軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

080話「獣王の戦_05」

「すぐに出るぞ! ついて来れるやつだけついて来い!」

鷲獣人の報告を聞いた次の瞬間、獣王ランドールが声を張り上げた。腹の底から怖気を引き摺り出すような怒声だった。

その場にいたほとんどの者が、引きずり出された そ(・) れ(・) を自覚しないわけにはいかなかった。レガロも例外ではない。

獅子王に追従する義理も必然もないというのに、怖気につられて獣王に従いそうになる自分自身にこそ、レガロは恐怖した。

これが王の威圧なのだ、と。

そしてこの場には、そんな威圧にまるで動じない少女がいた。

「ちょっと待て、ランドール。ちょっとでいいぞ」

普段とおりの調子で――それこそスペイド領主と会話していたときも、森の中で世間話をしていたときも、クラリスという少女の態度は変わらない。

ある意味、一貫している。

ある意味、平等とも言える。

「なんだ? 待つって、なにを待てってんだ?」

「指示を出す」

言って、クラリスはマイアの背中から降りて周囲をぐるりと一瞥し、ふむふむと何度か頷いてから、矢継ぎ早に口を開いた。

「まず、レガロ。おまえはスペイド騎士団とガエリコ村の犬獣人の間に立って、お互いの紹介を円滑にしてやれ。タートン・レグラック騎士隊長は用が済んだらスペイド領へ戻れ。見ての通り立て込んでる。が、交流には前向きな顔をしておけよ。どう転ぶかは判らんが、また同じ目に遭いたくはないだろう?」

いきなり仕事を振られたレガロは、つい魔術師団にいた頃のくせで右手を掲げて敬礼してしまった。見ればタートンも同じようにしている。

なにしろ指示が判りやすく、明確だった。

こういう言い方をしてくれる上官はありがたい。

……いや、別にクラリスは上官ではないが。

「次に、うちの馬車だな。スペイドの連中が帰ったら、プーキーとジェイドはレガロを馬車に乗せて、獣王について来れないやつらと一緒に後から戻って来い」

夜に馬車を走らせるのは危ないからな、と付け加えてから、クラリスはランドールへ視線を向けた。

「以上だ。行くなら行こう。夜の闇でも突っ走るつもりなんだろ?」

「応よ。俺の場所が襲われてるんだから、俺の敵だ。俺の敵なんだから、俺がぶち殺す。なにかおかしいか?」

「いいや、なにも?」

にんまりと笑んだクラリスを、ユーノスが当たり前のように抱き上げた。手荷物を扱うような雑さなのに、奇妙に洗練された抱きかかえ方で、レガロはそのおかしなずれに、少しだけ笑ってしまう。

「そういうこった。ついて来るやつはついて来い。遅れそうなやつはクラリスの馬車と一緒に戻って来ればいい。行くぞ!」

王の号令と、疾駆。

夜闇の中でも砂埃が舞い上がるのが見える。そして走り出した獣人や魔族たちの姿が見えなくなっていくのも。

残ったのはおよそ四分の一ほどだろうか。

砂埃が落ち着くまで、誰もが沈黙を守ってしまったが、それも仕方のないことだろう。誰もこんな状況に慣れてはいないのだから。

事態があまりにも目まぐるしく変わっていく。

そのせいなのかは判らないが――酒が欲しいとは、レガロは思わなかった。

◇◇◇

「さて。改めて、挨拶しておくか。クラリス殿も『まずは挨拶を』と言っていたからな。ジェイドだ。ジェイド・グロリアス」

腰に曲剣を下げた魔族の男が、特に愛想を見せずに右手を突き出す。どうやら握手のようだと気づき、レガロは曖昧に笑ってその手を取る。

「レガロです。平民なんで、家名はない。スペイド領を裏切ってあんたたちに……というか、クラリスにつくことにした。よろしく頼むよ」

へらへらと笑いながら言う。

ジェイドは笑いもしなかったが、特に怒ることも蔑むこともしなかった。ただそのまま、レガロを見ている。

クラリスと特に親しいような感じがしたユーノスという魔族と比べると、ひょろりとした長身だ。手足が長く、首の後ろで髪を結んでいる。魔族なので肌の色は不吉な薄紫色ではあるが、レガロは今更そのことに嫌悪もなにも感じない。

「僕はプーキー・シャマルです。コボルトで、クラリス様に助けられました。それでこちらは、この村の村長――ロマイト・ガエリコさんです」

レガロの腰よりちょっと背が高いくらいの獣人が言って、その後ろに控えていた犬獣人を紹介してくれた。

プーキーは犬を二足歩行させたような印象の獣人度合いで、ロマイトの方は人間の体付きをした犬、といった感じだ。獅子王ランドールもどちらかといえばそれに近いか。あるいはほとんど人間のような見た目の獣人もいる。

そういうことを、レガロは今まで知らなかった。

レガロは――というより『人族は』と言うべきか。

こんなにも近い位置にいる別種族のことを、今の今まで知ろうともしていなかった。それで困らなかったからだ。

そしてたぶん、これからは困る。

知らなければ。

「レガロだ。この間の襲撃に関しては申し訳ないと思っている。水に流せとは言わないが、獣王殿やクラリスの顔を立ててくれるとありがたい」

「おまえさんは人族を裏切ったんだろう? だったら儂から言うことはない。ロマイト・ガエリコだ」

どうとでもとれる表情と言い方をして、ロマイト・ガエリコは右手を出した。実際に握手をしてみれば、確かに人族の手とは違ったが、理解不能なそれではなかった。体温があり、硬さと柔らかさがあり、感情がある。

他のガエリコ村民と比べると、やや年老いている感じはするが、ではいったいどのくらいの年齢なのかといえば、レガロには見当もつかない。

「んで、そっちの騎士がスペイド領の人間だ。スペイド騎士団の二番隊……って言っても判らんか。まあ、たぶんこれからあんたらとよく顔を合わせることになるはずの男だ。名はタートン・レグラック」

「タートンです。我々は互いのことを知る必要があると感じています」

「同感じゃな。何度もこんなことが繰り返されてはたまらない」

「その都度、クラリスのお嬢さんがいるとも限らないですからなぁ」

はっはっは、とレガロはわざとらしく笑っておくが、誰も笑わなかった。

面白いと思ったのだが。

「で――」

と、ジェイドが仕切り直す。

「こっちは留守番だったのでな。なにがどうなったのか、経緯くらいは聞いておきたい。馬車を出すには夜明けを待つ必要があるから、それなりの時間はある」

「まっ、とりあえず交流を深めましょうや」

「だな」

「そうできればと思います」

もちろん酒はなかったが、レガロとしては残念に感じなかった。

話すことは多く、酒で紛らわすだけの退屈など見当たらないのだから。

◇◇◇

ガエリコ村に残った獣人たちには「夜が明けたら出発」と伝え、レガロたちは情報共有に時間を費やした。

レガロたちが村を占拠していた際に使用していた焚火の場所を利用し、獣人二名と魔族一名、それに人族が二名という世にも奇妙な談話である。

瞬く星空の下、地面に直接腰を下ろし、ぱちぱちと爆ぜる熾火に照らされながらの――もしかするとロイス王国史上初となるかも知れない、その割にはあまりに貧相な人員の――異種族会議。

事の発端は、スペイド城での死体出現だ。

城の中庭に突如として現れた貴族らしき人物の死体。犯人の見当もつかず、レガロが調べた限りでは魔法の形跡もない。

それを十分に調べる間もなく、スペイド城門前に獣人たちの談判があった。子供が人族に拐われた、それを返せ、というものだ。

これに対してスペイド側は誘拐の事実を否認し、城門に集まった獣人たちに対し騎士団を出動させて追い払った。

それからスペイド側では獣人誘拐について調べようとしたが、そうこうしている間に逃げ散った獣人たちがスペイド領の村落を襲った。

そうしてレガロたちにお鉢が回ってきて、無能な上官の指揮の下、このガエリコ村を占拠する羽目になった――。

「おかしいぞ。儂らの村から子供が拐われたような事実はない。当たり前じゃが、だから人族の場所に乗り込んで談判していない」

「ということは、スペイドの村落を襲ってもいないのですか?」

ロマイトの反駁に確認を重ねたのは、タートンだ。

レガロとしては半ば予想がついていたので、とりあえず黙っておく。

「当然じゃろ。こちらとしては、いきなり人族の軍勢が村を襲って占拠した。だから戦える者を森に退避させて、散発的に人族の軍を削ることにした」

「いやぁ、あれはかなり参ったな」

まさか村人が村を放棄して森に潜み、村を占拠しているこちら側の疲弊を誘うだなんて読めるわけがない。なにしろ獣人たちがいつ襲ってくるか判らなかったから、常に警戒する必要があった。手勢が少なすぎた。

「で、それは置いておくとしてだ。獣王とクラリス殿が村を奪還して、そこからだ。スペイド城へ乗り込んだのだろう?」

楽しげに問うジェイドに、レガロは軽く肩を竦める。

あんなもの、策もなにもない突撃だ。そんな無策に城塞都市であるスペイド城は落とされかけた。

城というものは戦争の道具である。

狂奔する獣の群を相手にするための道具ではない……といったところか。

とにかくあっという間に城門を突破し、獣王はスペイド領の領主トゥマット・スペイドの喉元に爪を届かせた。突き刺さなかったのは、クラリスのおかげだ。

傍で見ている限り、獣王はクラリスの動向を楽しんでいた。

クラリス自身も、自分の行動を楽しんでいた。

そうして、お互いを知ろうという話になったわけだ。

ゆくゆくは獣人の領域とスペイド領で交易ができるようになればいいが、そのためには――そう、クラリスふうに言うなら『まずは挨拶』だ。

互いが尊敬すべき隣人同士でいられるなら、こんなにいいことはない。

それは素直にレガロもそう思う。

現実がそう上手いこと転がるわけがない、とも思ったが。