軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

036話「栄光の_10」

ユーノスがまたユーノフェリザだった頃、父であり族長であるヤヌス・ユーノフェリザに「誇りを持って死ね」と言ったのを覚えている。

忘れることなどないだろう。

あれがユーノフェリザ氏族としての最後の言葉だった。

ユーノフェリザ氏族は、強く、理性的で、剛胆にして冷静。

ならば、今の自分は?

魔境を歩き、獣人の領域に辿り着き、魔境を拓き、オークを助け、そして――現在に至るまで、ユーノスは答えを出さずにいた。

カタリナがクラリス・グローリアに心酔しているのは、判っている。

自分もまた影響されている……それも理解している。仲間たちが少しずつ変化しているのも。当然だ。何者でもなくなって、変わらずにいられることなどできはしない。変化しないということは、結局ユーノフェリザであるということだ。そういう者たちは誇りを持ったまま死んだのだ。

では、眼前のこいつは?

迫り来る斧槍を黒い魔剣で捌きながら、ユーノスは独り残されそれでも戦い続ける蜥蜴人の胸中を考える。

もちろん、判るはずもなかった。同じ魔人種の、例えば幼馴染みであるマイアのことですら理解できないのだ。種族そのものが違う相手の、それも蜥蜴人の考えなど、想像もつかない。

判るのは、かなり強い相手であること。

そして――それでもユーノスの方が強いこと。

縦に振り下ろされる斧槍を横に逸れて避け、同時に一歩だけ間合いを詰める。斧槍が描く斬閃の内側へ、するりと身を入れる。剣では間に合わないが、拳なら最短距離で撃ち込める。そういう間合いであり、互いの体勢だった。

が、蜥蜴獣人は尻尾を使って姿勢を変えた。

びたんっ! と音を立てる勢いで尾先を地面に叩きつけ、身体を浮かせることで武器を振り回す空間を強引に確保したのだ。

一瞬の半分も経たずに斧槍が引き戻され、踏み込んだユーノスの背に斧部分がぶち当たる――ので、撃ち込むはずだった拳を出さず、後ろに流したままの黒剣で斧槍の柄を払う。

ぐるぅり、と。

複雑怪奇な力の動きが発生し、宙で斧槍を操っていた蜥蜴人の身体が泳いだ後、勢いよく地面に叩きつけられる。

しかしそれでは終わらない。

蜥蜴人は地に張りついたまま、異様な速度で回転した。身体構造が人族とは明確に異なるのだろう、ユーノスにはそれがどういう技術なのか把握できなかったが、狙いそのものは簡単だった。

頑丈な尻尾による薙ぎ払いだ。

それを、ひょいと軽く飛んで避け――そのまま蜥蜴人の背を踏みつける。

「ギ――っ!」

鱗があるせいか皮膚が硬く、さほど効いていない。半瞬でそう判断し、踏みつけた蜥蜴人の背を足場にもう一度跳躍して間合いを離した。

「……オマエ、強イ……」

ゆっくりと立ち上がり、蜥蜴人は斧槍を構え直す――いや、構えなかった。

首を回して周囲の状況を確認すると、握っていた斧槍を手放し、ぺたりと腹這いになってユーノスを見上げてきた。

爬虫類のそれと同様の、感情が読み取り難い瞳。

「降参スル。勝テナイ、理解シタ。コレ以上、意味ナイ」

「なるほど」

潔い。そしてそれが嘘ではなさそうだ。

表情も感情も読めない相手だが、剣を交えれば見えてくるものもある。

「名を聞こう」

「アストラ・イーグニア。イーグニア最強ノ戦士。オマエニ負ケタ」

地べたに這いつくばったまま、アストラはゆらゆらと尾を動かした。犬や猫とは全く異なる、感情に連動していない尾の動かし方だ。

「で、降参してどうする? 俺たちは捕虜を取らない。おまえが獣人連合の戦士であることを選ぶのなら、殺すしかないぞ」

「俺、オマエタチ従ウ。要ラナイ言ウナラ、殺セ、俺ヲ」

「……ふむ?」

「戦士ガ負ケル。ソレ、従ウカ、死ヌコト。俺、オマエ認メル」

「……なるほど」

そういう価値観の持ち主なのだろう。最初から支配欲だとか権力欲だとか、そういう感情とは無縁なのだ。彼らは戦士であり、戦士だから、戦う。そういう種族ということだ。まあ、たぶん。

彼らなりの規律や軌範があり、アストラはそれに真摯なのだ。

そういう印象があった。

「いいだろう。こちらに下るということだな」

「ソウダ。オマエタチノ戦士ニナル」

「―― ざ(・) け(・) ん(・) じ(・) ゃ(・) ね(・) ぇ(・) ぞ(・) ゴ(・) ラ(・) ァ(・) ァ(・) ァ(・) ア(・) !!」

耳を塞ぎたくなるような大声。

そちらへ視線をやれば、穀物庫の爆発に巻き込まれたはずの敵指揮官ギャランが、全身血塗れのまま起き上がっているところだった。

ザンバ・ブロードが追い込まれてそうしたように、その全身を変形させ、人よりも獣に近い姿形へ変わっていく。

「奥の手、か」

変身する際に肉体をつくり変える、その変化を利用して骨折を無理矢理に治しているのだ。裂傷や重大な火傷なども、あるいは修復されるのかも知れない。

しかし、ユーノスからすれば「それがどうした?」だ。

三百からの軍勢をまるごと相手取るのは難しいが、変身した狼獣人を一匹相手取ることなど、さほど難しくない。

咆哮を上げて突っ込んで来るギャラン。

ユーノスは黒剣を構えようとして、止めた。

立ち上がったアストラが斧槍を操り、ギャランの右脚を切断したからだ。それはギャランからすれば不意打ちのような攻撃であり、アストラからすれば当然の行動だった。もうアストラは『こちら側』なのだ。

「て、めぇ……このクソトカゲが……! 誇りはねぇのか!? ランドールの王座を奪うまでがてめぇらの仕事だろうが! ゴミクソトカゲ野郎!」

地面に倒れて呪詛を撒き散らすギャランに対し、アストラは無言を貫いた。というか、そもそもギャランの言葉など聞いていないようだった。

爬虫類の眼差しを、真っ直ぐにユーノスへ向けている。

「なんなんだ!? おまえらはなんなんだ!? ここはオークの村だろうが! どうして魔族だの人族だの……クソ! クソクソクソ! 俺たちは『反獅子連』だ! これは獣人の問題だ! てめぇらなんぞが出しゃばるんじゃねぇ!」

獣化した指で地を掻きながら、ギャランが叫ぶ。

それが紛れもない本心であることは、ユーノスにも判った。しかし腹立ちに任せて口から呪詛を吐き散らしているだけでないことも、また理解できる。

人に近い獣人が、より獣に近づくための変身。

大量の魔力を消費して身体能力を上げているのではないか――というのが、クラリスの考察だ。重量が大きければ発生する力も大きくなる。軽い金槌と重い金槌の関係だ。身体を大きくして、力を強くして、動きを速くする。

おそらく狼族は魔人種に比べて魔力の操作が不得手なのだ。

だから、全力を出すための手段を持っている。そしてその『全力』には、繊細な制御がない。制御が下手だから変身しているのであれば、そういうことになる。

「アストラ。そいつの左脚を斬れ」

と、ユーノスは言った。

これにアストラは『頷く』という意思表明すらせず、即座に斧槍を振り下ろし、残り一本となっていたギャランの脚を断ち切った。獣化の影響で右脚の切断面が急速に塞がりかけていたから念には念を入れたのだが――ついでにアストラの有用さを試してみたのだが――正解だった。

再びギャランの悲鳴が響き、その悲痛さとは裏腹に、あっという間に左足の切断面も塞がり始める。出血が止まるまで呼吸三回分の時間しか必要なかったほどだ。そしてどうやらそれでギャランの内在魔力は尽きかけたようで、獣化が解け、元の狼族の姿に戻ってしまう。

「クソ……クソがよぉ……こんなところで……おまえらは、なんなんだ?」

漏れ出た言葉に、もう呪詛は薄かった。

そんな元気もないのだろう。もはや地を掻いていた指の動きも止まり、力ない眼差しでユーノスを見上げているだけだ。

ふぅ、と息を吐き、ユーノスは周囲をぐるりと見回した。

既に戦いそのものは終わっており、仲間たちが敵の負傷者を回収しているのが見えた。生き残っている敵の中、それでもまだこちらへの敵意が強い者は、単に放置されるか、もしくはトドメを刺されている。

比較的軽傷で、かつ戦意を喪失している者は、その場に座り込んだままユーノスの方を見ている。中にはアストラと同じような蜥蜴人もいた。

そして――クラリス・グローリア。

悪徳の女神が、金色の髪を風に踊らせながら歩いて来るのも。

怪我人を搬送するヤマト族。ポロ族の者は同じコボルトのシャマル族の生き残りに話しかけている。トーラス族の女が重傷者へ応急手当をしていた。オーク族は丘の上に待機したまま。魔人種の仲間たちは、それらに対する護衛。

抜いたままだった魔剣を一振りしてから鞘へ収め、ユーノスは歩いて来るクラリス・グローリアを見る。

逃げてしまえばいい、と彼女は言った。

そして自分たちは、ユーノフェリザ氏族でなくなった。

強く、理性的で、剛胆にして冷静。

それが、ユーノフェリザ氏族だった。

――おまえたちは、なんなんだ?

今の自分を表す言葉を、ユーノスは知っていた。

現在の自分たちが名乗る名を、ユーノスは持っている。

強く、理性的で、剛胆にして冷静?

そんな脆いモノは、必要ない。

「どうやらそっちも片付いたみたいだな。私の麗しき作戦と、準備したおまえたちと、実際に戦ったおまえたちの功績だ。私が誇った倍くらいは誇っていいぞ」

ニヤニヤと、あるいはニタニタと笑いながらクラリスは言う。

底意地の悪い――けれどあまりにも眩しい笑みに、ユーノスも笑ってしまう。

そして言った。

「俺の名は、 ユ(・) ー(・) ノ(・) ス(・) ・ グ(・) ロ(・) リ(・) ア(・) ス(・) 。獅子王だろうが『反獅子連』だろうが知ったことか。我々こそが――『 栄光(グロリアス) 』だ。俺たちは、 栄(・) 光(・) の(・) 氏(・) 族(・) だ!」

誰にというよりは、ただ自分に対して。

ひたすら大声で、けれど怒鳴らずに。

高々と宣誓してやった。

からりとした晴天、地に這いつくばる狼族の男、忙しく動き回る仲間たち、もう二度と動かないたくさんの死体、きらきらと目を輝かせるカタリナと、その隣でぽかんと口を開けているクラリス・グローリア。

ああ――そんな間抜け面でも、おまえは綺麗なんだな。

そう思うと、本当に清々しい気持ちになった。

「『栄光』だと……? 獅子王も、俺たち『反獅子連』も……おまえたちが、おまえらみたいにちっぽけな連中が、呑み込むっていうのか……?」

信じ難い、と呟くギャラン。

ユーノスは口端を思いっきり持ち上げて笑ってやった。

「どうしてそんな必要がある? なにを勘違いしているか知らんが、俺たちは栄光を掴む者ではない。 俺(・) た(・) ち(・) が(・) 『 栄光(グロリアス) 』だ。もし仮に、この小さな村で慎ましく寿命を迎えようが、俺たちの栄光を陰らせることはできない」

流されるのは、もう終わりだ。

うだうだと言い訳するのも、迷う振りだってもう必要ない。

白状しよう――俺たちは、楽しかった。

クラリス・グローリアに流されて、楽しかったのだ。

だったら流れを生んで、流れに乗って、流れて行こう。

それは、きっと楽しいことだ。

きらきら光る未来が待っている。

それだけあれば、もうなにも必要ない。

栄光の象徴たる金髪の少女は、間抜け面から呆れ顔に変わっている。周りを見渡せば、いつの間にか仲間たちが楽しげに頷いている。もちろんユーノスもそうした。嬉しくて、楽しくて、先のことなどなにも判らなくて、笑ってしまう。

そうすれば――ほら、『 栄光(グローリア) 』が微笑んだ。