軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族旅行三日目 軍馬とアルナー

屋根のある一帯を抜けて更に奥にある建物の中に入ると、そこは円形の不思議な空間となっていた。

中央に土床の広場があり、そこを囲うように石の階段、というか階段状になった椅子があり……あれは観客席か何かだろうか?

そうすると中央の土床は何らかの競技をする場で……いやいや、ここは市場なのだからそんな訳が……と、そんなことを私が考えていると、カマロッツが説明を始めてくれる。

「こちらが軍馬の取引場となっております。

中央に馬を立たせ、商人や傭兵、エルダン様やわたくし共があちらの席に座りまして、その馬体を見ながら競りを行うといった形で取引が行われます。

軍馬は育成が難しく、かなりの手間がかかる関係で価値は相応に高くなるものでして……立派な家が建つ程の価値にもなることもある軍馬の保護や管理と、軍馬を育てている者達を鼓舞するためにこういった施設が必要になるのです―――」

良い軍馬を育てたなら競りが激しくなって、育てた者に莫大な財産が転がりこむことになり、だからこそ良い軍馬を育てようと皆が励むようになり。

買う側としてはここで買っておかなければ目の前の良い軍馬が敵に回るかもしれず、敵とまで言わないまでもライバルの手に渡るかもしれず……その一頭によって大きな損害を被ったり、手柄を奪われたりするかもしれないので、それはもう必死になって競ることになるんだそうだ。

財産であり兵器であり……驚く程の額が動く一大産業でもあり。

場所によっては競りや取引などを全面的に禁止して、軍馬も牧場も全て領主のもの、なんてことをやっている所もあるそうなのだが、そうしてしまうと今度は競争が生まれず、良い軍馬を育ててやろうという意欲が生まれず、結果として良い軍馬が手に入らなくなってしまうものなんだとか。

「―――例外は王家直属の馬飼い達くらいのものでしょうな。

彼らは代々王家に仕えてきた、伝統と誇りのある家の者達ですので、競争が無くとも良い軍馬を育てるのですが、誰もがそのように出来る訳ではありませんので……この辺りでは何代も前からこういった形が奨励されています。

おかげで今では軍馬の名産地として知られており、わざわざ王都から買いにくる者がいる程となっております―――」

そんなにも価値がある軍馬だからこそというか、馬泥棒もそれなりの頻度で現れるんだそうで……そういう訳でこの取引所は壁に囲まれ何人もの警備がいる家畜の取引所の最奥……特に警備が厳しいこの場所に建っているんだそうだ。

「―――本日は特例ということで競りは行われませんが、エルダン様から競りの時とほぼ同額の支払いが行われるということになっております。

強制などはせず、その条件を受け入れられる者のみ参加して欲しいとの声をかけた結果、領内の軍馬生産者ほぼ全員が参加の意を示してくださいました。

どうやら新進気鋭の、これから多くの軍馬を買ってくださるだろうディアス様に自分達を売り込み、顔を繋ぎたいと考えての参加のようですね」

と、そう言ってカマロッツは説明を終えて、私達に適当な場所に腰かけるようにと促してから競り会場の奥にある大きな扉の向こうへと歩いていく。

競りの参加者が増えればそれだけ値段が上がりやすくなる訳で、顔を繋ぎたいというのは、いつか私がこの席に座って競りに参加するという未来のことを考えてのことだろう。

そして支払いに関しては……エルダンならば競りでなくてもしっかりと支払いをしてくれるだろうという、何よりの信用あってのことなのだろう。

なんてことを考えて「ふぅむ」と唸った私が移動を開始すると、アルナー達やコルムも後に続いてきて……そうして私達は言われた通り適当な位置に腰を下ろし、ゆったりと構えながらカマロッツ達の、扉の向こうの準備が整うのを待つことにする。

「ところでアルナー、軍馬を買ったとして一体誰が乗ることになるんだ?

私達にはベイヤースやカーベラン達がいる訳で……状況によって乗り分けたりするのか?」

待ち時間の中で私がそう尋ねると、アルナーはその目をキラキラと輝かせながら、いつになく興奮した様子で言葉を返してくる。

「追々は状況によって馬を使い分けたりすることもあるだろうが、今はまだそういった贅沢の出来る状況ではないだろうな。

新しい馬が手に入ったなら当然、まだ馬を持っていない者達に回すべきで……まずはクラウスに何頭か回してやるべきだろう!

イルク村との行き来で必要になるだろうし、不届き者の追撃などで必要になることもあるだろうし、馬の扱いには慣れている様子だったから扱いの難しい軍馬を任せても問題はないだろうし……クラウスが立派な軍馬を駆っていれば、クラウスやメーアバダル領の評判が上がることにも繋がるはずだ!」

その元気というか、力の籠もった言葉に私が「なるほど」とそう言って頷いていると、私のすぐ側で待機しているコルムもまた大きく頷いて……そんな私達の様子に満足げに頷いたアルナーは更に言葉を続けてくる。

「クラウスに十分な数を回せたら次はナルバント達に回したいな!

あのメーアワゴンの本格的な運用には優秀な軍馬が必要になってくるだろうし、工房がもっと盛んになれば荷運びなどでも必要になってくるだろうし、軍馬が側に居れば馬具や 馬鎧(ばがい) の改良や開発にも繋がるはずだ!

数を揃えて仔を作らせて良い草を食ませて更に良い軍馬を産み出せるようになれば、私達の軍馬がここで競りにかけられるということもあるかもしれないな!」

アルナーがそんな風に興奮すると、釣られてセナイとアイハンも興奮し始め、メーアの六つ子達も事態を飲み込めないながらも楽しそうに声を上げ始め。

エリーは建物の中を見回すうちに商人の顔となり、セキ達もまたエリーを見習おうと気合を入れ始め……そうこうしているうちに、カマロッツが扉を大きく開きながら戻ってきて……それに続く形で、まずは太い手綱を引く大男が姿を見せて、それに続く形でアルナーが言っていた通り、顎を引いて首を大きくしならせ鼻息荒く、それでいて整然としていて、一歩一歩を力強く踏みしめる軍馬が姿を見せる。

黒い毛で、立派なたてがみが揺れていて……足先は白くなっていて、まるで靴下を履いているかのようだ。

「おお、おお! 良い馬じゃないか、なぁ? そう思うだろ?」

その姿を見るなり満面の笑みになったアルナーがそう言ってきて、アルナーの方へと視線を戻した私は笑顔で頷いてから軍馬の方へと視線を戻し、言葉を返す。

「凛々しいというか、勇猛というか、他の馬とは目つきが全然違ってみえるな。

手綱に大人しく従っていて……なるほど、これが軍馬か」

「ああ、育て方が悪いと暴れ馬になったりするものだが……あの様子ならその心配はなさそうだ。

毛並みも良いし、目の輝きも良い……足も力強いし、腰の辺りを見てみろ、なんとも立派なものじゃないか。

顎引く馬に跨がって眺める空は一段と青く見えるなんて言葉があるが、あの背に乗ったならそんな気分を味わえるに違いない!」

なんて会話を私達がしていると、カマロッツがこちらへとやってきて……扉の向こうから持ってきたらしい紙束をこちらに渡してくる。

その紙束にはどういう順番で何処の誰が育てた馬が出てくるなどの情報が書かれていて……どういう育て方と、訓練をしてきたか、なんてことまでが詳細に書かれていて……横から覗き込んでいたアルナーは、そのことに気付くなりぐいと顔を近付けてそれらの情報を夢中で読み始めて……私は苦笑しながら紙束をアルナーに手渡す。

するとアルナーは手にした紙束を見て軍馬のことを見て、また紙束のことを見て……なんとも忙しなく、それでいて楽しそうに品定めをし始める。

そうしてそこからはどの軍馬を買うのか、どの軍馬を会場に出してもらうかなどの判断全てはアルナーが下すことになり……そんなアルナーの独壇場を私達は静かに見守り続けるのだった。