軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

030話「栄光の_04」

「オレらがオークに従うのって、なーんか変じゃね? オレらの牛を使わせてやるんだから、おまえらの方がオレらに従えばいいじゃん。畑でも肥やしてさ、収穫してさ、こっちの女衆で飯くらいつくってやっからよ。……あ? なんだその顔。やんのか? つーかその豚面、マジで笑えるんだけど」

というのが、トーラス族の代表者が発した科白だった。

狼族に住処を追われて家畜ごと逃げ出した経緯があり、スーティン村に辿り着いて自分たちの居場所と安全と確保してもらおうという意図があり、その上で――彼らはオークの下に回ることを不服だと宣った。

カタリナは珍しくクラリス・グローリアの傍から離れてモンテゴの手伝いをしていたので、彼らトーラス族の態度が最初から「逃亡者」のそれでないことには気付いていた。なんというべきか、トーラス族の代表は自分たちがオークよりも上の立場にいるのだと信じて疑っていないのだ。

その理由は、カタリナには見当もつかなかったが――とにかく、牛獣人にとって、豚獣人は見下して当然の相手ということなのだろう。

「なんだかよぐ判んねども、おめら、住んでるところを襲われて逃げて来たんだべ? それとも、おめらが獣人連合ってやつだべか?」

いつの間にやらオークたちの代表のような立ち位置になっているモンテゴは、トーラス族の態度に腹を立てるでもなく、太い指先でぽりぽりと頬を掻きながら、間延びした口調で言った。

「あ? なに言ってんだか意味不明。逃げたんじゃねーし。つーか、あいつらみたいなの、相手してらんねーし。つーか、おまえらの方だよ。どうすんのか、こっちが聞いてんだよ。オレらに従うか、痛い目みるか……」

そいつが最後まで喋ることはできなかった。

いつの間にかやって来たユーノスが、トーラス族の男を殴りつけたからだ。

とっ、とっ、とっ――みたいに軽い足音が聞こえたと思ったときには既に接近が完了していて、気付けば右の拳がトーラス族の男を打ち抜いている。

明らかに手加減しているな、とカタリナには判った。

ここ最近はキリナと共に剣術の――戦闘の、というべきか――訓練をしている。その教師はユーノスと妖狐セレナだ。トーラス族の男を殴りつけた動作は、カタリナを相手にしているときよりもずっと遅く、力強さも感じられない。

そもそも本気だったら首を斬り落としているはずだ。

証拠とばかりに、ユーノスは殴り倒したトーラス族の男へ馬乗りになって、無言のまま追撃を加えていた。もはや拳など使わず、掌底で小突いている。大した威力ではなさそうだが、それだけに『殴られていること』は明確に理解できるだろう。

あまり実力差があると、なにをされているか判らない、なんてことになる。

悔しいことにカタリナがそうだった。ユーノスが少し力を出せば、今のカタリナでは全く対応できないのだ。

さておき。

十二発くらい殴られたあたりで、トーラス族の男が「やめてくれ!」などと叫び始めた。正確に表現するなら「やべべぐべぇ!」くらいの発音だったが、察してあげる程度の優しさは、カタリナにだってある。

「やめる? やめるとはなにをだ? おまえがこの村を襲うことか? 俺がおまえを攻撃することをか? どうして攻撃されているか、判るか?」

「勘弁してくれ! 俺が悪かった!」

「なにを勘弁すればいい? おまえはなにが悪かった? そうだな、おまえに判りやすく言ってやるか。『つーか、おまえの方だ。どうするのかは聞いてるのはこっちの方』……こんな感じだったか?」

と、そのあたりで、クラリスがやって来た。

騒ぎが始まったときにはオークの誰かが報せに走っていたのだろう。腰まで届く金髪を靡かせ、不安というものを一欠片も内在させない不敵な笑みでこちらへ向かって来る。その歩みは王者のようで、けれど彼女の美しさはガラス細工みたいに繊細だ。触れるだけで崩れてしまいそうな儚さが、そこにはある。

カタリナはクラリス・グローリアを見るといつだって胸の内側が熱くなる。

ひどく甘く、わずかな苦さを伴う高温だ。

かつてユーノフェリザ氏族だった頃、両親は魔王への忠誠をたびたび口にしていたけれど――その話を聞くたび、カタリナは少しだけ辟易していたのだが――今なら、両親の気持ちも理解できる気がする。

クラリス・グローリア。

どん詰まりだった自分たちの人生を変えてくれた人。

そのクラリスは、場に突っ立っているトーラス族を珍しそうに眺めながら、近くにいたオークに事情を聞いているようだった。ふむふむ、と鷹揚に頷くクラリスの仕草がカタリナは好きだ。

「なるほど、話は聞かせてもらったぞ。そこで無様に殴られて泣いてるのが、トーラス族の代表ということでいいのか?」

特に大声でもないのに、よく通る声。

トーラス族の誰かが遠慮がちに頷いたのをクラリスは見逃さず、満足そうに頷いてから腰に手をやり、楽しげに胸を張って続ける。

「おまえたちは他人の場所にやって来て、他人の居場所にずかずか踏み込んで来て、そこの主権を寄越せと言い放った。これは我々から見れば、侵略者だな」

その言葉に、トーラス族がざわめき始める。

代表の男が好き勝手なことをほざいている間は黙って見ているだけだったくせに、おまえたちが悪いと言われて初めて動揺するだなんて……カタリナからすれば、彼らの態度はあまりにも無様だった。

物事というものは、待ってくれない。

こちらの都合なんてものは、誰も考慮してくれない。

流されていては、いつの間にか死の際に立たされてしまう。

そんなことは、まだ十一歳のカタリナにだって理解できるのに。

「おやおや、なにか言いたげな様子だが、残念ながらなにを言っているか全然判らないぞ。なあ、代表者くん、代表者らしく言うべきことがあるだろう? それとも最初の態度を貫いて、我々と戦争でもするか?」

「勘弁してください!!」

謝罪は迅速だった。

未だユーノスに馬乗りにされたまま、これ以上は殴らないでくれとばかりに両腕で顔面を守った状態で、それでも大声を出した。

けれどクラリスは、とても綺麗に微笑んで首を傾げる。

「勘弁してくれとは、どういう意味だ? なあ、私たちは一体なにをどうすればいいんだ? どうして欲しい? そこのところをハッキリしてもらわないと、こっちも困るな。もしかしたら『自分たちはこの村を占領するけど恨んだりしないで許してくださいね』って意味合いかも知れないからな」

いやぁ、全然判らないなぁ――なんて言いながら、しかしクラリスはトーラス族の代表など見ていなかった。

クラリスが見ているのは、残りの三十九人と、彼らが連れて来た牛の群だ。こんな状況だというのに大人しく並んでいる牛たち。

「調子こいててすみませんでした! おれたちを助けてください! あんたらの下でいい! おれたちはあんたらの下に付きます! 付かせてください!」

「ふぅん? まあ、私は上とか下とか、別に興味ないからな。それに、自分たちの代表が殴られてるっていうのに誰も助けに来ないじゃないか。おまえ、ひょっとして代表じゃないんじゃないか? 私を騙してないか?」

「え――……?」

「だってそうだろ。なんでこいつら揃いも揃って『自分は関係ありません』みたいな顔をしてるんだ? 代表がアホなことを言ったりやったりしたら困るのは自分たちのはずだ。なのにどいつもこいつも間抜け面でぽかんと口を開けてるだけじゃないか。そんな有様を見たら、私はこんなふうに思うぞ。『こいつらを受け入れて、なにか仕事を頼んでも、同じ顔をしてなにもしないかも知れない』――なあ、私が言ってることは、理解できるか? そこのおまえだ」

不意に、クラリスはトーラス族の女を一人、指差した。

「謝るなら許してやるが、どうする?」

「え?」

「なんだ、別に許されたくないのか。おいユーノス、こいつらの意思は決まったみたいだぞ。いつまでも遊んでないで――」

「ご、ごめんなさい! 許して……許してください!」

ようやく事態の重さに気付いたのか、トーラス族の女は顔色をなくしてその場に膝を突き、謝罪の言葉を口にする。

クラリスは――腰に両手を当てて胸を張ったまま、むっと眉を寄せた。

「違う。そうじゃない。全くそうじゃない」

「え……?」

というトーラス族の女の問い返しは、先程とは意味合いが異なっている。それはカタリナにも明瞭に理解できた。

さっきのは、ただの戸惑い。他人事のような無責任。

今のは、絶望。

全てが手遅れだったことを知った者の、感情。

クラリスは同じ姿勢を維持したまま、トーラス族の女をじっくりと眺め、それから盛大な溜息を洩らし、続けた。

「おっぱいが大きくてごめんなさいと言え」

「……は?」

「『おっぱいが大きくてごめんなさい』だ。それで許してやる」

「………」

「………」

「………」

「………」

トーラス族とは、牛の獣人である。

それ以上を説明する必要はないだろう。