作品タイトル不明
050話「獣の王_02」
それまでの延々と続く田園風景が終わりを告げ、まともな『町』が現れ、次第にそれは『街』へと変わり、都市になって城下へ移った。
とはいえ私が生まれ育ったロイス王国、グローリア領のような街並みがあるかといえばそんなことはない。獣人による獣人の都市だ。文化も生活様式も違えば、当然ながら建築様式だって違ってくる。
ロイス王国では民家やちょっとした商店などは木造、宿やそれ以上の大きさの建物――例えば貴族の屋敷、別荘などがそうだ――は石造り、もしくは煉瓦造りになってくる。都市の規模が大きくなれば何台かの馬車が行き交える道幅分の石畳が敷かれるようになる。
都市が栄えてくると建物同士の間隔が狭まり、建物の背が高くなっていく。例えばロイス王国の王都、城下町なんかは一階建ての建物などほぼ見当たらない。
対して獣王の都は――、
「ほとんど平屋だな。木造建築で、屋根は平たいものが多い。雪が降らない地方ということだな」
車窓を眺めながら思わず呟く。
対面に座って同じように車窓を見ていた妖狐セレナが私に目線を向け、口元を曲げた。笑っているわけではなく、なんだかよく判らない表情だった。
「いきなりどうした?」
「獣人の都市というものを見たのが初めてだったから、私の口から感想が垂れ流されただけだ。人族がつくる街とはかなり違うな、と」
「人族の街は、どういった感じなのです?」
問いを口にしたのはコボルトのプーキー。
私は先程思ったようなことをざっと説明してやり、それで自分自身の思考をそれなりに整理した。
「つまり――文化や技術なんかは、獣人は人族のそれよりもずっと遅れている」
何故か?
答えは非常に単純、必要ないからだ。
「ふん。つまり、人族から見れば我らの生活など蛮族同様といったところか?」
自嘲のような、しかし私を責めるようでもある言い方をするセレナに、私は「はっ!」と思いっきり鼻息を吐いてやった。
「そんな単純なわけないだろ。蛮族じみてはいるが、人族の蛮族……この場合は野盗だとか、盗賊集団だとか、そういうやつらとは明確に違うところがある」
「というと?」
「獣人は強い」
単純な話である。
コボルトの村なんかは、そりゃあそこらの野盗が襲えば略奪なんか簡単に済むだろうが、例えば牛獣人――トーラス族の集落なんかを襲えば、あっという間に返り討ちに遭うだろう。武装した野盗の集団が、非武装の村人にだ。
根本的な文化の違い。
たぶんネックはそこにある。
何故なら、それでも人族と獣人が戦えば、人族が勝つだろうから。
おそらくそのことをレクス・アスカは知っている。気付いている。
そして獅子王ランドールは、知ろうともしていない。
◇ ◇ ◇
獅子王が住むという王城……王宮……宮殿? まあ、呼称は何でもいい。とにかくランドールの城は、やはり背が高くなかった。
さすがに平屋ではなかったにしろ、ロイス貴族が居を構えている城よりも階層はずっと低い。それでも周囲の建物が平屋ばかりなので相対的に高く見えるが、せいぜい三階建て……それも三階部分は飾り、みたいな感じだった。
外観の印象としては、東南アジアあたりの宗教建築物……だろうか。
私はあのあたりの建物に詳しいわけではないが、和風な建物でもないし、中東的な雰囲気でもなく、洋風でもないので、なんとなくそう感じただけだ。なんかこう、テンションの高い葬式でもやってそうな場所。
広さは、どのくらいだろう。建物自体は貴族の城よりも狭いが、敷地面積はもっとありそうだ。一の郭、二の郭、みたいな概念はなく、なんというべきか――そう、大学の構内が近そうだ。
まず最も目立つ王城が目に入り、その周囲にも建物があり、木々や泉なんかもある。敷地を囲むようにぐるりと塀が立っているが、これは本当に敷地を区切っているだけの、ちょっとした柵でしかなかった。
我々とレクス・アスカの一団は敷地に入って少ししたあたりで馬車を降り、まずは近場の建物へ案内された。前日に泊まった宿くらいの、たぶん兵の宿舎らしき場所だ。そこまで大きくはないが、決して狭くもない。
「貴方たちは通常の仕事に戻りなさい。クラリス様はこちらへ。ニーヴァはプラド様へ連絡を。私の作業所へ連れて来るように」
用意された文章をそらんじるような言い方で、レクスは部下へ指示を出し、残った何人かの部下と共に私たちを奧へと引き入れた。
宿舎の廊下はそれなりに長いが、閉塞感はなかった。ガラスのない開きっぱなしの窓がずらりと並んでいたからだ。
「ここは一般兵の宿舎です。クラリス様たちの馬車は裏手にある厩舎で面倒を見させますが、構いませんか?」
「構うも構わないもあるものか。こっちで世話するわけにもいかないんだから、任せるに決まってる。そのくらいは信頼してるぞ」
余計な一言を足してみたが、レクスの表情は変わらない。
別に信頼などしていないことがバレているのか、そもそも私の言葉に感情を動かされていないのか、あるいは感慨はあっても表情に出さなかったのか……。
気になるところではあるが、私としては隣を歩くレクス・アスカの一部分の方が気になって仕方なかった。
レクスの身長は私と同じくらいだ。
が、しかし――だというのに、揺れているのである。
一歩、足を進めるごとに、たゆんっ、と。
二歩、前へ動くたびに、たゆんっ、たゆんっ、と。
ない袖は振れない、という。
私、クラリス・ステータス・グローリアも言わせてもらおう。
ない胸は、揺れない。
……別に、だからどうという話でもないのだが。
◇ ◇ ◇
ともあれ、とりあえず寄宿舎へ通され、兵士たちが使う食堂らしき場所で適当な食事を提供された。
メニューは、なんか煮込んだ豆と、なんか雑に焼いた肉。
以上。
「せいぜい丁重に扱えと言ったろ。不味くはないが、美味くもないぞ、これは」
「……判っています。ですが、クラリス様は勝手について来たのですから、歓待の準備などできているわけがありません」
「先触れとか出しておけばよかったろ」
そのために前日は街で一泊したのかと思っていたが、しかし考えてみればこれはクラリスお嬢さま的な価値観だ。獣人の価値観ではない。
ぶっちゃけ、別に歓待などされなくたって、どうでもいいのだ。
レクスがどう動くのか、そのことに興味があっただけで。
「道すがら考えていましたが……昨日私が兵にした貴女がどういう者であるかという説明を覚えていますか?」
「『彼女はクラリス・グローリアといいます。人族ですが、獣人の領域の端にある獣人たちの集落をまとめている者です』だったか」
一言一句違わず復唱してやるも、レクスは驚いたような顔はしない。
「私の部下には『協力者になるから丁重に扱うよう』と言いましたが、他の者に対してはそこは省いて、同じように説明します。細かい嘘はあまり意味がありませんし、つまらないところでボロを出しても面白くありませんから」
「なるほど」
「クラリス様が人族でありながら獣人の村を取り仕切っていることに関しては、特に問題ないでしょう。そもそもランドールは気にしません。折を見てクラリス様にはランドールを『見て』いただくことになるでしょうが、それよりも先に……」
「『器』の方だな」
なんの、とは言わない。
王の器だなんて単語、この場所でわざわざ口に出すのは間抜けのやることだ。私が間抜けでない保証はないが、強いて間を抜こうとは思わない。
「はい。部下にはもう伝えましたので、食事が済み次第――……あ」
言葉の途中でレクスは煮豆を掬っていたスプーンを落とし、全ての動作を停止させた。電池が切れたかのように。
昭和の時代なら叩いて直そうかとも考えるところだ。しかしレクスの視線を辿って背後を振り返れば、停止の意味は理解できた。
段取りを崩されたのだ。
「戻って来たな、レクス。その人族が、例の者か?」
レクスの作業所とやらで待っているはずの男が、わずかに息を切らして、そこに立っている。
精悍、という言葉がよく似合う男だった。
獅子王の息子なので、おそらくは獅子獣人なのだろう。獣度合いは、セレナやレクスと似たり寄ったり……つまり、ほとんど人族に近い。猫獣人よりも頭の耳に毛が多く、頭髪が濃茶と金の斑で、きりりとした眼差しが理屈抜きで誠実さを感じさせる。たぶん、他人に対してひどい嘘なんかは吐かないだろうな、という。
背は高い。もちろんオークみたいに三メートルもあったりはしないが、それでも180センチは超えているだろう。体格は、ユーノスよりはがっちりしていて、斧使いのガイノスよりわずかに細いくらいか。ガイノスがボディビルダー的なマッチョであるのに対し、この男は陸上選手みたいな肉の付き方をしている。
「……帰還の報告が遅れてすみません、プラド様」
獅子王ランドールの息子。
レクス・アスカ曰く『王の器』。
プラド・クルーガ。