軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒騎士 更に戦う

クマ型魔獣の首は血を零しながら横に飛んで、花壇の縁に当たって落ちた。首のなくなった魔獣の体はこれまた大量の青黒い血を噴き出し、締め上げの緩んだ木の根と共にドッとうつ伏せに倒れる。

倒れた衝撃で通路のモザイクタイルが砕けた……けれど、私も隊長さんもそんなこと全く気にならなかった。

魔獣の首を飛ばした張本人がそこにいたから。

書店に数多く並んでいる冒険物語にはよくある、ピンチに陥ったとき颯爽と助けに来てくれる騎士や腕の立つ冒険者。あっという間に目の前にある驚異を排除して、輝くような笑顔を向けて言うのだろう「大丈夫か? 怪我はないか?」と。

そこにいるのが、騎士や冒険者だったらどんなによかったかと思う。

しかし、それは所詮私の頭の中の妄想であって、あるのは現実。

グルルルと地響きのように響く唸り声、青黒い血を滴らせて鈍く光る鋭い爪、大きく伸びた牙。それはさっきまで生きていたクマ型魔獣と同じ種族だった。

違うのは、その大きさだ。さっきの魔獣も大きかったけれど、今目の前にいるクマ型魔獣は二回りほど大きい。

クマ型魔獣は縄張り意識が強いと聞いているから、殺された魔獣はこのでっかい魔獣の縄張りに侵入してしまい追われ、逃げて逃げて結果的に郷へ侵入することになった……のだろう。

大型の魔獣は血の匂いのする私に狙いを定めたのだろう、鋭い爪の揃った前足を振り下ろして来た。

「つっ……」

風を切る音と風圧を感じながら、魔獣の懐に入り込むよう強引に回避して躱す。そのまま転がるように背後へと回り込んだ。

私が居た所に振り下ろされた魔獣の爪はモザイクタイルを粉砕し、突き立てられていた元杖も粉々になっている。

一撃でも食らったら命が無い。

魔法で強化していると言っても、私の足は基本動きが悪い。この素早い動きをする魔獣の攻撃を何度も躱せるわけがない。

冷や汗と脂汗が一気に吹き出て、肌を流れて行く。

「リィナ、吸い込むなよ!」

隊長さんの声と同時にポンポンッという破裂音が聞こえ、緑がかった薄茶色の煙が大量に発生した。同時に薬草の青臭くスッとする匂いが充満する。

煙は魔獣の目を眩ませ、薬草の匂いは魔獣の鼻を効かなくさせる効果がある魔獣避けの煙玉。都市警備なら不要の品だけれど、砦や地方の街の警備では必要不可欠なアイテムだ。

煙と匂いに刺激されて、大型の魔獣は目標を隊長と駆けつけて来た赤騎士たちの方に変えた。自分に不快な思いをさせた方が気に入らないのだろう。

煙の向こうで赤騎士たちが陣形を組み、魔獣と戦おうとしているのが分かる。けれど、この魔獣に剣や弓や打撃は効果が薄い。時間がかかれば赤騎士たちに被害が出る。

魔獣の意識が私に向いていない今がチャンスだ。

ゆっくり気配を殺し這うように中央にある崩れそうになっている噴水に近付き、両手を水の中に突っ込んだ。山から湧き出る水は透き通って美しい。

水を制御する属性を纏わせ魔力を流し込む。手指に痛みが走るのと同時に青色の魔方陣が展開、水はゆらりと動きだしぐるぐると回り始めた。

噴水の中で回り勢いをつけた水は、私に背中を向けている魔獣に向かって小さな津波のように襲いかかる。水は魔獣にかかった瞬間から固まって氷になっていく。

煙、匂い、チクチク刺してくる騎士たちにプラスして、冷たい水を浴びせられ凍り付いて動けなくなっていく事態に魔獣は激怒し、咆哮をあげながら暴れる。凍った部分が割れて剥がれるが、すぐに新たな水がかかり凍り付いていく。

本来なら、一気に水は凍り付いて魔獣は氷の棺に閉じ込められるはず……の魔法だ。けれど、今の私では徐々に凍らせることしか出来ない。しかも発動してしまっている以上、魔獣の息の根を止めるまではどんな苦痛に襲われようとも魔力を止めることは出来ない。

止めた瞬間、魔獣は氷を吹き飛ばし動けない私に容赦ない一撃を食らわすだろうから。

「っく……う……」

氷は徐々に厚みを増し、後ろ足で立ち上がって氷を剥がそうと藻掻き暴れていた魔獣の胸元までは凍っている。豊富な地下水を汲み上げている噴水の水が尽きないのが幸いだ。

「リィナ、大丈夫か!?」

痛い。隊長の声が遠くに聞こえて、魔獣の咆哮も氷が砕ける音もよく聞こえないくらいには痛い。腕が千切れそうな感覚だ。

「おお、もうちょっとだ!」

「凄い、氷の棺だ……」

実際の時間がどれだけかかったのかは分からない、自分の体感では数時間はかかったように感じた。

ようやく魔獣の顔まですっぽりと氷で覆われ、分厚くなったのをぼやける目で確認してから私は魔力の放出をやめた。焼け付くような痛みは止まったけれど、痺れたように痛む。普通に痛む指先は爪が割れて悲惨な姿になっているんだろう。

「リィナ、大丈夫か。無茶しやがって。アレク、怪我人の確認をした後で周囲の哨戒、ランタンの修復と予備の設置、魔獣の処理に班を分けろ。公園は立ち入り禁止にしとけ」

「了解。……首のない方はいいですが、この氷漬けの方はどうします?」

「氷をかち割って息を吹き返されたら厄介だ、二、三日はこのまま保存して確実に死んで貰おう。祭りにここを使えないのはどの道変わらないからな」

隊長と副隊長であるアレクさんのやり取りを聞いて、私はようやく力を抜いた。

「すみません、隊長さん。もうちょっと、上手く立ち回れたらよかったんですけど。私、もう……」

「おまえさんはもう騎士じゃない、この郷に療養に来た一般のお客だ。戦わなくていい人間なんだよ。……でも、ありがとうよ」

隊長さんは私の肩を担ぐように立たせてくれた。反対側を従士の少年が支えてくれる。

「おまえさんが無理を押して戦ってくれたから、公園が壊れてコイツが擦り傷作るくらいの被害で済んだ。クマ型が二頭も郷に入り込んだら、本当なら騎士にも住民にも被害が出るもんだ。十年くらい前にクマ型が侵入してきた時は、騎士が三人死んで大怪我をした奴も大勢いた。住民もふたり犠牲になったんだぞ。一頭でだ」

二頭も入り込んで、死傷者がいなかったんだから大金星だ。そう隊長さんに言われて、嬉しかった。

まだ私は人の役に立てた、そのことがただただ嬉しかった。

「まずは治療院に行くぞ。ロン、リィナを送ったら医者のネス爺さんと薬師のメアリ婆さんを治療院に連れて来るんだ。婆さんの薬も忘れるな」

「はい!」

「……全く、本当ならおまえには魔獣解体処理の体験をさせたかったんだがなぁ」

従士くんは隊長さんの言葉を聞いて顔を青くして「すぐにメアリおばさんを迎えに行って来ます」と言った。

でも後から解体される氷漬けの方には、絶対参加させられると思う……でも、今言うのは気の毒だと思って黙っておくことにした。