軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第21話 食べることは、生きること

畑の整備と並行して、食育を始めた。

——と言うと大げさだが、要は「何を、いつ、どう食べるか」を住民に伝える作業だ。

この領地の食事は偏っていた。保存食の干し肉と根菜。たまにマリアのパン。それだけで半年以上暮らしてきた。栄養の偏りは深刻で、子供に歯茎の出血が見られる。リーザ婆さんを手伝い始めた若いエルザが報告してきた。

「ナカムラさん。子供たちの歯茎が腫れてるんです。リーザおばあちゃんは『野菜が足りない』と言ってますが」

「壊血病の兆候ですね。ビタミン——いえ、この世界の言葉で言えば、新鮮な食べ物に含まれる成分が不足しています」

(前世の保健所の巡回で、同じ症状を見たことがある。独居老人の偏食問題と同じだ)

「ナカムラさん。カブって、どう食べるんですか」

マリアが聞いた。マリアは情報通で住民からの信頼も厚いが、料理のレパートリーはパンしかない。パンの腕は一級品だが、鍋を持ったことがないらしい。

「煮ます。塩がなければ、干し肉の煮汁で味をつけます」

「煮汁って、あのしょっぱい水ですか?」

「はい。あれは出汁です」

「……だし?」

(出汁の概念がない。——そりゃそうだ。前世の知識を持ち込みすぎるのは禁物だが、煮汁を捨てるのはもったいない。干し肉の塩分と旨味がたっぷり溶けている。あの液体は調味料だ)

「煮汁には肉の旨味が出ています。捨てずに使えば、野菜を美味しく炊ける。——マリアさん、明日、あなたの店の裏庭を借りてもいいですか」

「裏庭? 何をするんですか」

「住民向けの調理のお手本をやります」

◇ ◇ ◇

翌日。マリアの店の裏庭に、大鍋と薪を用意した。フィーネが手伝ってくれた。

カブを切る。フィーネが包丁を持った。——持ち方が危ない。

「フィーネ様。左手は猫の手にして、指先を丸めてください」

「猫の手?」

「こうです。指を切らないように」

フィーネが言われた通りにした。カブを一つ切った。形はばらばらだが、指は無事だった。

「できました!」

「上手です。——次はもう少し均一に切ると、煮え方が揃います」

「均一……」

(この子に「均一」を教えるのは三回目だ。棚卸しの時、予算案の時、そして今。繰り返しが大事だ。——ただ、三回目にしてようやく「均一」が正字で書けるようになった。メモ帳を覗くと「きんいつ」が消され、「均一」と上書きされていた)

フィーネが包丁を持ち替えて、二つ目のカブに挑んだ。今度は少し慎重だ。一切れ目と比べると、明らかに厚さが揃っている。

「これ、さっきより均一じゃないですか?」

「ええ。——筋がいいですよ」

フィーネがぱっと顔を上げた。包丁を持ったまま。

「その状態で振り返らないでください」

「あっ、すみません!」

(褒めると危ない。文字通り)

干し肉を水から煮た。十五分ほどで煮汁が出る。そこにカブを入れて、蓋をする。

匂いが漂い始めた。住民が集まってきた。最初は三人、五人。最終的に二十人くらいが鍋を囲んだ。

「……うまいじゃないですか、これ」

「干し肉の煮汁、捨ててましたよ私……」

「ナカムラさん、これ毎日やってくれませんか」

「毎日はやりません。やり方を覚えてください」

(教えた技術を住民が自分で回す。それが行政だ。俺が毎日鍋の前に立つのは行政じゃなくて炊き出しだ。本当に大事なのは「手を離す」タイミングだ)

フィーネが鍋の前に立って、おたまを持っている。小さな体が湯気に包まれている。赤毛が湿気でくるんと巻いた。

「お待たせしました。カブの煮物です。——熱いので気をつけてくださいね」

住民に一杯ずつ配っている。丁寧に、均等に。——棚卸しで学んだ「全部数えて、偏りなく配分する」が、配食にまで応用されている。

(この子は教えたことの本質を掴むのが早い。『数えて分ける』を、食事にまで持ち込んだ)

◇ ◇ ◇

薬草園も形になりつつあった。

リーザ婆さんの指導のもと、エルザが正式に薬草の栽培も始めた。保健係の第一号だ。

リーザは七十を超えているが、背筋がまっすぐで、目が鋭い。この人が領地に一人いるだけで、保健行政の基盤ができる。

「ナカムラさん。この草、毒がありますよね」

フィーネが薬草園の隅を指差した。紫の花が咲いている。

「よく気づきましたね。それはトリカブトです。薬にもなりますが、量を間違えると毒になります」

「リーザおばあちゃんが言ってました。『薬と毒は紙一重だ。だから計る。計ることを面倒がる者に、薬は扱えない』って」

(リーザさんは優秀だ。保健衛生の基礎を、経験則で全部持っている。——「計る」ことの重要性を、薬の現場から教えている。この言葉は、フィーネの棚卸しや予算案の学びとも通底している。数える。計る。記録する。行政の基本はどの分野でも同じだ)

「フィーネ様。その言葉、メモしておくといいですよ」

フィーネがメモ帳を開いた。「くすりとどくはかみひとえ。だからはかる」——簡易文字だが、「計る」だけは正字で書いた。

◇ ◇ ◇

クローバーの種を手に入れた。横領犯のゲルハルトを追って隣領へ出張した折に、宿場町の商人から竜鱗の破片三枚との物々交換で入手しておいたものだ。

「これは何ですか?」

「クローバーです。三つの使い道があります」

フィーネがメモ帳を構えた。最近は、俺が「三つ」「五つ」と数字を出すと、反射的にペンを取る。

「一つ、家畜の飼料になる。家畜が食べて育つ。二つ、蜜蜂が集まる。蜜が取れれば甘味の自給ができる。三つ、若芽は人も食べられる。——サラダにするとうまいんですが、この世界にサラダの概念があるかは不明です」

「サラダ?」

「生の葉を食べます」

「……生で?」

「前世では普通でした。ここでは火を通したほうがいいかもしれませんが」

(異世界に生食文化を持ち込むのはリスクがある。寄生虫の問題がある。——前世の保健所勤務の記憶が警告を出している)

「しかも、根に土を肥やす力があります。休耕地に蒔けば、土が回復する」

「それって——三圃制の『休ませる畑』に蒔けばいいんですか?」

(——教えていないのに、自分で繋げた。三圃制の休耕地にクローバーを蒔けば、飼料にもなり、蜜源にもなり、地力も回復する。一石二鳥どころか一石四鳥。この子は、乾いたスポンジどころではない。自分で水源を見つけ始めている)

「正解です。フィーネ様」

フィーネが両手でガッツポーズをした。小さな拳が、朝日の中で光った。泥のついた指先が、やけに誇らしげだった。