軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

057話「修行と迷宮_01」

カタリナ・グロリアスの朝は早い。

スーティン村のグロリアス氏族に用意された家、その一室で毛布を剥ぎ取ってあくびをひとつ。隣で同じように「くわぁ」と口を開いているのは、妖狐セレナの娘、キリナだ。最近はほとんど一緒に行動しているが、十年前からそうしているような気がするほど関係がしっくり来るから不思議なものだ。

「おはよう、キリナ」

先にあくびを終えたカタリナが言う。わずかな差で出遅れたキリナは狐耳をぴくぴくと動かしてから、まだ眠そうな目を細めて笑んでみせた。

「おはよう、カタリナ」

あまりにやわらかな、自分とはあまりに違う微笑み。カタリナは思わず苦笑を返してしまう。だって私は、そんなふうに笑えない。

二人で寝床を片付け、朝の支度を済ませてから村の外れへ。スーティン村は魔境方面に丘があり、その逆側にはオークたちが耕した小麦畑がある。そのどちらへも向かわず、丘の麓を沿うように村はずれまで。

クラリス・グローリアが出発してから、もう十日以上経過している。

なのに村を歩けば、きらきらと輝く金色の髪が揺れる背中を幻視してしまう。そこいらをのんびりと歩き回り、誰かに話しかけ、話しかけられ、にんまりと唇を曲げて頷いている――そんなクラリスの姿を、カタリナはありありと思い浮かべることができた。

そのことをキリナに話してみれば、彼女も同感とばかりに頷くのだった。

しばらく歩き、井戸だけがぽつんと存在する広場に行き当たる。

そこに、ユーノス・グロリアスはいた。

まだ朝だからだろう、やや眠そうに眉間のあたりを指先で揉みほぐしている。かつてユーノフェリザ氏族だった頃にはなかった威厳や存在感のようなものが彼には備わっており、それがカタリナの胸をぞわぞわさせる。

「おはよう、ユーノス」

「おはようございます、ユーノスさん」

重ねた挨拶にユーノスは素っ気なく「ああ」と頷き、井戸の傍に転がっている木剣を指差した。魔術――妖術、というべきか――を教えていた妖狐セレナはクラリスの護衛として王都に出ているので、今は剣術の訓練が主になっていた。

キリナと二人揃って木剣を拾い、軽く打ち合わせる。この練習も慣れたもので、最初は相手に向けて剣を振るのに躊躇を覚えていたのに、今では「当たれば骨折は免れない」程度の剣撃を合わせることができるようになった。

がんっ、がんっ、がんっ、と。

木剣同士がぶつかる音が響き、次第に身体が温まっていく。けれどまだ本番には至らない。上から、横から、下から、斜めから――教わった剣の振り方と、剣の受け方。見に染み込ませるように繰り返す。

「よし、そんなものでいいだろう」

ユーノスが言った。

いつの間にか井戸の周囲には人が集まっており、木剣での打ち合いを終えたカタリナとキリナへまばらな拍手が送られてきた。

◇ ◇ ◇

最初はカタリナが乞うたことだ。

戦えない自分は、この場には必要ない。自分だってユーノフェリザ氏族だったのに、ただそこにいるだけでなにもできない――もちろん、カタリナに対し「役に立て」と言う者などいなかった。けれど自分が、自分自身に囁くのだ。

――この、役立たず。

それを許せなかった。もちろんクラリス・グローリアの役に立ちたいとも思った。彼女の傍にいたいと強く思った。だから必要だった。力が。

「さて、今日はこうして集まったんだ。おまえの秘密を教えてもらうぞ」

口火を切ったのは曲剣使いのジェイドで、その隣には斧使いのガイノスが腕組みして頷いている。どういうわけか、さらに隣にはラフトというカタリナよりひとつだけ年嵩の少年が立っていた。

ラフト・グロリアス。

ユーノフェリザだった頃も、今も、あまりカタリナとは関わり合いのない少年だった。親同士の関係性がそれほど深くなかったのもあるし、ラフトという物静かな少年と、割に活発なカタリナではあまり相性がよくなかったのもある。

考えてみれば、物静かなキリナとは仲良くなれたのだから、相性そのものは悪くないのかも知れないが……たぶん、単純に、ラフトへの興味がなかったのだ。

「ねえ、あんたもユーノスに教えてもらうの?」

気になって聞いてみる。

「ドゥビルさんと、ガイノスさんが、そうしろって」

と、ラフトは答えた。自発的に来たわけではないのだ、とカタリナはまたラフトへの興味が失われるのを感じた。自分みたいには、この少年は悔しさを覚えていないのだろう。ただそこにいるだけ、それを許容できてしまうのだ。

さておき。

今朝の議題は、ジェイドが語った通りだ。

―― ど(・) う(・) し(・) て(・) ユ(・) ー(・) ノ(・) ス(・) は(・) そ(・) ん(・) な(・) に(・) 強(・) く(・) な(・) っ(・) た(・) の(・) か(・) ?

かつてユーノフェリザ氏族だった頃とはあまりにも違いすぎるのだ。いくらなんでもユーノスはあんなに強くなかった。その見解はカタリナだけではなく、ほかの氏族たちも同様だった。

クラリス・グローリアと出会ってからのユーノスは、それまでのユーノスと明らかに異なっている。

人族の領域へ突撃してから今の今まで、当然ではあるがユーノスには山ごもりして修行するような時間的猶予などなかった。つまり、劇的に強くなりようがなかったはずなのだ。なのに、ユーノスは明らかに変わった。

集まった面子の中には蜥蜴人のアストラ・イーグニアもいる。カタリナから見ても、アストラの槍捌きは優れていた。例えばユーノスの幼馴染であるマイアあたりであれば、アストラを圧倒することなどできなかったはずだ。あるいはジェイドやガイノスでも、あれほどの差は生まれなかっただろう。

「で、どういうわけ?」

マイアが言う。他の面々も頷く。

問われたユーノスは自分に集まった注目に苦笑を洩らし、ゆっくりと腰の剣を抜いてみせた。ひどく自然な、それこそ手を挙げるのと同じくらい当たり前みたいな、まだカタリナには手の届かない領域。

「魔力の使い方を、俺はクラリスに少し聞いた。それを実践してみただけだ」

喋りながらも、ユーノスの腕から魔剣へと魔力が流れて行くのが判った。魔力の流れを判りやすくするために、意識的に魔力を目立たせているのだろう。

「あいつが言うには、俺たちが『速く』『強く』動くとき、俺たちは無意識に魔力を使っているそうだ。言われてみればそういう気もした。おまえたちもそうじゃないか? だから、それを意識した」

今度は剣に集まっていた魔力が足へ流れて行く。

と、次の瞬間にはユーノスが一足跳びに移動している。

速い。―― 異(・) 常(・) な(・) ほ(・) ど(・) に(・) 。

予備動作もなく、ほとんど膝を曲げることすらせずに地を蹴って、一瞬の間にかなり離れた位置まで跳んでいるのだ。これを実戦でやられれば、よほどの達人でなければユーノスを見失うに違いない。

「ようするに、身体に巡らせる魔力を意識しろ、ということだな。本当にそれだけだ。それ以外ない。動作の全てに魔力を意識しろ」

「……って、クラリスが言ってたのかい?」

気難しげに眉を寄せながらマイアが言う。ユーノスはまた苦笑を浮かべながら、魔剣を腰の鞘に収めた。

「『魔術を放つばかりが魔力じゃない。おまえたちはその潤沢な魔力を、もっともっと精密に扱えるはずだろ。もっと頑張れ。私も、実はちょっとばかり頑張ってるぞ。進歩はないけれどもな』と、あいつは言った」

そういえば、とカタリナは思い出す。

人間の領域から逃げている途中……魔境を歩いている最中だったか。クラリス・グローリアは自分のことを『無才』だと言っていた。でも、彼女は自分の無才を卑下したり卑屈になったりしていなかった。

こ(・) の(・) 自(・) 分(・) で生きるしかないだろ――。

そんなふうに言ったクラリスを、カタリナは眩しいと感じたのだ。

◇ ◇ ◇

その日はユーノスの実演を参考に、集まった者たちで「魔力の使い方」の試行錯誤をし続けた。

実践してみた誰もが即座に気付いたのだが、無意識にやっていることを意識的に、それも精密にこなすのは異常な難度だった。

「日常のあらゆる場面で意識してみろ。そのうち慣れる」

と、ユーノスは言った。無茶苦茶な話だと思った。

よくよく話を聞いてみれば、ユーノスは魔境から獣人の領域に足を踏み入れた際、妖狐セレナの幻術を食らったらしい。そしてそれは『全身に魔力を巡らせる』ことをしていれば防げたそうだ。

考えてみれば魔術による幻惑、精神干渉は「魔力の作用」に他ならない。だったら自分の魔力を張っておけば、魔力による干渉は妨げられる――それがユーノスにとってのきっかけだったそうだ。

魔力の操作。

潤沢な魔力を持つ魔人種のくせに、その努力をしていなかった。それどころか、そのことに気付きもしていなかったのだ。

無力さが理由で滅びかけたというのに。

つまりはそういうこと。

ユーノスを見てカタリナがぞわぞわしてしまうのは、そういうことなのだ。

私よりも、ユーノスの方が、クラリス・グローリアの力になっている。

……今のところは。

◇ ◇ ◇

日が暮れて、夕食を済ませ、井戸水を魔法で温めて湯浴みしている最中――マイアが当たり前みたいな顔をして、言った。

「あ、そうだ。カタリナとキリナ、どっちも明日は『迷宮』に行くわよ」