作品タイトル不明
012話「魔族①_04」
ユーノス・ユーノフェリザにとって、ヤヌス・ユーノフェリザは父親である以上に族長だった。
魔族の国には、人族のような名前がない。
魔族の王は魔王であり、人族のように何人もの王はいないからだ。
ユーノフェリザ氏族は、強く、理性的で、剛胆にして冷静。
元々が暴力を よ(・) す(・) が(・) に集められた集団である。魔族の中で発言力を持つということは、即ち強者であるということに他ならない。
例外的に、法によって保護されている妖精種などはいるが、基本的には強いことこそが魔族の美徳であり、偉大さである。
とはいえ、所詮は氏族である。
魔王直下の腹心たち、あるいは豪族と呼ばれる特別な氏族と比べれば、さすがにユーノフェリザ氏族といえど格が落ちる。
ユーノスの父、族長ヤヌスでさえ、魔王の腹心には敵わないはずだ。
強く在らねばならない。
にも 拘(かかわ) らず、遠く及ばぬ強者がいる。
強さに依存する価値観は、もしかすると最初から矛盾を孕んでいるのかも知れない。強い者には従い、弱い者を従える。その姿を『強い』とは言い難いからだ。
強さには様々な形がある。
言葉面では、ユーノスも知っていた。
父ヤヌスもまた知っているつもりだったのだろう。
ユーノフェリザ氏族は、その周囲にそれなりの影響力を持っており、その影響力をヤヌスは上手に使っていた。無駄な争い事は氏族の名をもって収めさせたし、無意味な酷遇は暴力を使ってでもやめさせた。
魔族の中でも珍しい――というわけでも、たぶんなかったはずだ。
自分の治めている土地が無駄に荒れるのを好む為政者は、あまりいない。魔族であるから、全くいないわけではないが、それでも。
いうなら、善政を敷いていた。
それが癇に触ったのだろう。
気付けば首脳会議の場でユーノフェリザ氏族が槍玉に挙げられ、いつの間にか人族への侵攻を命じられていた。
ユーノフェリザ氏族――ヤヌス・ユーノフェリザと最も反りの合わなかった魔族の男による奸計だった。
そいつは、真正面から戦えばヤヌスの足元にも及ばぬ弱者だった。
だというのに、その男はヤヌスにない『強さ』を発揮した。
そういう意味で、ユーノフェリザ氏族は『弱かった』のだろう。
◇ ◇ ◇
人族とは、魔人種に比べてあまりに貧弱で、寿命も短い。
しかしこれまでの歴史上、追放された氏族が人族の領地を奪い取ったことは一度もなかった。つまり、氏族に対する人族への侵攻命令は「死んでこい」という意味合いである。そのことを、ユーノスは理解していた。
いや、理解していたつもりだった。
心の何処かで人族に対する侮蔑があった。実際、戦場に出てみれば彼らは本当に貧弱で、ユーノスの剣を受けられる者など一人もいなかった。
ただし彼らは、味方ごとユーノフェリザ氏族を燃やしてきた。
魔法による強襲だ。
散兵だらけの戦場は、罠だらけの戦場だった。
弱いからと数を減らしに襲いかかると、彼らは味方を捨て駒に強力な魔法を打ち込んできた。氏族の仲間は、それでなんの抵抗も出来ずに焼失してしまった。
なんという不安定な『強さ』なのか。
おそらくだが、敵の魔法使いと一対一の状況になればユーノスが負けることなどない。そのはずだ。なのに、彼らの戦場では勝てる気がしない。
ユーノフェリザ氏族による侵攻が始まって、およそ三十日ほど、だろうか。
気紛れに丘へ向かい、人族の数を慎重に減らし、強力な魔法が撃ち込まれる前に森へ撤退する――森に戻り、魔物や野生動物を狩って食事にありつく。
泥沼だった。
人族は日に日に数を増やしていく。
こちらは、どれだけ慎重に戦おうが、人族の魔法に当たった者から死んでいく。数が増えることはない。減り続ける。
最初は百を超えていた氏族の数も、半分にまで減った。
そんなときに――彼女は現れた。
クラリス・グローリアという名の、悪徳の女神が。
◇ ◇ ◇
クラリス・グローリアは、一見すれば可憐な少女だった。
野生動物のために用意した罠に引っ掛かっていたクラリスを最初に見つけたのはユーノスだったが、彼女は最初からおかしな女だった。
罠で足を括られ、逆さ宙吊りの状態で踏ん反り返って話すのだ。
恐れ、というものをまるで見せない。
咲き誇る花のような容姿には似合わない不敵な笑みを、見せていた。
そして――ユーノフェリザ氏族は変えられてしまった。
強く、理性的で、剛胆にして冷静。
そのはずだった自分たちを、クラリス・グローリアは粉々に打ち砕いた。
ただの言葉で。
そう、彼女の言う通りだったのだ。
ユーノスは理不尽な『国の法』に従って死にたくなんかなかったし、本当は逃げ出したかった。こんなことになんの意味がある? 確かに自分たちは会議で負けた。弱かった。だから人族への侵攻を命じられた。
死んで来い――というのなら。
殺してしまえばいいではないか。
それすらもしないで、捨てられた。
だというのに、命じられるまま死に向かって歩き続けている。
弱く、感情的で、繊細にして動転。
これがユーノフェリザ氏族だ。
クラリス・グローリアは、父ヤヌスに殴り殺された。
その様を、ユーノスは間近ではっきりと目撃していた。
顔面を潰され、吹き飛ばされて、木に当たって頭が割れた。
なのに、生きていた。
腹を貫かれ、血液と臓腑をこぼし、背骨を折られて打ち棄てられた。
なのに、生きていた。
そして――微笑んでいた。
嘲笑うように。
憐れむように。
唆すように。
ひどく甘い、やわらかな微笑だった。
◇ ◇ ◇
「俺は命令に従う。俺は魔族だ。ユーノフェリザ氏族だ。魔王様の民だから……そうする。そうすると決めた。だが息子よ、おまえはそうするな」
父ヤヌスは、これまで見たことのない貌でそんなことを言った。
奸計に嵌められたときでさえ、そんな表情は浮かべなかった。
憎むべき対象がはっきりしていたからだ。
やるべきことも明確だったからだ。
勝ち負けが、ついていたからだ。
だが、今は違う。
「明日、決を採る。残る者は残り、行きたい者は行く。最初からそうすればよかった。死んだあいつらの中にも、本当は行きたいやつがいたはずだ」
「……族長、それは違う」
ユーノスは首を横に振った。そうしないわけにはいかなかった。
そしてそれは、決して気休めではなかった。
「先に逝った彼らは、クラリス・グローリアを知らなかった。あの女の言葉を聞いていなかった。だから、彼らは誇り高く死ねたはずだ。迷うことなく死んだはずだ。少なくとも、今の俺たちのようには死ななかったはずだ」
そう思う。
ただの実感として。
「だから族長――いや、父上。あなたがあちらへ向かうのであれば、強く理性的で、剛胆にして冷静なユーノフェリザとして死ぬべきだ。父上は俺にそうするなと言った。だから、俺は父上に……そうしろと……言う……言うんだ」
どれだけ堪えても堪えられず、こぼれ落ちてしまう。
涙を流すなんて――やはり自分は『弱い』のだ。
そう思った。
◇ ◇ ◇
そうしてユーノフェリザ氏族でなくなったユーノスは、クラリス・グローリアと共に獣人の国を目指すことになった。