軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

193話「悪徳令嬢と公爵令嬢_05」

ところで、この女は一体全体なにができるのだろうか?

ついつい楽しそうなのでソフィアーネ・カリストと握手してしまったが、思想や理想だけで お(・) ま(・) ん(・) ま(・) が食えるのであれば、こんなに楽なことはない。

白藍色の髪の、座っているだけでパーフェクトな雰囲気を漂わせているお嬢様は、学園の成績の他になにができるのか、私はよく知らないのである。

まあ、なんでもできそうといえば、なんでもできそうだ。

なにせパーフェクトお嬢様である。

「というわけで、ひとまずなんかやってみてくれ」

握手を終えてお互い微笑み合った次の言葉がこれだったせいか、ソフィーの表情はちょっとお間抜けで可愛らしかった。

「なにか、と申しますと……?」

「私はおまえがなにをできるかなんて知らないからな。私が知ってるのは、こうやっておまえを見くびるようなことを言うと、斜め後ろの執事がめっちゃ睨んでくることぐらいだな。公爵家の執事にしちゃ、質が悪くないか?」

「ええ、少々困っておりますの」

これを微笑みながら即答できるあたり、本当に大したものだ。あるいは本当にちょっと困っているのかも知れないが、そのあたりは私の知ったことじゃない。

「それで、クラリス様。私にひとまずなにかをさせたいようですが、どのような『なにか』がお望みですの? グロリアス側で進行中の物事と克ち合うのは、個人的には避けたいのですが……」

これもほとんど間を置かずに言うソフィー。

私は少し考えて、倉庫の入り口あたりをゆらゆら歩いているキリナに白羽の矢を立てることにする。

「キリナ。ちょっといいか?」

「はい。なんでしょうか、クラリス様?」

呼ばれたら嬉しそうに耳をぴょこんと立て、とことこ歩いて来る。身長では越されてしまったが、ひょっとすると愛らしさでも超えられてしまった可能性がある。今度嫌がらせにユーノスにでも訊いてみよう。

私とキリナ、どっちが可愛い?

さておき。

「キリナ。少しの間、このソフィアーネお嬢様と一緒にいて、あれこれ質問に答えたり、あっちこっち案内してやってくれ。グロリアスの誰かと引き合わせてやってもいいが、これ以上は踏み込ませたくないなと思ったら拒否していい」

「えっと…… い(・) い(・) 感(・) じ(・) に(・) や(・) れ(・) 、ということですか?」

小首を傾げるキリナに、私はにっこりとクラリスマイルを進呈。

「全くもってその通りだ。ソフィー、そういうわけで、このキリナを貸してやる。ティアント領を越えて『砦』までなら行ってもいいが、まだ砦の中には入れてやらない。もちろん砦を越えてグロリアスの内側にも入れてやらない。ひとまずは、このティアント領都でなにかしてみろ。ソフィーの価値を示すことができたなら、私の方からも協力を惜しまない」

「承知いたしましたわ、このソフィアーネ・カリスト、誠心誠意、面白いことをしてみせます。よろしくお願いしますわね、キリナさん」

やはり即答して立ち上がったソフィーは、ふわふわと三本の尻尾を揺らしているキリナへ向けて、優雅なカテーシーをして見せた。

当の狐娘は、しかしそんなソフィーに不思議そうな顔をして「はぁ」と頷くだけだった。身内以外には淡泊なところがあるのだ、キリナは。

まあ、それはグロリアスの大抵の者に言える傾向かも知れないが。

◇◇◇

お嬢様と執事と錬金術師にキリナが揃って倉庫を去ってから、私はやれやれと溜息を吐きながら椅子の上で姿勢を変え、後ろを向いた。

が、せっかく姿勢を変えたのにユーノスとカイラインが前に回ってきて、ユーノスが私を一回持ち上げ、私の姿勢を元に戻してくれた。

「――で、なにを考えてる?」

と、ユーノス。いつだってこの男は端的だ。

「そりゃあ、いろいろ考えてはいるが……ソフィーが言っていた利っていうやつが、まあそれなりにこっちとしてもちゃんと都合がいいものだった、っていうのが、まずひとつだな。カリスト公爵家の威光は、ティアント領にとっても悪いことじゃない。雑魚散らしには有効だ」

「それだけとは思えませんがねぇ」

ニヤニヤ笑いの九尾が言う。私も負けじとニヤニヤしようかと思ったが、こいつの土俵に上がっても仕方ないので、顎を突き出して先を促してやる。

「とは思えないのであれば、カイライン、おまえはどう思ったんだ?」

「このままグロリアスの力が大きくなれば、当然ですがロイス王国としては無視できなくなるでしょう。というより、今回のこれがまさに『無視できなくなった』の一例と言えるかも知れません。いかにも穏便な手管ですが、おそらくカリスト公爵家の当主が有能だからでしょう」

「無能ならどうしていたと思う?」

「もちろん実力行使に出たでしょう。野蛮な獣人共と手を組んだティアント領がロイス王国でも再現できない製品を売って儲けているなど、なにかよからぬことをしているに決まっている――だとか。そういう言いがかりをつけて武力行使をしてくる、というのが非常に判りやすい愚策ですねぇ」

悪者の笑い方をするカイラインであるが、これがもう本当に嬉しそうなのでさすがに笑ってしまった。

実際のところ、そこまでの愚者はこの二年間現れなかったわけだが、この先も現れないとは限らない。

問題は、その規模なのだ。

ロイス王国が総力を結集してティアント領を攻め立てれば、それは陥落する以外にない。そしてティアント領を足場にグロリアスを攻めるとなれば、さすがに数の暴力で負けるに決まっている。総力というのは兵站においても効果を発揮するからだ。延々と続く攻勢を、あんな砦ひとつで受けきれるわけはないし、そもそも砦なんて数で囲った後は無視して他を潰しに行けばいい。

つまりグロリアスとしては、ロイス王国に総力戦を挑まれると困る。当然すぎるほど当然である。なのでロイス王国と敵対するような真似はしていない。多少の恨みは買っているだろうが、なにかしていれば誰かから多少の恨みは買うものだ。

「そこで公爵家が娘を出してきた。どういう思惑かは判りませんが、効果はソフィアーネ自身が言っていた通りです。そしてここからが肝心ですが、イルリウス侯爵家、カリスト公爵家を盾にすることができた以上は、敵が絞りやすくなる」

そのことが嬉しい、とばかりにニヤつくカイライン。

私は軽く肩を竦めてユーノスに視線を移す。

「まあ、敵が絞りやすくなるのはいいことだ。問題は、どの時機にどのような規模で動くか、ということだな。例のお嬢様がいきなり殺されたりすれば、カリスト公爵家とやらも巻き込んでの騒動になるだろう」

「いいところに気づいたな。ソフィーが認識しているかどうかは知らんが、あの娘は結構危ない橋を渡っていると考えてもいい。まあ、考えすぎっていう線もあるが、あの執事を連れている以上は、一応警戒してるんだろうさ」

お嬢様に対する無礼を涼しい顔で流せない時点で、執事としては二流だ。であるなら、その二流を傍に置いてある理由があるはずで、おそらくは護衛としての意味合いが強いのだろう……と、思う。たぶん。

「キリナさんにだけ任せて、問題ないと?」

「キリナと一緒に歩かせれば、誰かしら合流するだろう。それでも心配なら、カイライン、おまえがついてやれ。ただしくっつくなよ。邪魔だからな。遠くから、できる限りそっと見守ってやれ」

「難しいことを仰る」

「できないことを言ったつもりはないが」

「ええ、不可能と言ったつもりもありませんね。シロさんを利用してなにをするのかも興味深かったのですが、あのお嬢様の動向もそれなりに興味深い。クラリス様の仰る通り、私はキリナさんの監視と護衛をこなしましょう」

ふっ、と笑みの調子を変えるカイラインである。いつからか、こいつはグロリアスの身内を巻き込むときに限っては、そこそこ真面目な顔をするようになった。

私はちょっと思いつき、この九尾の狐人に訊いてみる。

「カイライン。おまえ、友達はできたか?」

「……クラリス様には内緒にしておきましょう。それでは、お嬢様方を追いますので、ここいらで失礼しますよ」

ちっとも笑わずに倉庫を出て行くカイライン。

ユーノスが呆れたふうに溜息を吐き、私の頭をぽんぽん撫でてくる。

「一応言っておくが、金庫番のアーロゥ・グラーデとは話が合うようだぞ。あとは女牛獣人の誰だったかは忘れたが、あの九尾とは親しげにしていたな」

「……いや、別に私だってカイラインをいじめたいわけじゃないぞ。いじめたくないわけでもないが。素直じゃないやつには素直じゃない対応をしてるだけだ」

「まあ、確かにおまえはカタリナやキリナには優しいし、モンテゴにも優しいか。俺も別にカイラインに優しくしろとは言わん」

言って、ユーノスは私の頭に乗せていた手を動かし、わしゃわしゃと自慢の髪を掻き混ぜてから、私のおでこを親指でぐいっと押してきた。

「――で、狙いはなんだ?」

端的で、静かで、そして確信に満ちた問い。

思えばユーノスとのつき合いも三年くらいになるし、そのほとんどの時間をすぐ隣で共有してきたのだ。最も長く離れていたのは獣王交代の騒動を見物しに行ったときだが、あれ以外では、大抵の場合ユーノスが隣か後ろにいる。

私はユーノスの手をぺしっと払おうとしたが全然力が足りず、おでこを親指で押されたままの状態でドヤ顔をするしかなかった。

まあ、とにかく。

「さっき言ったの以外だと、ふたつある。ソフィーとヴィクターを婚約させるのは面白そうだってのが、まずひとつ。私はあまり知らないが、イルリウス侯爵家とカリスト公爵家は、ソフィーが言うようにそれほど仲が良いわけではなかったはずだ。とすれば、ロイス王国内での力関係に変化が生じる」

「変化が生じると、どうなる?」

「変化を嫌う者が動く。結論としてはさっきと同じだな。敵を特定しやすい」

「ふむ。もうひとつは?」

ようやくおでこを押すのをやめたユーノスは、自分で乱した私の髪をさっと手櫛で整えながら訊いてくる。こいつは私の顔や頭をなんだと思っているのだろう。

「あの錬金術師、たぶん有能だ。内側に引き込みたい」

「……あのお嬢様よりも、か?」

「ソフィーは内側よりは外側で動き回って欲しい。で、あの錬金術師、アコ・アクライト……記憶は曖昧だが、たぶん都貴族の娘じゃないかな。都貴族ってのは、王都の近くで領地を持っていないが爵位を持ってる貴族のことだ」

「なかなか変わった人物のようだったな」

「うちに向いてると思わないか?」

「おまえがそう思うのなら、そうなのだろうな」

ふっ、と小さく笑って、ユーノスは椅子に座っている私をひょいと抱え、いつものお姫様抱っこをして、歩き出す。すっかりこの運搬方法にも慣れてしまって、こいつの体温や体臭が『いつもの場所』みたいに感じてしまう。

不死のバケモノが、気がついたらまるで飼い猫だ。

それが悪い気分じゃないってところは――なかなか罪深い気がする。

「さて、こちらはこちらで、お嬢様の手管をのんびり見学とはいかんだろう。おまえが連れて来た蚕の利用法について、最初くらいは見届けておく必要がある。孤児を何人か試験的に連れて行くのだったな? 既にカタリナが、たぶんカティアかナナに話を通しているはずだ。人族の孤児にナメられるなよ」

「……ユーノス。おまえ、この運搬をされてる女の子をナメてこないガキがいるなら、そいつはだいぶ大人だと思うがな」

「孤児の前では降ろしてやる」

と言って、ユーノスは私を抱えたまま、倉庫を出た。

ひょっとしたらソフィーの執事も、ソフィーと二人きりのときはこんな感じなのだろうか――なんて、そんな詮のないことを考えた。

まあ、たぶん違うだろう。