軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

073話「獣の戦_08」

私たちがガエリコ村に着いたのが昼過ぎくらいで、スペイド領の獣人追撃隊指揮官が無事に死体と化したのが、だいたい夕暮れどき。森に散らばっていた犬獣人たちが戻って来たのが、夕日が沈みきった後くらいだろうか。

その間に私はやさぐれた中年魔術師レガロから人族視点でのあれやこれやを事情聴取し、頭脳労働には全く向いていないマイヤと緒戦で出番のなかったカタリナを炊き出し班として派遣し、兎獣人のルーチェ・ルビアとその部下もおまけで炊き出し班へ。いや、むしろ彼女らがメインか。

村落ということで火を熾す場所もあるし、調理器具も些末ではあるがきちんと存在した。大鍋があったのは僥倖で、狩ってきた動物の肉をメインにしたスープが完成したのは大変喜ばしい出来事であったが――それはさておき。

情報、である。

判断材料と言ってもいい。

事の起こりは――レガロが認識している範囲では、という意味だが――スペイド城の中庭に死体が出現した事件。

魔術的痕跡もなく、死体を搬入した人物も見当たらなかった。にも拘らず城の中庭に、貴族のモノらしき死体が出現していた。

さらに、死体発見からほぼ時差なく、獣人たちがスペイド城へ押しかけて直談判をしたという。彼らの言い分は要約すると「自分たちの子供が人族に拐われたから返せ」というもの。スペイド側はこれを突っぱねた。

彼らの言い分が本当で人族に犯人がいたのだとしても、犯人を獣人たちの前に連れて来ることなどできやしない。もちろん拐われた獣人の子供だって消息不明のままだ。そんな状況で、ただスペイド側が謝罪だけするなどありえない。まして獣人はスペイド領民でもないのだ。

……これについては思うところがあるものの、とりあえず割愛。

で、獣人たちは小規模のテロを起こしながら森へ逃げて行った。

スペイド領と獣人の領域を隔てる森までの間には、当然ながら町や村落が存在する。スペイド城を追い返された獣人たちは、通りがかりの町や村を行き掛けの駄賃とばかりに襲って、雑な破壊活動を行いながら森へ逃げて行ったという。

そんなわけで獣人追撃部隊が編成され、部隊の副隊長にレガロが抜擢された。

今は亡き指揮官殿――結局、名前は知らないままだった――が、どういうわけか妙に張り切って森を横断し、そこから最も近い位置にあったガエリコ村を襲撃して占拠したものの、ガエリコ村民の反撃に遭った。

そこに現れたのが、獣王軍の先発隊というわけだ。

レガロは指揮官を気絶させて自分が囮になることで時間を稼ぎ、部隊の大半を逃がすことに成功した。逃げ切れたかどうかはともかく。

で、今は身の上話をしながら肉のスープをがつがつとかき込んでいる。

◇◇◇

「俺ぁ元々、森の近くの村で生まれ育って、たまたま魔法の才能があったってだけなんだ。と言っても、そんな大した才能じゃねぇですがね」

よほど腹が減っていたのか、レガロは渡してやったスープをあっという間に腹の中に収め、名残惜しげに器の中を眺めながら愚痴のような話を垂れ流した。

「村に魔術師がやって来て、師事することになったのが運の尽きだった。今はもう生まれ育った村もねぇし、領に雇われて中隊長にはなったが貴族でもねぇ平民じゃあ肩身も狭い。おまけに無能の補佐を命じられて、このザマだ」

「私が捕虜を欲しがってて良かったな」

「命が助かるとは思ってなかったんで、感謝してますよ」

へらへら笑いながら礼を述べるレガロだったが、私に対する嘲りは感じなかった。私は感じなかったし、隣で黙々と飯を食ってるユーノスもおそらく感じていないようだった。

己自身と世の中に対する、曖昧な諦念。

レガロにあるのは、きっとそれ。だから自分を囮に部下たちを逃がすなんて選択肢が取れた。どうしても生きていたい理由がないのだ。

「ところで、吐き出せる情報は概ね出したと思うんですが、俺ぁどうなりますかね。正直言わせてもらうと、この状況でスペイド領に戻されるのは勘弁願いたいんですが……解放するつもりとか、あるんですかね?」

「今の職場には不満がありそうだな」

「そりゃあ、ね。無能のお供で死にかけましたし、戻ったら戻ったで責任は取らされるでしょうよ。よしんばお咎めがなかったにしろ、そもそもが楽しい職場でもねぇ。家族もとっくにおっ死んで、女がいるわけでもねぇ」

鼻息を漏らして自嘲するレガロである。

元アラフォーのおっさんとしては、それなりに共感できる話だった。別に一念発起して職場を変えようとは思っていなかったが、状況が急転した後に苦労してまで元の生活に戻ろうという気にもならない。

そしてたぶん――なにがしたい、ということもない。

やれやれと私は苦笑を漏らし、ユーノスへ視線を向ける。既に食事を終えていた魔人種の青年は、私の視線を受けた瞬間にはもう首肯していた。

まだなにも言っていないというのに、あまりにもあんまりな即答で、私はやや面食らってしまう。そんな私に、ユーノスが口端だけを持ち上げて笑った。

「好きにすればいい。おまえが好きにすることが重要だ」

「そりゃ盲信だぞ、ユーノス」

「盲信するほどおまえについて無知じゃない。クラリス、おまえが俺たちを気にしていることを、俺たちは知っている。関わってきたやつらのことも、おまえは気にしている。だから好きにしろ。問題があれば俺たちが蹴散らしてやる」

いつからこいつはこんなに自信たっぷりになったのだろう。それに関しては少し気になったが、今このときに追求すべき事象でもなさそうだ。

「あー……っと……」

困ったように頭を掻くレガロに、私は苦笑を返してやった。

「レガロ。行くところがないなら、うちに来ればいいぞ。魔人種も獣人もごちゃまぜだが、なかなか楽しくやってるし、なにより貴族がいない」

「そりゃ……そうなりゃいいなとは思ってましたが……いいんですか?」

「未来のことなんか知るか。おまえが混ざってみて、あんまり良くないことになるかも知れないし、そうじゃないかも知れない」

「そもそも、あんたたちはなんなんですか?」

「日々を楽しく生きるモノだ」

クラリスマイルで即答できたのは、我ながら偉いと思った。

「そんじゃ、そっちに混ぜてもらいます」

と、レガロは言って、ぺこりと頭を下げた。

ユーノスやら曲剣使いのジェイドやらコボルトのプーキー・シャマルやら、どいつもこいつもみんなして満足そうな顔をしていたので、たぶんどいつもこいつも間抜けなのだろう。

「混ざる、か。それが我らの本質かも知れぬな。そう思わぬか、クラリス?」

クスクスと声を漏らしながらセレナが言う。六本の白い尾が楽しげに揺れているのが、なんだかちょっと面白かった。

◇◇◇

情報の続き。

森から戻って来たガエリコ村の犬獣人によると、彼らは子供なんて拐われていないし、スペイド城へ談判しに行っていないし、当然だが帰り道の先々で町や村を襲撃もしていない、とのことだった。

楽しいお喋りが終わったらしいガエリコ村の広場、何人分かの死体を前に、獣王ランドールは焼いた肉を齧りながら、つまらなそうな顔をして肩をすくめた。

「話が面倒くせぇことは判った。そんで、俺ぁそんな面倒な話をいちいち噛み砕くつもりがねぇ。そういうのはレクスの仕事だが、連れて来てねぇからな」

「頭脳労働は王の仕事じゃない、か?」

「少なくとも俺の仕事じゃあねぇ」

広場の中心にはキャンプファイアーみたいな焚き火が組まれており、何人分かの死体が放り込まれて嫌なニオイが漂っているが、別に誰も気にしていなかった。

もう少しだけ残っている追撃部隊の皆様――囮を買って出たレガロに感化されて死兵となった勇者たち――は、どうやら勇気を使い切ったらしく、誰もが青い顔をしていたのだが、これもやっぱり誰も気にしていない。

「面倒ならそいつらの処遇はこっちで済ましてやるが、獣王軍の指針はおまえが決めるしかないだろ」

「んなこたぁ判ってる。やることは変えねぇ」

非常に面倒そうに言う。たぶん本当に面倒くさいのだろう。

「つまり、一晩明かしたら出発して森を横断してスペイド城を目指し、たどり着いたら武力を持って連中をぶちのめし、上下関係を叩き込む。なんなら偉いやつを何人か殺してもいいかも知れないな……っと、こんなところか」

「そんなところだな」

広場に集まっている獣人たちにも伝わるよう、それなりに声を張って説明してみせるが、ランドールの反応はいまいちだ。

ひょっとしたら「帰る」とか言い出さないだろうか、と思ったが別にそんなことはなく、食べかけの肉をそのあたりに放り投げ、大きな欠伸をひとつ洩らし、

「聞こえてたな? そういうことだ。俺は寝る。起きたら出発だ」

言って、その場にごろんと横になった。

獣人たちがあれやこれや動き出して就寝の準備を始めるのを横目に、私も馬車へ引っ込むことにした。

「なあ、ユーノス。獣王ランドールをどう思う?」

黙って傍に控えていたユーノスに訊いてみる。

ユーノスはあまり興味なさそうに答えた。

「ケモノだな。ケモノがケモノの道理で動いている。ケモノたちがその道理に従っている。たぶんだが、そのことをランドールは自覚している」

「どうしてそう思う?」

「群の役に立とうとしていないからだ。ケモノの王にそんなものは要らない。群の役に立つのは、ケモノの臣下たちの仕事だ」

「……?」

よく判らず、首を傾げてしまう。

ユーノスは続けた。

「ケモノの王に必要なのは、強さだ。他人を跪かせる力。魔族も似たようなものだが、獣人たちはもっとずっと単純だな。これまでは、それで良かったのだろう」

これからは――違う。

そういうことなのだろう。

時は流れる。水のように。運命のように。

運命に逆らう手段を、私は知っている。

ケモノは――どうなのだろうか?

焚き火の煙が星々の瞬く夜空へ吸い込まれるのを眺めながら、私はそんな詮のないことを考えた。たぶん、四秒くらい。