軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

宰相 温泉の郷へ行く

テーブルの上に並んだサンドイッチの半分を食べると、マグワイヤ監査官は新しく紅茶を注ぎ、私のカップにも注いでくれた。

「最後に、グランウェル侯爵家についてですが……当主の交代は認められました。閣下の叔父上、ジョージ・グランウェル氏は長年実直に侯爵領を治めて来られた方ですからね。優秀な嫡子もいらっしゃるし、さらにお孫さんもいらっしゃる」

「ありがとうございます」

「爵位についても、据え置かれることになりました。よかったですね」

これで不安もなくなっただろう、とマグワイヤ監査官は残りのサンドイッチの乗った皿を私の方へ押してきた。食べろ、と。

少しパサついたサンドイッチを手にして、口に運ぶ。サンドイッチはカラシが効き過ぎているのか、鼻にツンとした痛みが走り目に涙が浮かんだ。

「…………閣下の宰相職の辞職についても、引き継ぎが完了次第認められています。引き継ぎは大変でしょうけどね、前宰相殿が顧問として当分の間は面倒みて下さるそうですよ」

「……ありがとうございます」

サンドイッチを食べ紅茶で流し込んでいると、再びノックの音が響いた。そして、勢いよく扉が開く。

「失礼しますッ」

そこにいたのは、マグワイヤ監査官の部下。ホーキング監査官で、急いで来たのか息が上がっていた。

「どうした? 監査官たる者、常に冷静にと教えているだろう」

「……すみません、室長。でも、一刻も早くご報告をと、思いましてっ」

「で、どうした?」

「リィナ卿が……」

現在行方が分からなくなっている妻、リィナの名が出て私はソファから腰を上げた。

「リィナ卿が数日まで滞在していた街が、分かりました!」

「どこだっ」

マグワイヤ監査官の声に反応するように、ホーキング監査官が言った。

「ササンテです! 温泉で有名な」

私は壁に掛けられた二枚の地図のうち、自国の地図の方に視線を向けた。ササンテは国の北側、豪雪地帯にある温泉の郷として有名だ。

「…………ササンテ」

王都からは馬車で六日から七日かかる森の中にある。

確か、リィナは最後になったドラゴン討伐で重傷を負ったと聞いている。傷の療養に温泉は打って付けだ。

「その情報はいつ、誰からのものだ?」

「十五分ほど前、アレクサンドル・ヴァラニータ卿の所にハヤブサ便が届いたそうです。その手紙に、温泉の郷ササンテにリィナ卿が滞在していたと記載があったとのこと」

ハヤブサ便とは手紙に風魔法を纏わせ、指定した相手にまで届ける宅配魔法の別称だ。手紙に風魔法を纏わせることで、紙は鳥の形となって飛ぶ。届く速度は纏わせる魔力の量によって変わり、ハトや小鳥に変化するとゆっくり届く。ハヤブサは最速で届く形状だ。

使いこなすのにコツが必要だが、便利なため自宅を離れることが多い者は習得することが多い。

「滞在していた? 今はいないのか」

「……そのようです。ですが、一日前まではいらしたようです」

「ヴァラニータ卿にハヤブサ便を送ったのは誰だ?」

「黒騎士・アルトマン卿です、イライジャ・アルトマン卿。ヴァラニータ卿とは兄弟弟子の関係らしいです。アルトマン卿が夫人とササンテの郷に湯治にお出かけになり、現地でリィナ卿のことを知ったそうで」

マグワイヤ監査官はカップの紅茶を飲み干すと、勢いよく立ち上がった。

「まだアルトマン卿はササンテに?」

「リィナ卿はアルトマン卿にとっては姪弟子ですし、事情が事情ですのでしばらく滞在下さるそうです」

「よし。ササンテに向かう、出発は明朝七時」

ホーキング監査官は頭を下げ、足早に部屋を出て行った。明日のササンテ行きの準備をするのだろう。

「……」

「明日の朝、七時、東門から出発です」

「……あ、ああ」

「もしかして、ササンテに行かないつもりですか?」

「そんなわけあるか! 行くに決まっているッ」

ずっと探していたリィナの行方が分かってホッとしたのと、突然物事が動き出したことに付いて行けず、ボンヤリしてしまった。それを「妻を探しに行く気がない」と受け取られてはたまらない。

「それはよかった。閣下、馬には乗れますね?」

「勿論だ」

そう返せば、マグワイヤ監査官は大きく頷いた。

「もし迎えに行かない、なんて言うようでしたら……世間の男を代表してクソ野郎を排除しなくちゃいけないな、とか思っていましたので、よかったです」

「……」

明日の朝、遅刻はしないよう東門へ向かうこととしよう。突発的な事故に巻き込まれることのないように。

****

地下から湧き出る温泉の効能による違いは当然として、海を見ながら温泉に入ることが出来るとか、猿や鹿なども利用する温泉だとか、それぞれに特色を打ち出して観光客や湯治客を呼び込んでいる。

ササンテは雪深い森の中にある温泉郷で、雪見をしながら入浴が楽しめることと、森の中にありながら近隣の港街から入ってくる新鮮な魚貝を使った料理が楽しめると謳っている。

王都から馬車なら六、七日、馬を飛ばせば三、四日という所だろうか。途中にある村で宿を取りながら馬を走らせること三日、ようやく温泉の郷に辿り着いた。

正面にある正門には〝ようこそ、温泉の郷へ〟と看板が掲げられ、その看板には紙で作られた花が飾られている。正門アーチにも黄色と橙色の旗が掛けられ、郷の内部も全体的に飾り付けがされているように見えた。

「……お待ちしておりました、宰相閣下、監査官の皆様。私はササンテの警備隊長をしております、オリバーと申します」

正門脇にある警備隊小屋から、髭を蓄えた中年騎士が出てくるとその後ろにいる従士の少年と共に深く頭を下げた。その後、従士の少年と小屋から出て来た赤騎士たちは私とマグワイヤ監査官、その他監査官の馬の口を取る。

警備隊小屋の奥に馬小屋が見えたので、そこへ繋いで面倒を見るつもりなのだろう。私は馬から下りた。

「郷の代表とアルトマン卿がお待ちです」

隊長の声は酷く固く、緊張しているのが伺える。

彼は、リィナとなんらかの関係があったのだろうか? 聞きたい事は沢山あるが、マグワイヤ監査官に「行きましょう」と促され私たちは隊長の後を追いかけた。