作品タイトル不明
067話「獣の戦_02」
「状況を説明できる者はいるか?」
大会議室という名の、だだっ広いだけの場所に様々な獣人が座り込んでおり、何人かを除くほとんどの者が神妙な顔をして黙り込んでいた。
まず少ない例外としては、私クラリス・グローリア。ニヤニヤ笑っているのは獅子獣人である獣王ランドール・クルーガー。そして特に表情を浮かべていないのが、参謀の女豹レクス・アスカ。
逆に神妙な顔をしているのは、最初に発言した獣王の次男プラド・クルーガー。何故か私のストーカーみたいな真似をしている兎獣人のルーチェ・ルビア。場所を取っている象獣人のネレスト・ディリス。狼獣人の女戦士リグ・リグリィル。獣王の長男ガーランド・クルーガー。獣王の側近である蛇人オーレン。そして鷲獣人のブルノア・キスクと、その息子クオン・キスク。さっきまで喋っていたボア・オークのゾンダ・パウガ。
実に十二人。
もしも全員の名前を覚えているやつがいるとすれば、それは褒められた記憶力だろう。私だって正直、顔や姿を順番に眺めてなければ名前なんて出てこない自信がある。ぶっちゃけ、別に覚える必要もなさそうな気がしている。
それはさておき――本題だ。
一体なにが起こったのか。
起こった出来事に対し、どうするのか。
「では、現状判っていることを説明しましょう」
仕方なさそうに立ち上がったのはロリ巨乳女豹のレクス・アスカ。
誰もが当然のように頷き、聞きの態勢に入った。おそらく何度もこういうことがあり、何度も同じようにレクスが場をまとめていたのだろう。
「まず、ブルノアの巡回でガエリコ村が人間に襲撃されているのが発見されました。もっとも人族の領域に近い、犬獣人たちの村ですね。村と人族の領域の間には森がありますので、人族は自分たちの領域から軍勢を率いて森を抜けたということになります。つまり、人族の誰かがたまたま村を襲ったという話ではありません」
ようは人族の中の、例えば武装奴隷商人みたいな連中が『獣人狩り』を行った、みたいな話ではないということだ。
明らな行軍であり、軍事行動である。
それを大鷲人のブルノアが空中から目撃して、獣王の領域に引き返して情報を知らせ、今こうして我々が会議を踊らせている。
もし殲滅が目的だとすれば、おそらく手遅れだ。
しかしそうでない可能性もあるし、そもそも人族に領域を侵されて黙って見逃していいわけがない。
つまり――なにかする必要がある。
「ということで、獣王ランドール。この事態へどのように対処しますか?」
特にどうということのない表情で、レクスはランドールに振った。
片膝を立てて座っていたランドールは、その強面をニタリと歪ませて笑い、場にいる全員をぐるりと見回した。
「どうすりゃいいか? んなもん決まってる。決まりきってる。だからむしろ逆に訊くぞ。おまえらはどうすりゃいいと思ってる? いいや違うな……どこまでやればいいと思うよ?」
試す言葉だ。
兎獣人のルーチェなんかは明らかに陰鬱な表情を見せていたし、狼獣人の女戦士リルは嫌そうな顔をしていた。逆にボア・オークのゾンダなんかは遠足前の子供みたいにウキウキしているようだ。
「言うまでもないが、報復をする必要がある。それにガエリコ村の連中も生き残っているかも知れない。奴隷として捕らえられている可能性もある。だとすれば、それなりの人数で村を奪還し、そのまま人族の領域に乗り込むのがいいと俺は思う」
発言したのは獣王の次男プラド・クルーガーだった。
あぐらをかいて黙りこくっている長兄のガーランドとは対照的に、その場の全員にはっきりと届かせる明瞭な発声での発言だ。
もちろん内容にも瑕疵は見当たらず、他の誰かがなにを言う必要もなさそうだった。リーダーシップというやつだ。
が、ランドールは少しつまらなそうだった。
「そんな言うまでもねぇことを言われてもな……当たり前すぎて白けちまうぜ。なあ、おい、クラリス・グローリア。おまえからはなんかあるか?」
雑な振りだった。
が、丁寧だろうが雑だろうが別に構わない。
私は優雅に立ち上がり、思いっきり肩を竦めて鼻で笑ってみせた。
「プラドの言には異論ないが、ちょっと当たり前すぎてつまらんな。とりあえず、その……ガエリコ村? そこの連中が生きてるか死んでるかはともかく、村を奪還するのは決定事項だろ。その後、人族の領域に乗り込んで、なんらかの報復措置を取るのも当然だな。じゃあ、具体性の問題だ」
報復をする。じゃあ、どのように?
奪還をする。それは、どうやって?
「レクス! おまえはどう考える?」
笑いながら促す獣王。
無表情に頷く女豹。
「理想としては獣王ランドールに出てもらいたいと思います。ネレスト、ルーチェ、ゾンダを筆頭に、手勢を揃えます。まずはガエリコ村の奪還ですが、状況が不明ですので、臨機応変になります。このためブルノアは戦力ではなく連絡員として動くことになります。状況をこちらに知らせてもらい、道中で方針を決定することになります。基本的には村の犬獣人が生きているか、全滅しているかという考え方でいいでしょう。人族の領域へ乗り込むことについてですが――」
淡々とたくさん喋るせいでうっかりすると聞き逃しそうだが、レクスの声音はかなり聞き取りやすく、話の内容はきっちり入って来た。
「――立地的には、人族のスペイド領という貴族領の仕業でしょう。となると、領域を挟む森を抜け、スペイドという貴族の屋敷へ乗り込み、いうなれば落とし前をつけさせます。ただし、人族の領域を乗っ取るという選択はしません」
「どうしてだ? やられたからやり返す。こっちは俺の民を殺されてんだぜ。土地を奪ってこっちのもんにする。なにがおかしい?」
「占領しても維持できませんので。それとも自分で人族の領域にある人族の土地を統治なさいますか?」
「はっ、んな面倒くせぇことするかよ。だが、それじゃあどうやって落とし前をつけろっていうんだ?」
「それはクラリス・グローリアに聞いてみましょう。人族のことですから、彼女に聞いた方がよろしいかと。どう思いますか?」
振りが急な連中だった。
が、せっかく立ったままだったので、当たり前のように頷いてみせる。
「そんなの決まってる。武力でスペイドの城だか屋敷だかに突入して、対抗勢力を叩き潰し、上下関係を教えてやる。それだけでいい」
「それだけでいいのか?」
不思議そうに首を傾げるランドールだったが、それこそ私にとっては不思議な話だ。マウンティングに関しては獣の本能という気がするのだが。
実際問題、口がついてるんだから話をすればいい。これは本心からそう思う。だが世界がそのように出来ていないことを私は知っている。
いじめはよくない。
暴力はよくない。
他人から奪うことも、他人を踏みにじること、貶めることも。
知ってるよ、そんなこと。
でも、あるじゃないか。
前世にも、この世界にも。
「ああ、それだけでいい。考えてもみろ、わざわざ領地を奪う必要なんかないんだ。レクスの言う通りで維持も管理もできやしない。おまけにスペイド領の周囲から奪われた領地を奪還しに、人族の軍勢が押し寄せるだろうな。たいして欲しくもない場所を巡って血みどろだ。逆に、力関係を判らせてやれば、今後しばらくの面倒はなくなるだろう。もちろん、戦利品なりなんなりを持ち帰ってもいい。むしろそうするべきだ」
「人間の土地に乗り込んで、人間の土地を蹂躙して、人間の土地から奪う。クラリス――同じ人族として、おめぇはそれでいいんだな?」
真顔で問い返すランドールである。
私は鼻で笑ってみせた。
「今更なにを言ってる? 良いか悪いかを語るなら、暴力なんて悪いことに決まってる。でもやるんだ。そうだろ? 善悪なんか知るか。同じ人族? 知るか、そんなもん。違う人間だよ。私の民でもあるまいし、なんなら手伝ってもいいぞ」
会議室の空気がちょっぴり冷めたのが判った。
しかし本心なのだから仕方ない。
クラリス・自分に正直・グローリアなのである。
◇◇◇
その後、なんとなくレクス・アスカの仕事を眺めていると、あっという間に一夜が明けてしまった。
たったの一晩で軍備を済ませられるのは驚きの一言だが、獣王軍の数の問題もあるだろう。なにしろ頭数が少ない。人間の軍であれば人数そのものがもっと多く必要だろうし、移動手段の確保も必要になる。
獣王軍は馬で移動する必要もないし、重装歩兵もいない。武器を持っている者は最初から手持ちがあり、軍で支給するという手間がなかった。
さらに言えば、今回の遠征は――遠征、と表現すべきかは迷うが――距離的にはかなり近いので、用意すべき食糧もかなり少なく、途中の平原や森での狩りを考えればさらに量は減った。
おまけに総大将は獣王ランドールである。
獣王の下では派閥がどうこう、個々人の好き嫌いがどうの、そういう一切が発生しなかったのも大きいだろう。
総大将、獣王ランドール。
象獣人、ネレスト。
兎獣人、ルーチェ。
ボア・オーク、ゾンダ。
その下に手勢がいっぱい。
あと私、クラリス・なんとなく従軍する・グローリア。
総数およそ百五十くらいか。
村を奪還するには多すぎるが、領主の屋敷を落とすには普通に考えると心許ない人数だろう。人間の軍勢であれば、話にならないような人数だ。
しかし獣人部隊だ。
総大将は獣王だ。
たぶん、いけるだろう。
少なくとも村の奪還は余裕だと思う。
ちなみにレクス・アスカはガエリコ村まで同行し、状況を見極めてから次の行動を考えるとのことで、スペイド領までは同行しないらしい。
夜が明ける前くらいに出発し、獣王の都――便宜上、そう呼称しておこう――からちょっと離れた、関所みたいな村についたとき、
「クラリス様!」
カタリナ・グロリアスが走って飛び込んできて、私は十歳そこらの少女に思いっきり地面へ押し倒された。
ちょっと痛い。
でも、いいだろう。
がっちりと私を抱きしめる少女の背中をぽんぽんと叩きながら、私は自分の口角がにんまりと吊り上がるのを自覚した。
危ないところだった。このままだと間違いなくつまらない展開になっていた。
「呼ばれて来たぞ、クラリス。美味しいところは残ってるようだな」
やや離れた位置で言うのは、ユーノスだ。
他にもそれなりの人数、魔境の戦力の半分くらいは連れて来たようだ。誰もがカタリナに押し倒された私を見て、楽しそうな顔をしている。先んじてユーノスたち『私の客』を迎えに来ていたらしいセレナもいた。
「ああ、間に合ったぞ」
と、私は言った。
これでどうにか――話が面白くなる。