軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

囚われの安士

――どうしてこんなことになってしまったのだろうか?

安二郎――ではなく、安士は牢屋で考えていた。

正座をしている安士は、普段のようにすました顔をしている。

鉄格子越しに向かい合っているのは、代官のチェスターだ。

「よくも騙してくれたな、安二郎。いや、剣神安士」

安易に偽名を名乗れば誰にも知られないと思っていたが、相手は代官である。

惑星に入る際の手続きを調べれば、安士の素性にも辿り着く。

剣術指南役にするのだから、一応は調べたらしい。

「お前の弟子たちの技を見て本物とは思っていたが、まさに大当たりだ。後から調べさせて正解だった。お前がいれば、あのバンフィールドが行った戦艦斬りも出来るわけだ」

首都星でリアムが戦艦を斬った。

その事実が知れ渡り、一閃流は戦艦すら両断するという話が広がっている。

代官のチェスターは、その力が欲しいようだ。

(戦艦を斬るって何だよ!? そんなの人間には無理に決まっているだろうが! 常識で考えろよ!)

戦艦を斬るなど人ではない。

安士の中で、リアムや凜鳳、風華の三人は既に人外だ。

だが、チェスターは興奮しているため安士の気持ちに気付かない。

「お前には全てを教えてもらうぞ。まずは一閃流の極意からだ」

全てを教えろと言われても、既に安士が教えられることは全て教えていた。

「拙者は剣神と呼ばれるような男ではございませんし、教えられることは全て教えました。後は、チェスター殿の努力次第でございます」

何とか言いくるめてやろうとするが、相手はリアムではなくチェスターだ。

妙な優しさや真面目さはない。

何しろ本物の悪党だ。

「――安士、俺は努力というのが嫌いだ。極意があるならば、すぐに教えろ。俺にとって武とは道具に過ぎない。いずれ俺がバンフィールドに代わって栄華を極める。そのための道具なんだよ」

目が据わってくるチェスターを前にして、安士は冷や汗が止まらなかった。

(いや、無理だって! この世の中、武力だけでどうにかなるなら誰も苦労しないって!)

剣聖になれば皇帝に勝てるか? 誰もが首を横に振るだろう。

武を極めたからと言って、貴族としても成功するのはイコールではない。

それに、安士から見ても、チェスターとリアムは違いすぎている。

とても同じ事が出来るようには見えなかった。

「いや、その、チェスター殿? 貴族として栄華を極めたければ、一閃流ではなくもっと他のことにも目を向けるべきではありませんか? 領内の発展に尽力してみては?」

(というか、お前がしっかりしないから俺たちの暮らしが貧しいんだよ! お前はもっと代官として働けよ!)

一閃流を極めても、貴族の栄華など手に入らないと告げる。

すると、チェスターは呆れた顔をして見せた。

「ここは俺の実家が管理している惑星で、俺のものではない。ならば、搾り取れるだけ搾り取り、自分の財を増やすのが当然ではないか?」

「へ? い、いやいや、しかしですぞ。民を虐げていては、領地が発展しません」

「領内など、放置しても発展する。生かさず殺さず、財を吸い上げていればいい。たとえ死んだとしても、それが何だ?」

「いや! 民も生きているわけでして」

「領民など数に過ぎん! 真の人とは貴族を指す言葉だ。領民など、俺にとっては地を這う虫と変わりがない」

領民を虫と言うチェスターに、安士もこれは駄目だと思った。

だが、ここでは安士は閃いた。

「チェスター殿が武を極め、そして伯爵家の当主になったらどうなります? このようなことを続けていれば、領内は疲弊しますぞ。それはつまり、将来の財が減ることになります。領民を慈しむ心が重要です」

自分でもいい事を言ってやったと思う安士だったが、チェスターはその上を行く。

「伯爵家など踏み台に過ぎない。俺はもっと上を目指しているからな。そのために踏まれる領民たちは、むしろ誇るべきだ。俺の踏み台にされ、栄華を極める助けになれるのだからな」

安士は目の前の貴族を見て思う。

(貴族らしい貴族様だったか)

リアムのような存在は例外中の例外に過ぎない。

チェスターは言う。

「貴族でもない奴らの価値は、俺にとって役に立つかどうかだ。それ以外はゴミと同じだ。安士、お前はゴミに優しくするのか? 違うだろ?」

人を人と見ていないチェスターに、安士は恐ろしいものを見たような気がした。

(駄目だ。こいつに何を言っても通じないぞ)

これならリアムの方がまだマシだった。

そう思うが、今の安士は囚われの身だ。

チェスターが安士を脅す。

「安士、お前には家族がいたな? 俺に一閃流の極意を教えないのであれば、こちらにも考えがあるぞ」

「な!? や、止めてくれ。家族だけは!」

流石の安士も家族は大事だったのか、取り繕う余裕をなくしていた。

それを見たチェスターが微笑む。

「ならば、次に俺がここに来るまでに色よい返事を用意しておけ」

そう言ってチェスターは去って行く。

安士は牢屋の中で項垂れていた。

(極意なんてそもそもねーよ! 一閃流自体、俺の嘘なのに)

狭いアパートに凜鳳と風華がやって来た。

同門の連中と遭遇し、剣を交えていたそうだが無理矢理呼び出した。

そのため、凜鳳は明らかに憤慨していた。

「敵に背中を見せて、何が一閃流だよ。風華も随分と甘いよね。いっそ、死んだ方がマシじゃない?」

「どういう意味だ、てめぇ!」

狭いアパートでギスギスしている二人を見て、エレンが俺に助けを求めるような視線を向けてくる。

この場を収められるのは、きっと俺だけだろう。

「凜鳳、お前はいつから俺に意見出来るようになった?」

「っ! あ、兄弟子だって分かるよね!? 勝負の最中に背中を見せたんだ! この僕が! 師匠の弟子である僕が、敵から逃げたんだ! 兄弟子だからって、これは譲れないからね!」

怯えながらも、これだけは譲れないと涙目で訴えてくる。

凜鳳の怒りももっともだ。

俺も敵を前に逃げろと言われたら、絶対に拒否していた。

風華の方は俺の命令で渋々従ったようだが、内心では気にしているのだろう。

「安心しろ。敵は全て殺す」

「兄弟子?」

「――元祖一閃流の連中が、安士師匠をさらった」

俺が事実を伝えると、凜鳳も風華も目を大きく見開いて口を閉じた。

驚いて声も出ないのだろう。

「この惑星の代官も元祖一閃流の門弟らしい。同門の連中を騎士として召し抱え、随分と派手に暴れ回っているようだ」

風華が飛び出そうとするので、俺が肩を掴んで止める。

俺に対して血走った目で睨んできた。

「放せよ! あいつらを全員殺して、師匠を取り戻すんだ!」

「落ち着け。気になることがいくつかある」

風華を宥めた俺は、師匠の奥方様であるニナさんに視線を向ける。

座って姿勢を正し、そして尋ねる。

「奥方様、師匠はどうして元祖一閃流の奴らに連れて行かれたのですか? 師匠ならば、抵抗も出来たはずでは?」

俺の問いかけに、困った様子を見せる奥方様は視線をさまよわせる。

「あ、あの、ヤス君――うちの安士は同名の別人だと思います。だって、強くないですし」

「家族の画像や動画はありますか?」

「こ、これです」

見せてもらうと、そこには確かに師匠の姿があった。

凜鳳と風華が騒ぎ出す。

「師匠だよ! ちょっと痩せたかな?」

「間違いない。安士師匠だ。けど、確かに痩せたというか、細いというか」

俺も顔を合わせたのは随分と前だったが、確かに師匠が小さく見える。

俺が大きくなったとか、そんな理由だろうか?

ただ、間違いなく画像も動画も師匠だ。

俺たち三人が首をかしげていると、エレンが疑った視線を向けていた。

「師匠、この方は本当に安士様なのですか?」

「当たり前だ! 俺たちが師匠を間違えるはずがない!」

俺の弟子が、安士師匠を気付かないとか無礼にも程がある。

だが、エレンは疑ったままだ。

「確かに剣を学んでいたと思われますが、動きがおかしいです。本当に武人なのでしょうか?」

武術を極めた達人の動きではないと言い出し、俺たちが反論する。

「師匠の凄さはお前には分からないだけだ! た、確かに、一見すると弱そうに見えるかもしれない。だが、師匠は俺の師匠だぞ!」

凜鳳だって憤慨しながらエレンに説明する。

「確かに弱そうに見えるけど、僕の師匠だよ。未だに僕たちがたどり着けない一閃を放てる師匠が、弱いわけないだろ!」

風華も同様だ。

「エレン、言って良いことと悪いことがあるぞ。た、確かに弱そうに見えるけど。で、でも、前はこんな感じじゃなかったのに」

俺たち三人も顔を見合わせ、何かあったのかと首をかしげる。

奥方様は、師匠が強くないと言っていた。

だが、元祖一閃流の奴らは師匠を連れ去った。

それに、師匠が安二郎と偽名を使っていたのも気になる。

「――とにかく、分からない事だらけだ。だが、元祖一閃流の奴らが俺たちの師匠をさらったのは事実だ。必ず消してやる」

俺の覚悟を聞いて、凜鳳も風華もこの場は怒りを収めるようだ。

二人が座ると、奥方様の横にいる安幸を見る。

どうやら気になっているようなので、俺が紹介してやることにした。

「彼は師匠のご子息である安幸君だ」

風華が癖のある髪を膨らませ、そして明るい表情になった。

「安幸だな! 師匠の息子ということは、俺の弟だ。俺――獅子神風華のことは、姉ちゃんと呼んでいいぞ!」

続いて凜鳳が、風華を押しのけて自己紹介をはじめた。

「皐月凜鳳だよ! 今日から安幸のお姉ちゃんだから、頼って良いからね!」

二人で競うように安幸君と話そうとしているが、当の本人は困惑していた。

エレンが二人に呆れた視線を向けている。

「その子は師匠に石を投げたのですが?」

まだ根に持っているのか? 師匠の子供ならば、それくらい許される。

「エレン、そんな事実はなかった」

「え? で、でも」

「俺は覚えていない。だから、罪に問えないし、問わない。はい、この話は終わりだ。それよりも、優先するべきは師匠の救出だな」

あの強い師匠が、どうして元祖一閃流の奴らに連れ去られてしまったのか?

エレンが俺を心配そうに見ている。

「同門との争いになりますね。師匠、どうされるのですか?」

「簡単だ。代官の屋敷に乗り込めばいい」

その頃。

代官屋敷では、チェスターが騎士たちから報告を受けていた。

一閃流の修行をしていたため、汗を拭いながら報告を聞いている。

「何だと? 俺たち以外の一閃流が現れた?」

「はい。奴らは我々を同門と呼んでいました。ただ、お前らのような堕落した一閃流は許せない、とも」

「堕落と称したか。――いや、待て」

チェスターは、ここ最近で広がった噂について思い出す。

リアムが各地を旅し、阿漕な貴族たちを懲らしめて回っているというふざけた噂だ。

最初はチェスターも「貴族を懲らしめる? そいつは馬鹿なのか?」と思っていた。

今や大派閥の長であるリアムが、そのような行動をするとは思えなかった。

しかし、各地で実際に悪徳領主や悪代官たちが懲らしめられ、時には滅ぼされている。

噂にしても何かが起きていると思うしかなかった。

「一閃流――そいつらは女だったな?」

「はい。兄弟子が云々と申していましたので、もう一人いるとは思います」

「一閃流で男と言えば、名前が挙がるのはバンフィールドくらいか。あながち、噂も間違いではなかったわけだ」

クツクツと笑い出すチェスターは、このままリアムたちが乗り込んでくることを予想する。

「本星に繋げ。親父殿に、リアムを殺せるチャンスが来たと伝えろ」

「よろしいのですか?」

「うちはカルヴァン殿下の派閥だ。周辺領主たちにも声をかけさせる。あのバンフィールドを殺せば、殿下の覚えもめでたくなるだろうな。俺にも運が向いてきたようだ」

チェスターはリアムを返り討ちにするべく計画を立てる。

チェスターは刀を手に取って振るう。

すると、未熟ながらも十メートルは先にある丸太が切断された。

「バンフィールドを倒して、俺は貴族の栄華を極めてやる。バンフィールドに出来て、俺に出来ない道理はないからな」

チェスターはリアムがくるというのに笑っていた。