軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

175話「間断/混淆_03」

せっかく文字を覚えたし、グロリアスでは植物紙を開発していて、試用のために学舎で配られている。なので、ある程度は自由に使っていい。

となれば、キリナがやることは簡単だった。

やろうと思ってできることがある――それはグロリアスの中であんまり役に立てていない気持ちが強いキリナにとって、嬉しさを感じる瞬間だ。

クラリス・グローリアの力になりたい。

彼女がやろうとしていることを手伝いたい。

あの、きらきら輝く人の――歩く道を、自分も歩みたい。

かつて自分の実の親があんまりにもあんまりで、自分というものが判らなくなったとき、大好きな友達が言ってくれたことがある。

まだどんな自分になればいいかなんて判らないけれど、なりたくないモノは明確だ――クラリス様の足を引っ張るようなやつにだけは、なりたくない。

だって、あの人と一緒にいたいから。

そのためになら、なんだってできる気がする。

気がするだけで……実際はできないことの方が多いのだけれど。

「うーん…… も(・) に(・) ょ(・) も(・) に(・) ょ(・) するなぁ」

独りごち、尻尾のあたりを撫でながら、キリナは夜空を漂う月を眺める。

場所は――グロリアスの砦から、西の平原。

位置関係としては砦の南側に商人たちが利用する区域があり、砦の西側には孤児たちが暮らす宿舎、その南にカティアが文字を教えるための学舎がある。

学舎に通うのはグロリアスの者だけではなく、獣王の民もわざわざ文字を学びに来るので、彼らは砦からはそれなりに離れた位置に宿場施設を建設し、そこから学舎に通うという形になっている。

キリナが立っているのは、それらの施設からはちょっと離れた場所だ。

獣人の領域には珍しくない、丘陵とも言えないくらいになだらかな傾斜の平原。変哲があるとすれば、背の高い木が三本並んで立っていることか。

どういう木なのかは知らないが、太くて枝が多くて背も高いので、遠くからでもよく目立つ。本当に平原の中にぽつんと突っ立っているので、他に目立つものがないのも理由だろう。

当然、周囲には隠れる場所もない。

砦の方から、数人の人族がぞろぞろと歩いてくるのが――月明かりに照らされて、とてもよく見える。

大人が三人、子供が二人。

小さな荷車を大人の二人が引いていて、残り一人の大人は、腰に剣を提げているようだ。ユーノスが使う長い剣ではなく、刀身の短い曲剣だ。

子供は、どちらも見たことのある人物だった。

一人は――ナナ。

もう一人は、例のダイオルだ。

黙って待っているキリナに気づいたらしく、彼らは歩調をやや早めた。

かなり近づいたところで大人たちが立ち止まり、少年が少女の腕を引っ張りながら、前へ出る。ひどく乱暴な扱い方に、思わず眉を寄せた。

「キリナとかいったな。ナナを使ってこんなところに呼び出して、なんの用だ?」

へらへらと笑いながら、ダイオルはキリナが書いた手紙を振って見せる。

ダイオルに渡してくれとナナに頼んだのだが……連行されてしまったらしい。

「ナナ、大丈夫?」

ひとまず無視してナナの様子を窺ってみるが、何度か殴られたようだ。月明かりでも判るくらい顔の一部が腫れていて、ハキハキと明るい女の子のはずなのに、ひどく怯えている様子だ。

まあ、この状況であれば、まだ殴られてなくたって怯えても仕方がない。

「うるっせぇぞ狐のガキ! 俺が訊いてるんだぜ!」

ぐいっ、と掴んでいるナナの腕を引っ張って振り回しながら、ダイオルがいきなり叫びだした。

「別にうるさくなんてしてない。あなたの方がよっぽどうるさい。あなたがナナを殴ったの? だとしたら、なんで?」

「ケモノのガキとダチになったなんてクソみてぇなこと言い出すからだ。ふざけやがって。もうちょっとで全部上手く行くはずだったのによ!」

「すっごい頭の悪い話し方をするのね」

そう思ったのでそう言ったら、ダイオルの表情が ぐ(・) ち(・) ゃ(・) り(・) と歪んだ。

ヒトって、こんなに醜くなるんだ、と思ってしまうくらい。

まだ十四歳くらいの少年が、一人前の悪党だ。

「テメェ……図に乗ってんじゃねぇぞ。クラリスナンチャラがどんだけ偉いか知らねぇが、テメェは今、ここに一人だ。ただの狐のメスガキなんだよ」

「だから?」

「掠って売っ払っちまえば、グロリアスがなんぼのもんか知らねぇが、もう探しようがねぇ。狐のメスガキを高く買い取ってくれるやつだっているんだぜ」

「だから?」

「……判んねぇのか? マジでテメェ、状況を理解してねぇんだな」

「あなたがカティアとか孤児の女の子たちを、人族の悪いやつに売ろうとしていたことは理解してるよ。そのつもりで動いてたのに、カティアがグロリアスに招かれたせいで、あなたたちの計画が潰れちゃったのも理解してる」

「――……はぁ?」

急に言われたことの意味が判らなかったのか、ダイオルが醜い顔のまま、間抜けみたいに口を開けた。

けれども、キリナはもうこの少年とまともに話をしようとは思わなかった。

「たぶん『売り先』が納得しなかった。それで、あなたたちは当初の計画が潰れてるのに、当初の予定通りのことをしようとしてる。カティアと孤児の子を捕まえて、ティアント領で『売り先』に引き渡して、何処かに逃げるつもり――違う?」

問いの先はダイオルではなく、剣の柄に手をやっている大人の方へ。

ごくり、とそいつが息を呑むのを見て、キリナはにっこりと笑って見せた。

「うるっせぇんだよ、狐のメスガキが! お友達のナナが人質だってのが――」

言わせない。

とんっ、と身体中の魔力を意識しながら地を蹴り、一歩で接近したダイオルの、ナナを掴んでいる腕に、短剣を突き刺した。

ラフトが作ってくれた魔鉄の短剣は、ほとんど魔力を込めなくたって人間の肉や骨なら簡単に貫ける。聞くに堪えない悲鳴が響くが、キリナはそれをまるっと無視して、次の一歩を踏み出した。

「――なっ、おま――っ!」

ようやく剣を抜いた男の、剣を持っている右手首を短剣で刺し、するっと抜いて、逆の手で前髪を掴んで引き下ろす。

頭が低い位置に。

屈むような姿勢になった男の背中を蹴りつけて、跳ぶ。

くるくると回りながら宙を舞い、残り二人の大人が引いていた荷車の上に着地。同時に短剣を片方に投げつけ、もう片方には極小の『火球』を放つ。

月明かりで蒼褪めた夜の中、炎の赤が周囲を照らす。

どちらも牽制の意味合いであり、どちらも成功した。キリナは迷いなく短剣を投げつけた男に向かって跳び上がり、空中でぐるっと回転してから両肩に着地する。

ご(・) き(・) ん(・) っ(・) ――という骨を折った感触。

そのまま、折った両肩を足場にまた跳ぶ。キリナが咄嗟に放つ『火球』の威力では大した損害は与えられない。

残った男がきちんとキリナの方を見ているのを確認し、空中をまたぐるぐる回りながら、今度は両手から『火球』を生み出し、狙いもつけずに放出した。

「――っ!?」

一瞬だけの困惑。でも一瞬で十分。

ぐるぐる回ったその勢いのまま、踵を男の首あたりに落とし、失神させる。

「あうっ」

着地は失敗した。

思いっきり蹴ってしまったせいだ。肩の辺りから地面に転がってしまったが、草原なのでさして痛くもない。きちんと全員を完璧に無力化させたかも判らなかったので、キリナは慌てて身体を起こし、投げてしまった短剣を見つけてさっと拾い上げ――それから、状況を確認する。

荷車を引いていた大人は、二人ともきちんと気絶している。曲剣の方は気を失ってはいないが、腕を押さえて地面に転がっている。なんだか姿勢も変なので、背中を踏んで跳躍した際にどこかしら痛めたのだろう。

ダイオルは――刺されていない方の腕を、ナナの首に巻きつけていた。

「ふざけんじゃねぇぞクソメスがぁ! 邪魔しやがって! クソ! クソクソクソクソクソ! 俺は、テメェらみてぇに脳天気に生きてねぇんだ!」

「……で? ナナを人質に取って、どうするの?」

「うるせぇ! 俺は、あんな場所から抜け出すはずだった! こんな場所になんかいられるか! ワケの判んねぇケモノ共が、偉そうな顔して歩きやがって――俺は帰るんだよ! 俺の、俺の人生を返してもらうんだよ!」

「ふぅん。世話になったカティアも、同じ境遇の孤児の女の子も、そのためなら売り払っていいんだ? 年下の女の子を人質にとって、年下のメスガキ相手に喚き散らかすのが『俺の人生』なんだ。全然面白くなさそう」

「うるせぇうるせぇうるせ――」

「――黙れ。おまえ、ムカつくから」

わざわざ言葉を聞こうという気は失せていたものの、声が聞こえてしまう以上は言葉も耳に届いてしまう。

聞いていたい言葉ではなかったし、喚かせておきたい声でもなかった。

使うのは、妖狐の幻術。

尾に込められた術を解き放つことで、溜めも詠唱も必要とせず行使できる――母であるセレナや、九尾のカイラインが使う、獣人としては非常に珍しい魔力の使用法。それを、キリナは半ば無意識に使った。

拳大の、蒼白い狐火が――キリナの指先から放たれて……ゆらゆらと、ふらふらと、微風に踊る花弁みたいに揺られながら、ダイオルの元へ。

着火。

同時に――火柱が。

全身を燃やし尽くす 業(・) 火(・) の(・) 幻(・) が、ダイオルを包み込んだ。

少しの時間だけ悲鳴が続き、そして、途切れる。

失神したからだ。

「大丈夫、ナナ?」

声をかければ、たった今まで地面をのた打ちながら暴れていたダイオルにドン引きしていたナナが、小さく溜息を吐いてキリナを見上げ、眉を寄せる。

「全然大丈夫じゃない。何回も殴られたし、こいつに腕掴まれてすごく痛いし、首も痛いわ。引っつかれて気持ち悪かった。それに……すごく、怖かった」

ぽろぽろと涙の粒をこぼすナナに、キリナは微笑んでみせる。

こういうときにどうすればいいかは、クラリスは参考にならない。だって泣いてる女の子を慰めてる場面なんてみたことがないから。

キリナの脳裏に浮かぶのは、母である妖狐セレナだ。

ずっとずっと小さい頃、なにかで泣いているキリナに、セレナは優しく微笑みかけて、頭を撫でてくれた記憶がある。

「大丈夫。もう大丈夫だよ」

そんなふうに声をかけてみれば、感極まったナナに思いっきり抱きつかれて、そのまま地面に押し倒されてしまったが。

木の上に隠れていたカタリナが「なにやってんのよ」と降りて来るまで、キリナは泣きじゃくるナナの頭を撫で続けていた。

◇◇◇

その日、ティアント領のある町で、ある組織が壊滅した。

獣人の集団による犯行だったという目撃証言があったが、これに領主スラック・ティアントは「グロリアスの助力による治安維持活動だ」と声明を出した。

人身売買を生業とする組織がひとつ、まるごと消え失せたわけだが――なにしろ領主の公認であり、相手がグロリアスの獣人である。

通常であれば関連組織による報復が考えられたが、真正面から建物ごと、文字通りに『壊滅』させてくるような集団が相手である。あるいはこれを公認した領主に損害を与える、というのも組織の常套手段ではあるが、現在のティアント領は改革の真っ最中であり、犯罪組織による経済制裁は、脅しとして有効な手段にならなくなっていた。

……というあたりの話は、後日アーロゥ・グラーデが語ったのだが、キリナには細かいところまでは理解できなかった。

ダイオルと『人攫い』たちのその後も、キリナは特に興味がなかったので、わざわざ聞かなかった。

文字の先生であるカティアは、ダイオルがいなくなったことに対しては「そうですか」と少しだけ悲しげに頷いただけで、それ以上のことはなく、孤児たちのまとめ役はダイオルの代わりにジュードが担当することになったという。

「まあ、どちらかといえばアタシが主で、ジュードが従って感じね。お金の扱いについては、アーロゥさんのところで教えてもらってるみたいだから、実際アタシがやることも多くなったの」

とは、ナナの言である。

実際に彼女の仕事は増えていて、砦でトーラス族の女の手伝いをする時間が減ってしまった。そのかわり、孤児たちと一緒に弁当配達を始めたようで、これは主に砦の外で活動している商人や獣人たちに受けがいいそうだ。

子供たちには笑顔が増えたらしいので、いいことなのだろう。

◇◇◇

「それで―― も(・) に(・) ょ(・) も(・) に(・) ょ(・) するのは、収まったの?」

久しぶりに砦で『朝の訓練』をして、一息ついたところでカタリナが言った。

並んで立ちながら果実水を飲んでいると、いつの間にか身長で負けているのに気づく。同じくらいだったはずなのに、今は明確にカタリナの方が、背が高い。

「うん。収まった」

「でもそれって、気分の問題ってより、身体の問題だったわよね。あの連中をぶちのめしてすっきりしたからじゃないでしょ」

「うーん……そうかな?」

どうだろう、よく判らない。

けれども、たぶんあの夜に人族をぶちのめしておかなければ、 キ(・) リ(・) ナ(・) の(・) 尻(・) 尾(・) は(・) 二(・) 本(・) に(・) 分(・) か(・) れ(・) て(・) い(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) の(・) で(・) は(・) な(・) い(・) か(・) 。

狼族と狐人の血が半々なキリナの尻尾が――妖狐のように、分かれている。魔力を蓄え、即時発動する媒介としての、妖狐の尾だ。

「セレナの喜びようといったら、もう見てらんなかったわね。あの狐も、ああ見えて、ちゃんとあんたの母親なのねぇ」

「セレナはずっとちゃんとお母さんだよ?」

「でしょうよ。じゃあ、あたしは?」

「もちろん、ずっとずっと親友」

にへらっ、と笑ってみせれば、おでこを親指でぐいっと押されてしまった。

「あんた、最近はナナと結構仲良くしてんじゃない。あいつもいいやつだけど、あたしの方が、あんたとは古いんだからね」

「そういうの、比べるものじゃないと思うけど。それにカタリナが忙しいから、あんまり一緒にいられないんでしょ。いいなぁ、クラリス様と一緒にいられて」

「キリナはそうじゃない方向で頑張ってんでしょ。なんか、いつの間にかそうなってるって感じだけどさ。あたしはクラリス様を手伝えるようになりたいし、キリナはクラリス様の居場所を守りたい――そういうことでしょ?」

「うん。帰ってくる場所は、暖かい方がいいもの」

「そういえば、そろそろ冬よね」

「今年は雪、降るのかなぁ」

二人して空を仰げば、郵便配達のハーピィが見えた。何度言っても砦の真上を飛びたがるので、いつからか諦められてしまったのだ。

さて――次はなにが起きるだろう?

もちろんそんなことは判らない。

孤児たちの件だって、クラリスでさえ予想していなかったことのはずだ。仮に届けられた手紙が戦の始まりを告げたとしても、そういうことだってあるだろう。

未来なんて、判らない。

けれども。

とりあえず今のうちは、友達と一緒におしゃべりをしていよう。

二尾の妖狐は、そんなふうに思った。