軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第9話 復興対策税の正体

台帳の整備が進むにつれ、一つの異常に気づいた。

複数の住民の税収記録に、「復興対策税」という項目がある。フィーネの帳簿には存在しない税目だ。フィーネに確認したところ、「聞いたこともない」という。

台帳を突き合わせて集計すると、被害の全容が見えてきた。

徴税官ゲルハルト。レイガス時代から税の徴収を任されていた男だ。分厚い腹と、脂ぎった笑顔。住民には威圧的で、フィーネには「若い領主様にはわからんでしょうが」と上から物を言う。

(古代ローマに「プブリカニ」という徴税請負人がいた。国家から徴税権を買い取り、余分に取り立てた分を懐に入れる。あまりに横暴が過ぎたため、属州の反乱の原因にもなった。——目の前の男は、その生き写しだ)

俺は複式簿記の手法で帳簿を再構成した。

「ナカムラさん。『ふくしきぼき』って何ですか?」

フィーネが隣で首を傾げている。説明しよう。この子に理解させられれば、住民にも説明できる。

「フィーネ様の小遣い帳——ありますか」

「え、はい。——見ないでください」

「見ません。小遣い帳の付け方を思い出してください。『お父様から百枚もらった。お菓子に三十枚使った。残り七十枚』——こう一列に書いていきますよね」

「はい。普通の帳簿ですよね」

「これが『単式簿記』です。お金の出入りだけを一行ずつ記録する。簡単ですが、大きな弱点がある」

「弱点?」

「たとえば。ゲルハルトが『住民から銅貨百枚を集めた』と帳簿に書いたとします。でも実際には百五十枚集めていた。——単式簿記では、この五十枚のごまかしが見つかりません。帳簿上、矛盾がないからです」

「あ……。帳簿の人が嘘を書いたら、確かめようがない」

「そうです。記録する人が嘘をつくと、帳簿そのものが証拠にならない。——だから複式簿記が必要なんです」

俺は紙を取り出して、真ん中に縦線を引いた。

「複式簿記は、すべての取引を必ず『二つの面』から記録します。紙の左側を『借方』、右側を『貸方』と呼ぶのですが——」

「かりかた、かしかた……」

「名前は覚えなくていい。大事なのは原則です。左と右は、『常に同じ金額になる』。これが鉄則で、例外は一つもない」

紙に書いた。

——「ゲルハルトが住民から百枚集めた」場合——

左側(借方):現金が百枚増えた

右側(貸方):税収が百枚発生した

「左に百枚、右に百枚。必ず一致する。——では、ここで住民台帳を見ます。住民が『百五十枚払った』と申告したら、どうなりますか」

フィーネの目が大きくなった。

「左側が百枚なのに、住民の申告は百五十枚。——五十枚、合わない!」

「そうです。単式簿記なら、ゲルハルトが書いた帳簿しかない。嘘をつき放題です。でも複式簿記は、取引を左右の二面で記録して、さらに『相手側の記録と突き合わせる』。どこかに嘘が入ると、必ず数字がズレる」

「改ざんしようとしたら——」

「自分の帳簿の左と右を同額に直して、さらに住民の申告とも一致させて、かつ他の取引との整合性も保たなければいけない。全部を矛盾なく書き換えるのは、事実上不可能です」

(十五世紀のイタリア、修道士ルカ・パチョーリが体系化した複式簿記。商人たちが採用したのは、正確さのためだけではない。課税当局等に「帳簿を見せろ」と求められた時、左右が一致していれば潔白を証明できるからだ。信頼を数字で担保する仕組み——それが五百年前に生まれ、今も世界中の企業会計で使われている理由だ)

俺はこの原理で帳簿を再構成した。

左側(借方)——住民台帳に記録された、住民がゲルハルトに支払ったと申告した総額。

右側(貸方)——フィーネの帳簿に記載された、ゲルハルトから領地に納入された総額。

差額——左右が合わない分。それがゲルハルトの懐に入った金額だ。

銅貨の一枚単位まで、正確に算出できた。

フィーネがメモ帳に「ふくしきぼき=ひだりとみぎがかならずおなじ。うそをつくとずれる→さんすうでばれる」と書いていた。二行にわたっている。大事なことほど、この子は長く書く。

翌日。ゲルハルトを執務室に呼んだ。

「何を勝手なことをしている!」

開口一番、怒鳴り込んできた。

「住民台帳だと? 余計なものを作りおって。税の徴収は俺のやり方で問題なくやっている!」

「問題はあります」

俺は台帳を見せた。

「鍛冶屋のハンスさんから、去年一年で六回徴税しています。正規の納税期は年二回です。残り四回分の記録はどこにありますか」

「そ、それは——」

「パン屋のマリアさんからは、『復興対策税』という名目で銅貨二百枚を徴収していますが、領主の帳簿にこの税目は存在しません」

ゲルハルトの顔が青ざめた。

「フィーネ様」

俺は領主を振り返った。フィーネは帳簿を開いていた。手が震えている。

「この『復興対策税』——ご存知でしたか」

「……知りません。そんな税は——父の時代にもありませんでした」

窓の外に、掃除帰りの住民たちがいた。声が聞こえていたのだろう、数人が覗き込んでいる。

「ゲルハルト……お前、ポケットに入れてたのか?」

「俺たちが食うにも困ってる時に!?」

アルノルドの声が飛んだ。

「ま、待て! これは勘違いだ! 記録が——」

「記録がないから問題なんです」

俺は淡々と言った。

「記録があれば、誰も疑われずに済んだ。記録がないから、不正が見えなかった。——これが、住民台帳を作った意味です」

ゲルハルトは住民たちの視線に耐えられず、その場から逃げ出した。

走る速度だけは異常に速かった。

(……その体力を仕事に使え)

フィーネが、帳簿を持ったまま、ポロポロと涙を流していた。

「フィーネ様?」

「すみません。その……私、気づいてあげられなくて」

「気づかなかったのは仕方がありません。記録がなかったんですから」

「でも……! マリアさんは、私の領民です。私が守るべき人なのに、『復興のため』だなんて嘘をついてお金を取られて——」

フィーネの手が、帳簿をぎゅっと握りしめた。父の帳簿を、初めて会った日と同じように。

(この子は怒っている。自分の無力さにじゃない。「復興対策税」というもっともらしい名目で——住民が「復興のためなら」と信じて払った金が、懐に入っていたことに。——その怒りは、正しい)

「フィーネ様。その怒りを、仕組みで解決しましょう。次のゲルハルトを生まないために」

フィーネが涙を拭いて、小さく頷いた。

その夜、執務室の明かりは深夜まで消えなかった。フィーネが一人で、全住民の税収記録を覚え直していた。

翌朝、執務室のデスクで突っ伏して寄り添うように眠っている彼女を見つけた。右の頬に帳簿のインクが転写されていた。あいかわらず「復興対策税」の文字だった。

(残らなくていい文字が残っているが……起こさないでおこう)