軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

052話「獣の王_04」

ルーチェ・ルビアは兎獣人である。

齢は今年で二十二、ルビア氏族において最も強く、最も素早い女兎人であり、獣王ランドールの親衛隊として王都に勤めている。

職務は複雑だが、単純。

何故なら獅子王ランドールは、命令らしい命令など、ほとんど下さないからだ。前任の兎人から親衛隊を引き継いでから五年経つが、ランドールが命令をした回数など、本当に数えるほどしかない。

そのほとんどは、何処其処の種族を討ち滅ぼせ、というものだった。

敵というにはあまりにも脆弱な種族を、ルーチェは他の親衛隊と共に何度か討ち滅ぼした。それが命令だからだ。そうしなければ獅子王はルビアという氏族を敵視しかねない。ランドールとはそういう男だった。

ただ、ひたすらに――強い。

だからランドール・クルーガは獣人の王として君臨している。

彼が統べるあらゆる氏族は、彼に――あるいは「彼らに」というべきか――滅ぼされたくないから、獅子王に従っているのだ。

強い者に従う。それは獣の論理だ。

獣の論理は、獣人たちにはとても判りやすい法理だった。

辛うじて獣人の国が体裁を保てているのは、ランドールの強さがまずひとつ。そしてもうひとつは、獅子王の優秀な頭脳のおかげである。

豹族の女、レクス・アスカ。

彼女がランドールに全権を任され、政治の半分を取り仕切っているからこそ、獣人たちは し(・) っ(・) ち(・) ゃ(・) か(・) め(・) っ(・) ち(・) ゃ(・) か(・) になっていないのだ。

難しいことはルーチェには判らないが、親衛隊になってからの五年間、ランドールの命令よりもレクス・アスカの指示を聞いた回数の方がはるかに多い。そしてその指令は、脅威でない氏族を討ち滅ぼすようなものではなかった。

親衛隊に就いてから三年目の、ある日。

ルーチェはレクスの指示に従い、南の集落へ向かった。

同じ親衛隊の象獣人、ネレストの里だ。ランドールが「侵略」という手段を珍しく用いなかった相手である。

といっても、獣王は交渉などしない。

獣王が用いるのは唯一、暴力である。

象獣人は身体が大きく、頑強で、比較的穏やかではあるが苛烈な反撃をすることで有名だった。身長はオークたちよりも平均してやや低いが、象獣人の戦士一人でオークを十人は殺せる、そういう種族である。

ランドールはそんな彼らの集落へふらりと立ち寄り、戯れに何人かの象獣人をぶちのめした。ルーチェたちはその様を、ただ見ているだけだった。

彼らはレクス・アスカの交渉により、ランドールの配下に収まったという。そうしなければランドールは戯れ気分のままで象獣人の里を全滅させていたかも知れない。そのことを象獣人たちも理解していた。

圧倒的な暴力を前に、従わないという選択肢など存在しないのだ。

そして――ルーチェは獅子王の息子に出会った。

いや、出会ったというのは正確ではない。

そもそもランドールの親衛隊になった時点で、獅子王の家族とは顔合わせが済んでいる。ランドールには多くの息子と娘がおり、一人の妻も持たなかった。彼ら彼女らの母親たちは、ランドールの戯れに付き合わされたに過ぎず、獅子王は端から妃を持つ気などなかったのだ。

だが、だからこそ――初めて「出会った」というべきだ。

獅子王の四番目の息子、プラド・クルーガ。

象獣人の里で暴虐を行った獅子王を見たその夜、どうしても眠りにつけず、里の外をふらふらと歩いていると、同じようにして里の外を歩いていた彼がいた。

真ん丸の月に照らされた、獅子王の息子。

彼は言った。

「――俺は、親父を殺そうと思っている」

堂々と、恥じることなく、それが当然とばかりに。

鋭い歯で肉の筋を噛み千切るような力強さで。

王の息子は、ルーチェの欲しい言葉をくれたのだった。

◇ ◇ ◇

その人族の少女は、眩いばかりの金髪と、華奢な肢体と、ひどく場違いな自信の持ち主だった。

「クラリス・グローリアだ。よろしくするかどうかは、こっちもそっちもこれから決めようじゃないか。とにかく、こんにちは、だな」

椅子から立ち上がってルーチェたちを順繰りに見回し、クラリスと名乗ったそいつは、にんまりと笑みを浮かべて薄い胸を張った。

女であるルーチェですら少しどきりとしてしまうような、プラドのそれとはまた違った「光」のようなものがある。

まずそう思った。

そして同時に、こうも思った。

ああ、この少女を殺すのは、簡単だ。

腰に提げた曲剣を抜いて一足跳びに距離を詰め、無造作に振り下ろせばそれで終わる。相手の力量というものは、ある程度の技量を有した時点で察せられる。ましてルーチェは氏族で最も強く、最も早い女兎人だ。クラリス・グローリアに戦闘能力がないことくらい、彼女が立ち上がった瞬間に理解できた。

「……彼女は?」

当然の疑問を口にしたのは、大鷲人のブルノアだった。親衛隊で最も年嵩であり、多くの鳥人たちを取りまとめている。鳥人の中でも比較的人に近く、戦闘能力の高い人物である。

猛禽類の眼差しは普段からあまり感情が窺えないが、今は明確にそれと解るほどの怪訝を湛えていた。

そうだ、ルーチェたちはレクス・アスカの作戦会議室に集められたのだ。

象獣人のネレスト、大鷲人のブルノア、狼獣人の女戦士リル、そしてルーチェ。この四人はランドールの親衛隊でありながら、プラド・クルーガの同志である。

つまり、この四人とレクス・アスカは、プラドを御旗にしてランドール・クルーガを殺そうとしているのだ。

王を殺し、プラドを王にする。それが自分たちの目的である。

そんな場所に……なんだって、人族の、ひ弱な少女が?

ルーチェたちが浮かべた疑問には、レクスが答えた。

「クラリス・グローリアを協力者として迎えようと考えています」

いつも通りの澄まし顔で、頭の上の耳はぴくりとも動かない。豹族の誰もがレクスのように無表情なのではない。レクス・アスカだけが特別だった。

彼女はルーチェよりもずっと前から、そしてずっと深く、ランドールに従っている。何故か、なんて問いはあまりにも無為だ。暴力が背景。圧倒的な力がある。それ以外のなにも、獣の世界には必要ない。

「彼女は獣人の領域の端、魔境の近くにあるオークの村を取り仕切っています。経緯としては……そちらの狐人に伺いましょうか」

背中に暴力を張りつかせたまま十数年を獅子王の傍らで過ごした女豹は、それが当然とばかりに言って、プラドと反対側の席へ目配せした。

そこには、女狐がいた。

銀の長い髪、白い狐耳、紺碧の瞳と、血のように赤い唇。

六本の、白い尾。

レクスに促されるまで、存在に気付かなかった――のは、おそらく狐人が得意とする幻術でも使っていたのだろう。そうでなければ、女狐のすぐ近くに立っているコボルトや犬獣人の気配にも気付けなかった道理がない。

「そう身構えるな。我はお主らと敵対するためにきたわけではない」

鷹揚に、そして少しだけ悪戯っぽく、女狐は言う。

「我はセレナ。随分と以前に氏族ごと解散させられた狐人の群の、その一人よ。お主らのほとんどは見覚えがない……が、そちらの大鷲人は、随分と前から獅子王の近くにいたな。我のことを覚えておるかな?」

「妖狐セレナか」

端的に、ブルノアは頷く。背中の羽根がわずかだけ、わさりと震えた。

「オイラは知らない」

呟いたのは象獣人のネレスト。女狼のリルも無言で同意を示していた。もちろんルーチェもだ。妖狐セレナという名に、心当たりがない。

「なんだ、有名人かと思ってたらそうでもなかったのか」

にまにまと笑ってクラリスが茶々を入れる。先程ルーチェたちに見せた眩い笑みとは違う、意地の悪そうな、けれど先程よりもずっと魅力的な笑い方。

ふらふらと引き寄せられてしまいそうな。

だって……そっち側は、ひどく楽しそうだ。

「我が追放されたのは十年よりも更に前じゃ。その頃とは顔ぶれも変わっていて当然じゃろ。ランドールの膝元は、居心地が良さそうには思えんからの」

くつくつと笑う。

皮肉げなのに、なんだか楽しそう。

そう思った。

「お主がランドールの裁きによって辺境に送られたのは、ワシは知っている。それで、そこの小娘がどう絡んでくる? 経緯とはなんだ?」

「我はな、あの獣王に命ぜられるまま、延々と辺境を守っておったよ。色々あったと言いたいが、ほとんどなにもなかった。そうしてついこの間、こやつが現れた。クラリス・グローリアは人族の領域にいられなくなったから、魔境を抜けて、獣人の領域まで辿り着いた。そして我の隣人となった」

「この小娘が魔境を越えて?」

訝るブルノアに、クラリスはわざとらしいキレイな笑みを見せた。それがどうかしましたか、なんて、そんな言葉が聞こえそうな澄ました微笑。

ブルノアは――彼にしては珍しく、苦虫を噛みつぶしたような顔を見せた。日頃から仏頂面ではあるのだが、こうも表情が動くのは、本当に珍しい。

「ああそうじゃな。それから少しして、近くのオークの村から助けを求められた。お主らも知っておるじゃろ、『反獅子連』とかいう狼族を中心にした集団じゃ」

もちろん知っている。親衛隊の誰もが知っていることだ。

この王都よりもずっと遠くで、ランドールの首を狙う集団がいて……そしておそらく、そいつらは役に立たない。

そのことは、この作戦会議室でレクス・アスカと共に何度か議論されていた。

現状、『反獅子連』は放置するしかないということも。

「その犬っころ共に、ひ弱な我はハメられてしまったわけじゃ」

くつくつと――また、女狐は笑う。

なにがそんなに面白いのか、ルーチェには理解できない。

「……それを、その娘が、助けたのか?」

問いをわざわざ口にしたのはネレストだ。巨躯相応に大きな顔の真ん中から伸びる象獣人特有の長い鼻が、ゆらゆらと動いている。不審を覚えているというより、上手く理解できない、といったふうだ。

「ああそうじゃ。その貧弱で無力な人族の小娘が、我を、オーク族を救いよった。オークの連中はクラリスに心酔しておるぞ。畑は増やし、家はつくり、クラリスを肩に乗せて楽しそうに歩いておるわ」

「………」

信じ難い。が、他でもないレクス・アスカがクラリス・グローリアをこの場に呼んでいる以上、事実なのだろう。なにしろ彼女はそのことを自分の目で確かめに行ったのだから。

「で、その人族のガキを連れて来て、協力してもらうって……どうすんの?」

ようやく口を開くリルだった。呆れ口調なのは、レクスが連れて来たとかそういうことよりも、自分の目で見たクラリスの評価が低いのだ。

こんな弱い人族を連れて来て、どうするのだ、と。

獣人の価値観としては、正しい。

そのはずだが――そのことにこそ、ルーチェは違和感を覚える。

正しい価値観を有するランドール・クルーガを、自分たちは打倒しようとしているではないか。自分たちよりもずっと強い獅子王を。

「どうもこうも、なんだかはっきりしない連中だな」

はっ、とわざとらしく鼻で笑い、クラリスは胸を張るのはもういいやとばかりに椅子に座り直し、大机に肘を突いてから、その場の面々をぐるりと眺め回した。

まだ一言も喋っていないプラド、レクス・アスカ、大鷲人ブルノア、象獣人ネレスト、女狼人のリル、そしてルーチェ。

ああ――と、不意に気付く。

品定めしているつもりだった。唐突に現れて、レクスの連れて来た人族の少女を、自分たちは見定めていたつもりだったのに。

いつの間にか、クラリスの方が、こちらを。

「私は『目で見に』来たんだ。レクス・アスカが『王の器』と呼ぶ獅子王の息子がどんなやつか。ついでにその『器』を王にしたがってるやつらがどんなもんか。そして、おまえたちが殺したがってる獅子王ランドール・クルーガが、どんなやつなのかをな。どうするもこうするも、おまえたちは見た。もっと見る必要はあるだろうけど、まあ、とにかく、見ることはできた」

じゃあ、次だろ――と。

近くの平原に散歩へ出かけるような気楽さで。

きらきらした金髪を揺らしながら、クラリス・グローリアは言った。

「ランドールに会わせろ。どんなもんか、見てやろうじゃないか」