軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第29話 土地と、居場所と

レイガスの処遇について、住民寄合の結論を出す日が来た。

一週間前とは、空気が違う。

レイガスが魔動灯を直していること、巡回をしていること、子供たちに囲まれていること——住民は見ていた。

アルノルドが口を開いた。

「ナカムラさん。提案があると言っていたな」

「はい。——レイガスさんの処遇について、提案します」

俺は立ち上がった。

「レイガスさんを、この領地の『公共土木担当』として任命することを提案します」

ざわめきが起きた。

「帰還民の急増で、噴水の処理能力も住居も限界を超えています。凡人の手作業だけでは、到底間に合わない。——魔動灯の保守は、今レイガスさんが自主的にやっています。加えて、彼の魔法は土木工事に転用できます。水路の掘削、道路の整地、倒壊家屋の撤去。だからこそ、剣聖のチートを『公共事業の重機』として使います」

帰還民の男が叫んだ。

「冗談じゃない! あいつの魔法でまた土地が焼かれたらどうするんですか!」

「焼きません。仕様書を俺が書きます」

「仕様書?」

「作業内容、作業範囲、使用する魔法の種類と出力制限。すべて事前に書面で指定します。レイガスさんはその仕様書に従って作業する。逸脱した場合は即座に停止。——前世でいう業務委託仕様書です」

(チートを制御する仕組み。それは「チートを潰す」のではなく、「チートを行政の枠にはめる」ということだ)

アルノルドが聞いた。

「魔法の出力制限なんて、どうやって確認するんだ」

「日報です。レイガスさんは毎日、業務日報を提出しています。作業内容と結果を記録している。嘘を書いても、現場を確認すればわかります」

「日報……あの三行のやつか」

「今は十行です」

会場から小さな笑いが漏れた。

◇ ◇ ◇

採決は、賛成多数で可決された。反対は七人。帰還民の一部だ。——感情が消えたわけではない。でも、制度で方向を示したことは大きい。

寄合の後、レイガスが俺に近づいてきた。

「……公共土木担当って何だ」

「穴を掘ったり道を直したりする仕事です」

「……チートで?」

「チートで」

「——それ、剣聖でやる仕事じゃないだろ」

「この領地に魔王はいません。剣聖より重機が必要です」

レイガスが黙った。何か言いたそうだったが、言葉が見つからないようだった。

「レイガスさん。最初の仕事があります」

「何だ」

「帰還民用の住居の修繕です。チートの余波で壊れた家が何軒もある。構造が残っている家を、魔法で補強してください。仕様書はこれです」

紙を渡した。フィーネが徹夜で作った修繕対象リストだ。地籍図と照合して、修繕可能な家屋を十二軒特定してある。

レイガスが紙を見た。

「……こいつ、字がきれいだな」

「フィーネ様が書きました」

「あのチビが? 前はミミズが這ったような字しか書けなかったのに」

「人は成長します。——レイガスさんも」

◇ ◇ ◇

翌日から、レイガスの仕事が始まった。

仕様書通りに——というのは最初だけで、三軒目の修繕で勝手に壁を二重構造にして「こっちのほうが丈夫だ」と言い出した。

仕様書を赤字で修正。「事前に提案してください。判断は行政官が行います」

日報が来た。

『壁を二重にした。怒られた。次から先に言う。でも二重のほうが丈夫なのは事実。以上、報告します。——すみません』

(「すみません」。このチート転生者が謝罪の言葉を書いたのは、日報の歴史上初めてだ)

ヴェンツェルの家族が、修繕された家に入った。リッカが、レイガスに向かって手を振った。

「おにいちゃん、おうちなおしてくれたの? ありがとう!」

レイガスが固まった。また固まった。この男は、感謝されると固まる。

「……別に」

「おにいちゃん、つよいね!」

「強い、のか。……そうか」

(「つよい」の意味が変わった瞬間を、俺は見た。——この男にとって「強い」は、ずっと「一人で何でもできる」だった。今、五歳の女の子が「家を直してくれたから強い」と言った。チートの定義が、静かに書き換わった)

◇ ◇ ◇

夜。窓の外で秋の虫が鳴いている。俺は住民台帳を開いた。

帰還民の登録で、人口が増えている。赴任時五千六百人だった数字が、七千を超えていた。

数字が増えただけじゃない。台帳の中身が変わっている。帰還民と残留民が同じページに並んでいる。逃げたとか残ったとか、どこにも書いていない。名前だけだ。

——まだ、「壁」はある。残留民と帰還民の間の目に見えない線は、消えていない。レイガスへの不信も、完全には解けていない。

でも、仕組みは動き始めている。

台帳を閉じた。明日は、治安巡回のスケジュールを組む。レイガスの戦闘力を、ローテーションの中に組み込む計画だ。

窓の外で、魔動灯が灯っている。レイガスが直したやつだ。

(五つの課題があった。噴水。排水溝。台帳。農業。そして治安。——最後のピースは、元凶が埋めることになるのか。行政計画としては、出来すぎた話だ)

◇ ◇ ◇

デスクの上に、フィーネのメモが置いてあった。

「ナカムラさんへ。明日の住民寄合の議事録、私が書きます。——フィーネ」

字が、きれいだった。全部正字だ。「議事録」の三文字が、一画も崩れずに書かれている。

(「きたくのいど」と書いていた子が、「議事録」と書いている。——あの乾いたスポンジは、もう十分に水を吸ったらしい。そして、メモの端に小さな猫の絵が描いてあった。あの木彫りの猫だ。この子は、メモの応援団にまで猫を動員している)

メモを元に戻した。明日の休みに、議事録の書式だけ教えよう。いや、もしかしたら教えなくても自分で形を作るかもしれない。——そのへんが、頼もしい。

窓の外で、秋の虫が鳴き続けている。フィーネはもう寝ただろう。小さな湯のみ一つが、デスクの隣に残されていた。「おやすみなさい」と書かれた付箋の横に、また猫の絵が描いてあった。

窓の外で、魔動灯の光が揺れた。レイガスが巡回しているのだろう。一人で、静かに。

(剣聖が巡回して、公爵令嬢が議事録を書く。——チートで壊した世界を、凡人の行政で直す。その「凡人」の中には、元チート転生者も含まれている。——行政計画としては、出来すぎた話だが、悪くない)

窓の外の魔動灯が、つと一つ、点いた。——明日も、行政は続く。