軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

203話「放たれる短剣_01」

セイメンは今年で三十一歳になる、裏稼業の暴力装置である。

かつては子爵家の騎士だったが、弟がつくった借金がいつの間にか膨れ上がっており、その弟が借金を放り出して逃げ出したせいで家族に牙が向けられ、なんだかんだと成り行きで牙の主に身売りすることになったのが、およそ十年前。

今では立派な 破落戸(ならずもの) だ。

とはいえ、裏町の組織に所属するチンピラとしては、割に健康的な生活をしている方かも知れない。酒は嗜む程度にしか呑まず、夜に寝て朝に起きる。仕事のない日は毎日必ず走り込みをして、剣の素振りも欠かしていない。

かつては命令があれば領のどこぞに出没した野盗やら賊やらを討伐しに行ったが、今では命令があれば見ず知らずの誰かを殺しに行くことになる。

この日は、早朝の走り込みを終えて井戸水を使って身体を拭っていると、同僚の若い女が――イリアスと呼ばれている――足音を立てずに近づいて来て、上役からの招集を告げられた。

なんてことのない仕事のときは、上役は自分でセイメンの元を訪ねて、あそこのナントカというやつを処理しろ、連絡員は誰で、状況はこうで、とあれこれ指示してくるのだが、わざわざ招集ということは、厄介事だ。

言葉数の少ないイリアスと並んで上役の住処へ向かい、事情を聞けば、上役のさらに上の、そのまた上から呼び出しがあったとのこと。

その手の『お偉いさん』を相手にするのはセイメンのような末端作業員の仕事ではないはずなのだが、とにかく呼ばれているらしいので、上役としてもセイメンとイリアスを向かわせるしかない、とかなんとか。

「どうせ、貴族のワガママでしょ」

果物の へ(・) た(・) をそのあたりに捨てるみたいな言い方をするイリアス。

彼女は今年で二十歳……二十一歳だったか、そのあたりの、細身の女だ。ロイス王国民としては一般的な茶色の髪に、細い手足と、薄い気配の持ち主である。顔立ちはそこそこ整っているのに、妙に目立たない。物陰に立っているイリアスを視認するのですらちょっと難しいほどだ。

「どう思おうが関係あるめぇよ。呼ばれてるなら、こっちとしては『行け』と言う以外にねぇんだ。行って来い。しばらくは寝床も維持しておいてやる」

という上役の言葉で、仕事が長丁場になるかも知れないこと、そもそも自分たちの立場が変わるかも知れないことを察したが、だからといって頷く以外にできることもない。もっと言うなら首を横に振ってまでやりたいことなどないのだ。

◇◇◇

そんなこんなでイリアスと共に出発してみれば『あっちに行け』と言われた場所で『そっちに行け』と指示されることが数度続き、いつの間にやら領を越えてランサム子爵領へ辿り着いた。

ランサム子爵家は、馬の一門だ。

といっても別に馬面の家系というわけではない。広大な放牧地と優秀な馬を何百頭と有し、馬具や馬車の生産で有名な一家なのだ。かつて騎士だった頃、セイメンもランサム家に由来する馬を駆っていたことがある。

ともあれ、そのランサム子爵領で待ち構えていた連絡員に従い、高級そうな衣類店に連れて行かれてまともな服を着せられた。騎士だった頃に公式の場に出られる類いの服だ。イリアスの方はメイド服を着せられており、それなりに似合っているのが笑えた。笑ったせいで不機嫌になってしまったが。

「んで、こんな立派な お(・) べ(・) べ(・) を着させてどうするんだ?」

うっかり訊いてみるも連絡員が知っているはずもなかった。

返事の代わりに書簡を渡され、向かう先を告げられる。行き先は意外と言えば意外だったし、こんな服を着させられたのだからやはりな、という気もした。

ランサムの屋敷。

領都の中心ではなく、やや郊外にあるのはやはりランサム家が馬の一門であるからだろうか。屋敷の正面側には街が広がっているが、裏側には牧場が広がっている。おそらくランサム家で直接飼育している馬がいるのだろう。

あれこれ考えてはみても、結局は詮無いことだ。屋敷の門番に書簡を渡し、しばらく待たされてからセイメンと同い年くらいの執事が現れる。執事は無言で顎をしゃくり、歩き出した。ついて来いということだ。

黙ったまま、知りもしない屋敷の敷地を抜け、本邸ではない別の建物へ。作業員としての習性でなんとなく全体を把握してしまうが、どうやら屋敷が三棟と巨大な厩舎が併設された敷地が『ランサム子爵家』のようだ。

案内されたのは使用人用らしい区域で、また呼ばれるまでは待機を命ぜられた。たぶん二日後、とのこと。着せられた服を着っぱなしというわけにもいかないので、セイメンとイリアスは執事に着替えを要求した。使用人の衣服を寄越してきたのは笑うべきか、ありがたがるべきか。

それから二日後、奇妙な会合に呼び出されることになった。

◇◇◇

「さて――同志諸君、今回集まってもらったのは他でもない、例の『グロリアス』についての意見交換と、今後の相談が議題だ」

子爵家の本邸だというのにむしろ狭い部屋の中、集まったのは三名の男。

一人は、ランサム子爵家の現当主、コラード・ランサム。

一人は、グローリア伯爵家次男、アルベルト・グローリア。

一人は、レガリア公爵家三男、ウォルトン・レガリア。

そして部屋の隅に突っ立っているセイメンと、服装そのままメイドの真似事をしているイリアス。よくもまあ貴族家の当主だの息子だのが、身元不明の女がいれた茶など飲むものだ、とセイメンは奇妙なところで感心してしまった。

腹が据わっているというよりは、慣れているのだろう。

自分たちのところまで辿り着いた者が『敵』であるならば、それはもうその時点で敗北なのだという開き直りのようなものが感じられた。いちいちそんなところに神経を使っていられるか、とでもいうような。

真っ先に音頭を取っていたのが公爵家の三男、ウォルトン・レガリアで、ランサム家の屋敷に集まっているというのに自分こそが場の主といった態度だったが、コラードもアルベルトも、全く不満そうではなかった。

まあそれはそうだろう。

なにしろ公爵家の息子だ。ロイス王国においては王族を除けば最も位の高い貴族の、三男とはいえ直系の子息が、子爵家で腰を低くする理由がない。

「アルベルトにはもう何度も聞いていることだが、改めて――例の『グロリアス』の首魁、クラリス・グローリアからの接触はないのだな?」

「ええ、全く。多少は探らせましたが、連絡を取ろうという素振りもない。グローリア伯爵家とは完全に無関係に動いているようですし、ロイス王国と関わりを持つことになった後も無関係を貫こうとしているようだ」

「噂によれば死なない少女だそうじゃないか。よもやグローリア家はこうなることを予測していたのではないか?」

「それこそ『よもや』ですよ、ウォルトン様」

苦笑して肩を竦めるアルベルトには、ある種の余裕があった。少なくとも上位貴族に詰められて焦っている者の雰囲気ではない。

疑いをかけたウォルトンの方も、余裕そうな調子を崩さず笑みを見せる。

「まあそうだろう。『グロリアス』と繋がっているのであれば、貴様がこのような場に現れるはずもない。イルリウス侯爵家に取り入った方が連携が取りやすいだろうからな。しかし判らんな。クラリス嬢は火刑に処される以前と以後では、まるで別人ではないか。猫を被っていたということもないのだろう?」

「ええ。私が知っているクラリスは、毒にも薬にもならない……哀れで美しいだけの、愛しい妹でしたよ。できればもう一度、会って話をしたいですが」

「なかなか難しそうだがな」

「しかしアルベルトよ。グローリア家も現在は大変なのだろう?」

家主であるコラードが言う。三人の中ではやや年嵩のようだが、家格は最も下になる。ただしアルベルトとウォルトンが子息であるのに対し、コラードは現当主だ。貴族としての位というなら、理屈の上ではコラードが高くなる。

なんともややこしい話だ。

というのは、騎士のときから思っていたことだが。

「……これは愚痴になりますが、父が……なかなか、難しいですね。母上を愛しているのは悪いことではないのですが……」

「長男殿が伯爵家の采配を取っているのだったか。過不足なくこなせているという話だったから、やはり優秀なのだな」

「自慢の兄ですよ」

どこかしら自嘲を感じさせる笑みを見せるアルベルト。

そんな伯爵家子息を過度に気遣うでもなく、コラードはちらりとセイメンへ視線を向け、それから、口を開いた。

「以前に言ったように『グロリアス』にちょっかいをかけてみることにする。ある程度の波風は立てるつもりだが、構わんな?」

「もちろん。クラリスがこちらに接触しようとしていない以上、建前としてはやはりクラリス・グローリアとグローリア伯爵家は無関係だ。彼女はグローリアを名乗っているだけの、他人です」

きっぱりと言い切る伯爵家子息。

さすがに表情からは内心が察せないが――そもそも、セイメンがなにをどう感じようが察しようが、あまり意味のない話だ。

「では、紹介しよう」

コラードが言って、今度はセイメンやイリアスを見ないまま、手だけを振ってセイメンたちを示し、少し溜めてから、続ける。

「ルルゲーデ組合から派遣された『短剣の徒』だ。彼らの仕事は極めて単純。暗殺だ。試しにちょいとばかり『グロリアス』の誰かを殺してみるとしよう」

収穫した果実をひとつ味見してみようか、くらいの言い方。

残念ながらセイメンにもイリアスにも依頼を拒否する自由というものがないので、やれというならやるしかないのだが――あまり気は進まなかった。

気が進んだことなど一度もない。

◇◇◇

そうして着慣れないまともな服を脱ぎ捨て、普段通りの市民服に戻り、愛想のないイリアスとランサム領都を歩く。

出発の際には馬と馬車と金を手配してくれるらしいが、後はいつもの仕事と内容はさして変わらない。作業を済ませて連絡員に報告する。連絡員は一足先にティアント領都へ潜り込んでいるはずで、仕事に取りかかる前に接触する段取りだ。

「……どう思う?」

珍しくイリアスが意見を求めてきた。知り合って何年かのつき合いだが、彼女がこのような問いを浮かべるのは数えられるくらいに少ない出来事だ。

「正直に言っていいのか? それとも、多少は言葉を濁すべきか?」

「前者に決まっているだろう」

「失敗するか、作業を終えた時点で殺されるかの二択だ」

これは勘だ。弟が借金を増やしたときに感じたのと同じ種類の『どうしようもなさ』が、セイメンの胸中を支配していた。

「俺は『グロリアス』のことなどなにも知らん。が、上役の上の上の上がコラード子爵だってことは想像できた。その上で言うが、力の込め方を、あの男は間違っている。たぶん、ひとまずは、なんて気軽さでことを運ぶのは拙い相手だ」

「……どうしてそう思う?」

「勘、というしかないが……子爵から『負け』の臭いがした。そしておそらくだが、コラード子爵が負けても、公爵家の子息は困らない」

「じゃあ、どうする?」

「どうもこうも、仕事はするしかない。今も監視がついていると考えるべきだ。今の俺の話を報告してくれて子爵の気分が変わればいいが、そんな奇跡を期待するほど脳天気じゃねぇよ。おまえさんだって、逃げる気はないんだろ?」

「……逃げてどうするのよ……」

癒えきっていないかさぶたをがりがりと引っ掻くような言い方をイリアスはする。この女の感情らしい感情を見るのは初めてだった。

が、裏町で生きている以上、そう珍しくもない感情の発露でもあった。

「さてなぁ……逃げれば追われて追い詰められる。仕事をすれば反撃で殺されるだろうよ。『上』からすりゃ、ひとまず投げてみる泥団子みたいなもんだからなぁ」

「当たれば潰れる――わよね」

「優しく受け取ってくれると思うか?」

その場合に限り、雑に投げつけられた泥団子は潰れずに済むだろう。

無論、イリアスは眉を寄せて眉間にしわを刻みながら、首を横に振った。

「私たちに優しくするやつなんて、いるわけがない」

「そりゃそうだ」

この先が俺たちのどん詰まりか――と、セイメンは雑に笑っておいた。

自分の命のはずなのに、さして惜しくないのが面白い点だった。