軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

062話「嵐の前の_02」

獣王の膝下にやって来て、そろそろ二週間ほどだろうか。

その間、ほとんど好き勝手に周辺を散策し、住民たちと話して回れば、さすがに地域性のようなものが見えてきた。

ようは規模こそ大きいが娯楽の少ない原始的集落だ。

レクスが十年ほど頑張ったらしいが、誰かが十年頑張った程度で文化が育つわけもない。あるいはその逆も言える。前世では建築や交通の発展よりも、家庭用ゲーム機が普及したことの方がはるかに人々の生活を変えただろう。

そんな な(・) に(・) か(・) が獣人たちの領域に訪れるかどうかは、私には知りようもないし、ぶっちゃけ他人事だが――さておき。

少しだけ、獣王の都について話そう。

都の中心には獣王の宮殿があり、その周囲に城下町があり、さらに周辺には草原と綿花畑が広がっている。

他にも小麦や野菜なんかの栽培も行っているらしいが、田畑の大半は綿花だ。今は時期ではないのでコットンボールの白が畑を埋め尽くしておらず緑が広がっているだけなので一見して判らなかったが、都の獣人たちと話をしているうちにふんわりと把握できた。

そもそもは象獣人たちの生息域に自生していたものを、先代獣王が配下に命じて農園にしたという。それをレクス・アスカがシステム化して大規模農場として運用しているそうだ。

ある大きさの畑を管理する人員を置き――狸獣人や猫獣人が多いらしい――その下にカヤ族という鼠獣人が人足として雇用されている。

カヤ族は、言ってみればコボルトと同じような「ぬいぐるみ型」の獣人だ。獣の度合いが高く、しかし知性は高い。

彼らは手先が器用で、勤勉で、雑草を好んで食べる。畑に生えた雑草をむしってはもしゃもしゃしているそうだ。

そして定時退社厳守。

日の出と共に活動を始め、日が落ちるとねぐらに戻ってすやすや眠る。彼らに時間外労働という概念はなく、無理に働かせようとした場合、死をも厭わぬストライキを起こすらしい。

なんで夜行性の鼠が獣人になったらそんな感じになるのかはさっぱり判らないが、誇張でもなんでもなく、殺されたとしても時間外労働には断固ノーを突きつけるそうだ。性格というより、性質のようなものかも知れない。

考えてもみれば人間だって毎日十八時間とか働くようにはできていないのだ。カヤ族は日没後には働くようにできていないのだろう。

そうして収穫した綿花を加工し、布を作り、衣服やらなにやらに仕立てているという。制作したそれらはリーフ・リーザのような行商人を利用して獣人の領域に広め、場合によっては辺境の集落にしかないような特産物と交換しているそうだ。

「ちなみに、食料はどうしている?」

レクス・アスカが利用している宿舎――というべきか、あるいは官庁舎というべきか――の食堂で、味も素っ気もない麦粥を口に運びながら、おっぱいのでかい女豹に問いかけてみる。

「貴方が乗っ取った村と同じような村がいくつもあります。戦いに秀でていない獣人の多くは、農耕なり技能を活かすなりして生活を営んでいます」

無表情に麦粥を口に運びながら答えるレクス。

この女豹は最初に会ってから今に至るまで、あまり表情を変えない。強いて言えばスーティン村でピザを振る舞ったときくらいだろうか、変化があったのは。

「我がまだ都におった頃は、もっと貧相な食生活じゃったぞ。この麦粥には乾燥させた根菜が入っておるし、燻製した肉も入っておる。葉野菜もな。昔はまともなものが食べたければ狩って来るしかなかった」

少し離れた席で同じように麦粥を食べていたセレナが、微妙な口調で言った。懐かしむようでもあり、嘲るようでもある、曖昧な言い方だ。

「『網』の構築にはそれなりに苦労しましたので」

すまし顔で答えるレクスだったが、私はそれを鼻で笑ってやる。

「その割には食事が不味いじゃないか。スーティン村の食生活の方が豊かだったと思うがな。それも格段に」

「ぐうの音も出ませんね。我らが獣王は食生活に興味がない、というのも理由でしょう。なにしろ焼いた肉に齧り付き、味を問わない酒精さえあれば十分という方ですので」

「労力を割けなかったわけか」

「恥ずかしい話ですが、私自身もまた食事に興味がありませんでした」

ほんの僅かに眉尻を下げるレクスだった。どうやら本気で後悔している様子で、そのことが私には少しおかしかった。

そりゃあ、知らないものは、知りようがない。

美味しいものを食べるという娯楽を知らなかったレクスが、食生活を充実させようなんて考えるわけもない。

しかしピザを食べたことによって、楽しさを知った。文化的喜びだ。

「だったらこれから興味を深めればいいさ。ランドールだって美味いものは好きだろ。まだ知らない美味いものなんか、たぶんいっぱいあるだろうさ」

残念なのは、料理研究はしばらくお預けということだ。

当面の問題がある。

かちゃり、と木の匙を木の器へ置き、レクスはこちらを見る。

ネコ科の動物が獲物を見つめるときのアレだ。瞳孔がくっと開くやつ。

「クラリス・グローリア。従者のコボルトを帰還させたのは何故ですか?」

◇◇◇

さて、そもそもレクスはどうして私を獣王の都に招いたのか。

いやいやちょっと待て、レクスは私を招いたわけではなく、私が自発的にレクスに同行したのではないか、そんな声もあるだろう。まあそれはそうだ。

しかしここでひとつ思考を深める。

問題があったらレクスは私を同行させなかったはずだ。

なんの変哲もない、ごくごく普通の結論だ。

それから、もうひとつ思考を進める。

レクスの狙いはなんだ? もちろんランドールを打倒し、その息子であるプラド・クルーガを獣王にすること。

ここでポイントになるのは、プラドには兄がいるということだ。

ガーランド・クルーガ。

現状ではランドールの側近のような位置におり、普通に考えればランドールになにかあればガーランドが次の獣王になるだろう。

では、どうすればプラドを王位に即かせることができる?

クーデター? あるいは事故に見せかけた誅殺? 毒殺もいいかも知れない。しかしどれもダメだ。何故なら獣王が強い。

まともにやると、どうしたってランドールに勝てない。

勝てるなら最初からランドールを打倒して王位を簒奪すればいいのだ。できないから苦労している。秘密裏にレクスと共謀し、仲間を集め、策を弄している。

まともにやってダメならどうする?

これもごく当然の結論になる。

まともにやらなきゃいい。

「レクス・アスカ。おまえがこの先、なにをするか――だいたい予想できてるぞ」

食堂の椅子にふんぞり返り、私は言った。

開かれていた女豹の瞳孔がきゅっと縮まり、ふんぞり返りすぎたせいで私は思いっきり椅子から転がり落ちた。

そこそこ派手な音がして、私は強かに後頭部を打ってしまう。もしかしたら死んだかも知れない。

「痛っ! すごく痛いぞ!」

「阿呆が。なにをやっておる」

呆れたふうに言いながらセレナが私の首根っこを引っ掴み、ふさふさの尻尾を使って器用に椅子を立て直し、そこに私を座らせてくれた。

「ご苦労」

「やかましい」

そりゃあそうだ。

とりあえずセレナには必殺テヘペロスマイルをくれてやったが、反応は芳しくなかった。まあいい。

「この女豹の狙いとはなんだ? いつの時点でそれを知った? だからわざわざ王都にまで来たのか?」

「そこはなんとなく最初から予想がついていた。でも、ここに来たのはランドールを見てみたいと思ったのが第一の理由だ。獣王を見てみないことには、レクス・アスカに協力すべきかどうかも判らないからな」

「私の狙いとはなんですか?」

その問いを浮かべたレクスは、食事の話をしていたときよりもよっぽど無表情だった。おそらくだが、この場合はポーカーフェイスだ。

無論、この世界にポーカーなど存在しないが……まあ、たぶん。

私は念のために食堂をぐるりと眺め回し、レクス陣営と私たち以外の誰もいないことを確認してから、それでもなお声を落とし、言う。

「反獅子連の動き、おまえの手の中だろ」

ニヤリと笑んで言う。今度こそレクスに動揺が見られた。明確に肩をびくりと動かし、眉を上げ、瞳孔がさらに小さくなった。

肩を動かしたのに連動して胸がたゆんと揺れたのは、ちょっと許せないが。