「聖女様をイジメるなと言われましても」
作者: 6969
本文
「メアリアン! お前との婚約は解消する!」
公爵令嬢、メアリアンは叫び声の方へと目を向け、はぁと溜め息のような返事を返す。
彼女は気怠そうな態度を隠そうともしない。
斜め後ろに控えていたメイドが、彼女の背中に手を添えた。
「なんだ、その無礼な態度は・・・・・・! まぁ、いい。なぜ、自分が婚約解消されるか分かっているな? それはお前がここにいる聖女をイジメたからだ!」
その態度に顔をしかめた王子殿下だったが、すぐに胸をはる。
これから悪を裁く、自分こそが正義だという顔つきだ。
「声をかけても無視し、目を合わそうともしないそうじゃないか! 我が国の大切な聖女にそんな態度をとるような、心が狭くて汚い女を王妃にすることはできない!
これは父上にも許可を取った正式な婚約破棄だ。つまり、お前のような嫉妬深く浅ましい女は国母に向いていないと、父上も認められたいうことだ!」
「きゃぁ! さすが、殿下~! 頼もしいですっ」
ふんと鼻を鳴らす王子殿下に聖女が飛びつく。
まだ婚約破棄し終わってもいない、つまりは婚約者がある男性へ抱きつく──その行為に数人の令嬢が眉を寄せた。
王子殿下と聖女。
この二人がただならぬ仲というのは、周知の事実だ。
婚約者を放って二人っきりで出かけ、その目の前で抱きつくのも【いつも】のことである。
王子殿下の婚約者であるメアリアンが、聖女に対してそっけないのもそのせいだろう──周囲の貴族たちはそう納得していた。
いくら婚約者を取られたといえども【聖女】を無視するなんて不敬だと言う令息もいるが、多くの令嬢達はメアリアンに同情的だ。
なにせ、聖女は婚約者のある令息に構うのが趣味ではないか、というところがある。
メアリアン以外にも聖女に対して冷たい者は多いし、聖女に優しい令嬢の方が珍しい位だ。
むしろ、聖女がまだ闇討ちされていないのが不思議なくらいである。
聖女様の護衛の方はさぞ苦労されているのでしょうね、というのが令嬢達の総意である。
「・・・・・・殿下」
虚空を見ていたメアリアンがようやく、気怠げに口を開いた。
しかし、その瞳はやはり王子殿下にも聖女にも向いていない。
王子殿下たちの上を彷徨ったかと思えば、下を彷徨っている。
「なんだ、今更後悔しても遅いぞ!」
「そうです! イジメなんて最低!」
王子殿下と聖女がメアリアンを睨む。
聖女は見せつけるように王子殿下に抱きついているのだが、やはりメアリアンの視線は彼らには向いていない。
その覚束無い視線は再び虚空へと固定された。
「・・・・・・えっと、殿下はあちらにいるのよね?」
メアリアンが隣に控えていたメイドへ、確認するように言葉を投げる。
「は?」
「メアリアン様、最低! あたしだけじゃなく殿下も無視するんですね! ほら、殿下! メアリアン様はいつもこうなんですよ!」
唖然とする王子殿下の横で聖女がきゃんきゃんと訴える。
だが、メアリアンの様子がおかしいのは明らかだ。
王子殿下の顔には困惑した表情が浮かぶ。
「えぇ、大体その方角ですね」
隣に控えているメイドがメアリアンに頷く。
ちなみにその方角は王子殿下と聖女の斜め上である。
つまり、全くの見当違いであった。
「あと、婚約破棄したいと仰っていますよ」
そして、心底面倒臭そうに付け加えた。
「え! 本当ですか! 助かります! もう、そろそろ限界だなと思っていたんですよ」
メイドの言葉にメアリアンの顔に安堵の表情が浮かぶ。
ぱっと花咲くような笑顔だった。
「は!? メアリアン、お前は一体何を言っているんだ!? どうして、私に婚約破棄されて喜ぶんだ! それに、どうしてこちらをみない! 不敬罪で処されたいのか!!」
王子殿下の叫びが響き、ホール内に疑問符が浮かぶ中、メアリアンの口がゆっくりと開いた。
彼女は気怠そうではあったが、心底嬉しそうで、悩みが消えたかの様に晴れやかに見える。
**
本当に助かりました。もう、本当に限界でしたもの。
・・・・・・えっと、殿下が「聖女様をイジメるな」「謝れ」と仰っている?
いいえ、私に聖女様をイジメるなんて無理です。
婚約破棄はありがたく承りますが、その点については誤解があるようですので訂正いたしますわ。
この私が、聖女様をイジメるなんて不可能なことです。
だって、そもそも私には聖女様が見えないんですもの。
全く。そう、全く見えないんです。
聖女様がこの世界に召還されたのは当然知っています。
そして、あちらが聖女様だと殿下に紹介もされました。
ですが、私の目に映ったのはたくさんの霊魂を背負った・・・・・・いえ、霊魂に巻き付かれた【何か】だったのです。
聖女様ですし、きっと女性の方なのですよね?
私、産まれて初めてこんなに霊魂を引き連れた方を見ましたわ。
何度か試してみましたけど、私にはその霊魂の中にいる聖女様を見つけることは、ついにできなかったのです。
ですので、どんなお姿をしているのかも知りません。
それに、霊魂も黙っていないでしょう?
いつもわんわんと叫ばれるせいで、私には聖女様のお声も聞こえないんですの。
きっと聖女様の姿が見えない、聖女様の声が聞こえないせいで、聖女様に誤解をさせてしまったんですね。
本当に申し訳ないと思っておりますが、それでも私には聖女様のお姿が見えないし、聖女様のお声が聞こえませんの。
それに、最近は霊魂達の悍ましいオーラにやられて、参ってしまって・・・・・・私、お父様たちに「どうか療養にいかせてください」と何度も頼んだのです。
だって、このままだと頭がおかしくなるか、身体が参ってしまいそうなんですもの。
でもお父様ったら「お前は王子殿下の婚約者なんだぞ。田舎に引っ込んで、婚約者の座を奪われたらどうする」なんて言って許してくださらなかったわ。
でも、仕方ないわね。
お父様には霊魂が見えないし、霊魂の話は「馬鹿馬鹿しい。女はヒステリックで困る」なんて端から信じてくれないんですもの。
それで、私、もうこのままだと頭がおかしくなってしまうんじゃないかと怯えていたのです。
ですので、婚約破棄していただいて本当に助かったわ。
ありがとうございます、殿下は私の命の恩人だわと伝えてちょうだい。
・・・・・・えぇっと、ごめんなさいね。
きっと、殿下が何かいってらっしゃるのね?
聖女様のお連れしている霊魂がいくつか殿下に引っ付いてらっしゃるせいかしら、最近は殿下だけの時でもお声が聞き辛くって。
それにしても、聖女様とは本当に大変なお仕事なのですね。
異世界で怒り狂った霊魂を鎮めてらしたから、今でもそのような状態なのでしょう?
私なんてその邪悪なオーラだけで、身体が怠くてしかたがないのに・・・・・・。
我が身を犠牲にして霊魂を鎮めるなんて、私にはとても真似できませんわ。
・・・・・・えぇ、私、とても聖女様を尊敬しておりますの。
ですので、聖女様をイジメるなんてとんでもない。
むしろ霊魂のせいで、そのお姿を拝見できないことをいつも残念に思っておりましたの。
さぞや清らかな魂を持った、お美しい方なのでしょうね。
拝見できなくて、本当に残念だわ。
**
数日後、療養中のメアリアンの元に聖女と王子殿下の訃報が届いた。
「まぁ、なんてこと・・・・・・聖女様はその身を捧げて悪しき霊魂たちをお鎮めになったのね・・・・・・そして、殿下は死後も聖女様の慰めになるために運命を供にされたのだわ・・・・・・!」
メアリアンの体質をよく知っていた国王陛下は彼女の言葉こそが【事実】であるとして貴族へ伝え、歴史に残した。
そして、この『聖女を心から愛し、その身を捧げた王子』のお話は、書物や舞台として人々に親しまれることとなったのである。
療養後に第二王子と結ばれたメアリアンはこの物語をこよなく愛し、他国にも精力的に広めていったのだった。