不変の道理、その先に神々があられる……ゆえに探究と学問は意義深いのだ。

我々は所詮世界を動かす歯車の一部に過ぎないが、だからこそ回ることを止める訳にはいかない。

もし止めてしまったなら、いつか世界を動かす歯車そのものが動きを止めてしまい、世界が終わってしまうからだ」

それは思わず昔の思い出が溢れかえってしまう程に懐かしい……何度も耳にした聖句の一つで、言い終えるなり伯父さんはこちらに視線を向けて、私が言葉を返すことを期待しているようだ。

「……世界の歯車が絶え間なく回るから季節が巡り、朝と夜が来て、風が吹き波が立って、生命が巡る。

神々が造り出したその仕組を参考にして作られた歯車が、様々な道具の要となり、荷を持ち上げ運び、我々の生活を豊かにしてくれている。

このことから分かるように学問は神々へと続く道であり敬愛の念である……。

……その教え、そろそろ相応しい場で教えたらどうだ?」

すっかりと古くなった記憶をどうにか掘り返し、それをそのまま口にする形で私がそう言うと、ベン伯父さんはニヤリと笑い……セナイとアイハンと、それと二人の側で杏を食べていたエイマが、私が難しいことを言ったことに驚いているような表情を向けてくる。

……いや、うん、私だってこれくらいは出来るというか、聖句に関してはクラウス達の結婚式でも暗唱したじゃないかと思ってしまうが……ベン伯父さんの前であれこれ言ってしまうと、寝た子を起こすような結果に繋がってしまいそうなので何も言わずにベン伯父さんだけを見る。

するとベン伯父さんはぐるりとイルク村のことを見回して……後頭部を一撫でしてから言葉を返してくる。

「……新道派に目をつけられてもつまらんと大人しくしていたが……まぁ、頃合いではあるんだろうな。

今は皆忙しくしているようだからすぐにという訳にはいかんが……どの辺りに建てるか、どういう間取りにするかくらいは考えておいた方が良いかもしれん。

神々の御使いたるメーアの家となるからにはメーア達の意見も集めなければならんし……うむ、そろそろ儂も重い腰を動かしてやるとしよう。

だが流石に儂一人で神殿を運営するには無理があるからなぁ……一人、信頼出来る者がおるんだが、ここに呼んでも構わんか?」

「ん? まぁ、伯父さんが信頼出来るというのなら構わないが……その人は、どんな人なんだ?」

「旧道派の堅物で……堅物過ぎて新道派と馴れ合えずに苦しんでおるような奴だ。

聖地巡礼から帰還したばかりの儂にここまでの旅費を躊躇せずに渡してくれたくらいには真っ当な性格をしておるんだが……どうにも堅物過ぎてな、ここに呼んでやらんとまともに生きていくのも難しいに違いない」

「そういうことなら今度ゲラントに手紙を届けてもらえるように頼んでおくよ」

俺がそう返すと伯父さんはまたもニヤリと笑い……そして話を聞いていたセナイとアイハンがまた仲間が増えると喜び、目を輝かせる。

そしてどんな人が来るのかと、元気に楽しそうに会話し始め……それを聞きつけたのか、もっと早い段階から話を聞いていたのか、ヒューバートが駆け寄ってきて、声をかけてくる。

「ああ、ディアス様、人を呼んで良いと言うのなら自分も一人、呼びたい人がいるのですがよろしいでしょうか?

王城で働いていた女性で、自分と同じく陛下に忠を尽くしていた人物で……その長年の経験から必ずやメーアバダル領の役に立ってくれるかと」

「ふーむ? 王城で働いているような立派な人がこんな所まで来てくれるものなのか?

……それとその人をここに呼んだとして、具体的にどんなことをさせたいと考えているんだ?」

私がそう返すとヒューバートはこくりと頷いて、真っ直ぐな目でもって私のことを見つめながら言葉を返してくる。

「はい、彼女は王城で礼儀作法などの教育係をしていた方で……その、自分も含めメーアバダル領には貴族の作法や外交儀礼の関するしっかりとした知識を持っている方が一人もいないので、その辺りを担当していただければと……。

大変顔が広いと言いますか、王国各地の貴族のことや帝国の外交官のことなどにも詳しい方なので、そういった面でも力になってくださるかと」

「……礼儀作法……?

一応その、伯父さん達からの教育でそれなりに出来ている方だと思うのだが、それでも必要なものなのか?」

「言いにくいことではありますが……はい、ディアス様もアルナー様もセナイ様もアイハン様も、平民として見るなら上品な方だと思うのですが、公爵家として見ると足りない部分も多く……。

サーシュス公やシグルザルソン伯はその辺りを気にしないお方でしたが、今後そういった面で難癖をつけてくるような方とお会いすることになるかもしれませんし……王都からここに来るまでにかかる日数のことも考えると早いうちに手を打っておいた方が良いと思います」

そんなヒューバートの言葉を受けて渋い顔をした私が伯父さんの方へと視線をやると、伯父さんは『儂は貴族ではないから知らん、貴族なのはお前だろう』と、そんなことを表情でもって伝えてくる。

それを受けて私は仕方ないかと内心でため息を吐き出し、ヒューバートにその旨伝える手紙を書いてくれと頼み……どんな人が来るのやらなぁと頭をかきながら思いを巡らせるのだった。