作品タイトル不明
覆水盆に返らず
婚約者というのは、他の男にすり寄ってもいいのだろうか? 否、断じて否だ。
『僕』の時はウジウジしていたかもしれないが、今は『俺』なんだ。もちろん、赦す気なんかない。
走る先に故郷の村が見えてた。何年経っても変わらないパッとしない外見。まさに農村丸出しの、我が故郷……まぁ、すぐに捨てる故郷だけどな。村の入り口は一応の門番がいて、なんか怒っていた。うるせぇよ。
未成年が一週間いなかったら問題か……俺は知らんよ。
家に帰る為に村に入り、歩いて向かう。さっきの門番が騒ぎながら、俺の家の方に走って行った。
叫びながら走るって、キツくないのかな?
苦笑いしながら家に向かうと、見覚えのある女が俺の前に来た……というか村で見覚えないヤツは、いないけど。
キレイな金髪ロングの髪にまだ幼さの残る顔立ち。
清楚な見た目に相反する豊満な身体。
村で一番の美少女。当然、浮気現場を見た俺はちやほやされて調子に乗った、アバズレと思っている。
「ちょと、ルディ。どこに行ってたのよ。心配したんだから……マルクスさんに聞いても、ウルリケさんやルイーゼちゃんに聞いても分からないって言うし……ちょと、聞いてる?」
心配している? その割に俺の身体の心配は、してないじゃない。違うだろう? 俺の生存を自分の為に、心配しているだけだろう。婚約がどうなるのか……と。
俺がプレゼントしたリボンが無くなった髪の毛が、風に揺れている。
「お前、本当にうぜぇ〜。お前がしているのは、自分の心配でしょ? 大丈夫。婚約破棄するようにお前の両親に話するから。俺もキタネェ〜女となんかお断りだ」
僕だった頃の感覚が、抜けていなかったのだろうな。俺に罵られるなんて、思ってもみなかったのだろうね。
俺に触れようとしていた手を止めて……固まっていた。
俺は固まっているクリスティの頭にあの日置き去りにされていた、泥が固まったリボンと『当時の僕の心』を乗せて家に帰る為に歩き出す。
「あー、そうそう。 覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず) って知ってるか? 一度こぼれた水は、戻せないって意味だ。もう少し分かりやすく言うと『もう二度と元に戻る事はない』って事。お前達の遊びでヤラれた、俺の左腕と一緒だな……お前等は謝る事もしない。まぁ、いつか殺してやるさ」
「えっ」と聞こえたが構わず歩き出した。
俺の背中に視線を感じる。ちやほやされてきた女が初めて受けた、殺意だったのだろうな。あれだけうるさかったのが、後ろからは『グスッグスッ』っと鼻をすする音が聞こえて来るだけだった。
一度は愛した女だ。
でも、いや、だからこそ一番アタマに来るのだろう。
まだ今じゃない。貴重な回復魔法師。アオイにジョブ因子吸引をさせないと……他のヤツらも。
俺の独立に必要なモノは後一年で揃えないと。
ジョブ因子吸引で生き抜く力を手に入れてやるさ。
静かな殺意をみなぎらせた俺は、少し身体の火照りを冷ますように、風を感じて落ち着いた。あのまま、家に着いていたら……ヤバかったかも。
そして、家の前にはクズ親子。分かりやすく言うとクソ親父と妖怪ババア、俺を見捨てて左腕を無くすのを見ていたビッチ姉妹。
揃いも揃って、ロクなヤツがいない家だな。
「てめー! 村中に迷惑かけて。分かってんのか」
問答無用に殴りかかってきた。
ん? なんだ? もの凄くスローモーションに、見える。クソ親父は魔物と戦った事はないのか?
『テイマー』なのに?
村という壁に囲まれた所で、ヌクヌクと過ごして来たのだろうな。全く尊敬出来ない。
まぁ、子供のメシを抜いてドヤってる、器の小さな男だからな。
だったら、今の力の差を見せてやるのさ……『ドカッ』と音がした。
クソ親父の右ストレートがキレイに俺の左頬を叩いた……が、俺は微動だにしない。
「おう、クソ親父。今帰ったぞ。ずいぶんとお茶目な歓迎してくれるじゃねーか」
俺は拳が当たった瞬間に、ニヤけていた妖怪ババアに向かって、
「相変わらず、役に立たないのに、化粧代ばかり食う顔だな。帰って来るなって言ってたのはお前だよな、妖怪ババア」
クソ親父が殴っても気にしてない俺に、妖怪ババアは悔しそうな顔をして、下唇を噛む。
「なんだ〜。そんなマシな顔が出来るならいつもそうしてろよ。それの方がまだ見れる」
アハハ、と笑いながら横を通り過ぎる。また、俺に殴りかかってきたクソ親父を軽く躱して、デコピンで反撃してみた。二メートルくらい吹っ飛んでた。
レベルアップすげー。
「ぐぬぬぬ。ルディこのヤロー。こうなったら……」
やっぱり、来たか……親父はテイマーだからな。当然、テイムした魔物がいる。俺のアオイと同じだね。
そして、親父のテイムした魔物はグレイトボア。
グレイトボア……ダンプカーくらいの大きさ。顔の横に二本のツノが有る。突進で走りながらツノで攻撃してくる。
まぁ、グレイトボアを呼ぶのは分かっていたさ。
勝とうが負けようが親子としては、コレで終わりになるのだろうな。親父はグレイトボアと動物を交配させて牧場を広げてきた。だからこのグレイトボアは財産と等しい。そう、魔物と交配した家畜こそが、ウチの家業の売りだからな。
だから俺は決別の為に、その大事なグレイトボアを葬る事に決めた。グレイトボアまで使わない親子ゲンカだったら、戻れたかもしれないが……まさに覆水盆に返らずだな。