軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

034話「栄光の_08」

オークの村は、とにかく様々なものが大きい。

小麦畑の脇を行軍しているときにも思ったことだが、いざ村を歩いてみれば、その縮尺感覚にアストラ・イーグニアは戸惑いを覚えないわけにはいかなかった。

道は不必要なほど広く、三百からの軍勢が行進するのにさほど苦もない。これがコボルトの村であれば、逆に部隊行動も困難なほど道が狭かったのだが、それにしてもオークの村は無駄に大きすぎる。

いや、無駄ではないのか。

妙に重い一歩を重ねながら、アストラは思考を巡らせる。

オークという種族は、獣人の中では珍しくない、有名な種族だろう。昔は乱暴者が多かったというが、時を経て彼らは自然淘汰された。狼族、蜥蜴族、獅子族、そういったより強い種族に敵わなかったためだ。

だから現在生き残っているオークの大多数は、農耕を営んで生きている。川や森から少し離れた位置に農地を築き、その巨体を生かした大規模な農場を少人数でつくることで生きている。自活自営というわけではないが、彼らの生産した農作物は物々交換においてかなり有利なのだ。食べ物を必要としない者はいない。

だから――だから、道が広いのか?

収穫物を運ぶための道、なのだろうか。

農耕種族でないリザードマンには、よく判らない。

判るのは、なんだか嫌な感じがすること。

鱗の表面をざらついた氷が撫でていくような。

アストラの部下たちも、程度の差はあれど各々似たようなことを感じているようで、進む足取りは重く、表情は――蜥蜴族の表情は同種以外には読み難いと言われるが――硬かった。

だいたいにして、あいつらはなんなんだ?

先を行く三人――魔族の男、人族の少女、狐人の女。

魔族だけでもわけが判らないのに、どうしてオークの村に人族の少女がいるのか。しかも当然のような顔をして魔族や狐人に挟まれていた。そこに恐怖など微塵も見えず、なんだか楽しそうですらあった。狐人の女に関しては……これもやはり、よく判らない。確か獅子王に解散させられた狐人の一族があったというが、アストラはそのあたりの事情には詳しくない。

思考はそこまで。

縮尺の感覚は違えど、小規模な村であることに変わりはない。

少し歩いただけで、先を行く三人が脚を止めた。

目的地に着いたからだ。

広い――奇妙に広い場所だった。

草も生えていない更地があり、他のなにもない。広さは、アストラたち『反獅子連』を三百人収めてもまだ余裕がある。注意深く地面を見れば、どうやら最近まで大きな建物が建っていた場所らしいことが判った。

「ここは集会所だった場所だ。ザンバ・ブロードとその一味が襲撃して来た際、ひどい有様になったから解体した。どうせおまえらが来るだろうと思っていたから、ここに小麦を運ぶように手配しておいた」

よく通る声で魔族が言った。

「あちらを見ろ。あそこに穀物庫があるだろう。そこの中身を全部持って行っていい。必要な分は別に確保してあるから心配するな」

別に誰もオークたちの心配などしていない。

が、わざわざ言っても詮のないことだ。魔族の指差した方向には、確かに穀物庫らしき木造の建物があり、そこはどうやら長年使われている場所だということが、建物の朽ち方から判別できる。少なくとも、敵をハメるために新調した場所、というわけではなさそうだ。

「確認するぞ。おまえらの用意した小麦をいただいていく。量に文句がなければ、俺たちはそのままここを去る。十分な量を用意しているんだな?」

部隊長のギャランが言った。

魔族の男は、ただ普通に頷いた。

「ああ。おまえたちが千人を一年食わせたいなら話は別だが、この規模の村で収穫できる小麦量であれば妥当だという量は用意したぞ。先程も言ったが、これが妥協点だ。ここから交渉するつもりはない。文句があるなら、俺たちとオークを皆殺しにするんだな。もちろん小麦は燃やすし、家財道具も根刮ぎに焼き払う」

「……それをさせる間もなく略奪する、という手もあるぞ」

「ならそうすればいい」

他愛もない脅し文句には、やはり全く動じなかった。

まあ、それはそうだろう。向こうには考える時間があったのだ。『反獅子連』がいずれ村に来ることを知っていた。だから準備していた。こちらが欲しい物を理解しており、そうしなければ絶対に損をするという方策を用意した。

そして、こちらは『そうすれば損はしない』のだ。

嫌な感じだ。

とても嫌な感じ。

「……はんっ! 気に食わないが、おまえらにかかずらっている暇がないのも事実だ。ブロードの連中と小麦を回収して、俺たちは引き上げる。おまえたちは無事を獲得できる。それでいいな?」

「次はないぞ」

「……あぁ?」

「 お(・) か(・) わ(・) り(・) はないぞ、という意味だ。犬っころに何度も恵んでやるほど、こちらも別に裕福というわけではない。おまえらはおまえらの目的通り、獅子王を討ち倒して、王族が溜め込んでいる金銀財宝や食糧を得ればいい」

「言われるまでもない。こんなド田舎に軍を向けるなんて、わざわざやりたいことじゃねぇ。邪魔しないなら放っておいてやる。俺たちの食い残しにも、そう言っておけ。尻尾巻いて逃げた先で、誇りもなにもなくして、楽しく暮らせばいいさ」

俺たちは違う。

ギャランのそれは、己に言い聞かせるための言葉だった。

獅子王なんぞにいつまでも君臨されてたまるか。安っぽく、薄っぺらい――しかし紛れもなく、それは彼らの矜持なのだ。

誇りも持たずに生きてはいけない。

泥を啜って生きながらえるのは、屈辱だ。

「――うふふ」

不意に。

人族の少女が微笑んだような……。

背筋がぞっとするような、全身の鱗が一斉に引き剥がされたような、そんな笑い方……だったような気がする。アストラが怖気を感じて少女を見直したときには、もうそんな笑みなど消えていたから、あるいは見間違いかも知れない。

「そうと決まれば、獲るモン獲って撤収だ! 狒々族とコボルトは馬車を穀物庫に寄せろ! 俺が中を検める。残りの連中はそいつらを見張っておけ。なにかおかしな動きがあれば、躊躇するなよ。それから――」

大雑把だが判りやすい指示を出し、ギャランは人族の少女を指差した。

「――おまえだ。そこの娘っ子。おまえが穀物庫を案内しろ。判っているだろうが、なにかあったらこいつを殺す。黙って見てろよ、魔族野郎」

「ああ、構わんぞ。最初からその娘に案内をさせようと思っていた」

さっさと行け、とばかりに魔族は手をひらひらと振る。

金髪の少女がにこりとキレイな――先程のそれとは全く異なる、本当にキレイな――笑みを見せ、こちらへどうぞ、とばかりに穀物庫へ歩いて行く。

嫌な予感。

だが、一体なにが起こるというのか。

判らない。

だが、焦燥感だけが強まっていく。

金髪の少女が歩いて行く。その後をギャランが追う。狒々族とコボルトたちが馬車を動かし、さらに後を追う。一連の流れは非常に滑らかで、この寄せ集め部隊の軍事行動も随分と練度が上がったものだ。

それにしても、ブロード族とやらは、あの魔族たちにどうやって撃退されたのだろうか。穀物庫に身柄を拘束されているということは、まだ生きているということだが、敵を捕らえるのは殺すよりはるかに難しいことだ。

だとすれば、やはりあの魔族はそれほど強力なのか。

少女が穀物庫に入ろうとする。が、どうやら扉が重かったようで、結局はギャランが扉を開けた。そこでなにやら遣り取りがあったようだったが、距離のせいでアストラには聞こえなかった。

そのまま二人が穀物庫に入って行き、少しの時間が経った。

狒々族とコボルトたちは、小麦の搬送をしやすいように馬車を並べている。

一呼吸、二呼吸。

無意識に胸中で呼吸の数を数える。

五、六、七……。

十の寸前、

―― 穀(・) 物(・) 庫(・) が(・) 爆(・) 発(・) し(・) た(・) 。

◇ ◇ ◇

絵に描いたような爆発だった。

急激かつ強烈な燃焼と、それにともなう爆圧と熱風。

穀物庫の内側から、外側へ。

轟音と共に、離れた位置のアストラへ届くほどの熱風。

当然だが直近に控えていた狒々族とコボルトたちは、まともに爆圧を受けて吹っ飛ばされた。爆心地にいたギャランがどうなったかなど、言うまでもない。

というか……あの少女こそ、爆散しているはずだ。

穀物庫への案内を引き受けたときの、あのキレイな微笑みから、こんな結末が想像できる者など、いるわけがない。これから爆死する生物があんなふうに微笑するのであれば、もうアストラにはこの世の全てが信じられなくなる。

あまりの出来事に、誰もなにも反応できなかった。

アストラたち待機勢が爆心地からやや離れていたのもあっただろう。本当に危険な距離で爆発していたら、逆に身体の方が意思より先に反応していたはずだ。

嫌な予感の正体は、これか――?

否、違う。

はっとして、アストラは魔族と狐人を見る。

二人はもうとっくに駆け出していた。

村の奥側へ。丘の方へ。

そして――視界の端に見えたモノに、また意識を奪われる。

なにがどうなっているのか、全く判らない。

どうして空から大量の岩が降ってくるのかなんて。

「 投(・) 石(・) だ(・) ――!!」

誰かが言った。

しかし、何処から、どのように?

空を覆うほどの岩々が降り注ぐ中で、その疑問についてあれこれ考えている暇はなかった。頭に当たれば即死は免れないような、しかし武器で軌道を逸らすことはどうにかできそうな大きさの岩が、今まさに落下中なのだ。

ひとつ弾いたからといって、だからなんだというのか。

ふたつ塞いだとしても全く足りやしない。

意味不明で、理解不能。

ただ、自分たちが罠に嵌ったことだけは、十二分に理解できた。