軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

証③

「モニカさんは・・・、どんな教会で式を挙げたいとか、そういうのはあるんですか?」

私が入れたお茶を一口すすって、穏やかな顔をしていた。昼間アレックスさんに言われたことを思い出した。確かにリラックスしている時の顔だった。私と一緒にいて、そういう顔をすることが増えたというのなら、それは只々うれしかった。

「そうですね、今日みたいな式は、人との距離が近くてとっても素敵ですのでいいと思います。ああ、だれにも話したことはありませんが、小さいころは、故郷の海の見える丘の上にある教会で式をあげるんだと、漠然と思っていました。」

そこには常駐の聖職者の方がおらず、月に一度、大きな町の教会から巡礼に来てくれていた。

「それはジス君が引き取られた教会ですか?」

「いえ。ジスはもっと大きな教会に引き取られました。常駐の聖職者の方が多く滞在していて、将来、司祭様を目指す子供たちを育成する施設のある所で、寮も完備されていたのでそちらの方に。」

いくら病気を治すためとはいえ、いきなりそんな寮に入れられてジスも寂しかったことだろう。親元からだって引き離されてしまった。確かに、私は勝手だった。

「病気が快方に向かってからは、ジスには祈力があることが判明し、そのままその寮で聖職者を目指すべく勉強していたと聞いています。そうですね、その頃からでしょうか。結婚式の取り仕切りはジスにしてほしいと思っていたんですよ。まだひよっこですが、小さい教会なら融通が利きますし。」

「ジス君に、なるほど。」

一緒にいたかったから、今までダラダラ食べていた夕飯も、とうとうなくなってしまった。仕方なしに棒のような足に力を入れて、皿を洗い場にもっていった。王都ではそこそこ高価な魔道湯沸かし器も魔石の豊富なローファス領には各家庭に標準装備されているらしい。ちゃんとお湯が出てくる。数枚の皿なのさっさと洗ってしまおう。

「足、どうしたんですか?」

いつの間にか隣から声がした。少し驚いたが、タオルを持っている彼に気が付いた。どうやら拭いてくれるらしい。スポンジに洗剤をなじませ手際よく洗っていく。これは領地の女性たちにもほめられた皿洗いの業だ。

「いえ、座る暇がなくて、動き回っていたら痛くなってしまって。あ、ありがとうございます。」

濯いだお皿を渡すとササっと拭いてくれた。

「このくらいいいですよ。それより、これから少し話しませんか。ここは寒いので、暖炉のある隣の控室で。」

カタン、とレオン様が鍋を出していた。お茶でも入れるのだろうか?

「あらいいですね。今日の会場の様子を知りたかったんです。」

思いもよらぬ誘いに私はすぐに乗った。もちろんもっと一緒にいたかったためだ。

それにリエッタ様と伯爵の様子や、来てくれた領民の様子など、裏方に徹していたら分からないことが多いため、聞いてみたかったのだ。隣の控室は古いがフカフカのソファがあり温かい。また誰かがもし指示を仰ぎに来ても、すぐに対応できる。拭いてくれた皿を棚に戻している間に、レオン様が隣の控室の暖炉に薪をくべてくれた。今日ここは料理人や手伝ってくれた領地の女性たちの荷物置きと休憩室になっていた。暖炉にも料理の保温という役目があり火がついていた。椅子を暖炉の前にもっていったり、荷物を寄せたりとしてから、ソファに体を沈めれば、あまりの気持ちよさに息をついた。いつの間にかキッチンに行っていたレオン様が、カップを二つ持って来た。

ホットミルクが入っていた。それをありがたく受け取り一口飲むと、懐かしい味がした。

「あら、わたくしこちらをいただいたことがございますわ。」

どこで飲んだんだろう。少し甘くてちょうどいい温度のホッとする味だ。

「・・・、レストの王女様がいらっしゃったときでしょうか。」

あ。ああ、その時だ。緊張しすぎて朝から何も食べられず、確か第三王子殿下の誕生日のお茶会だったから、そこで少しのお菓子とお茶しか喉を通らなかった。パーティの終盤にようやくお役目を終えたら、お腹が空いて来てレオン様に食べ物を頼んだのだ。あの時シエナ様と第三王子殿下とテーブルを囲み、お菓子とサンドイッチをつついていた時に運ばれてきたのが、ホットミルクだった。ほんのり甘くて、心底ホッとしたのを覚えていた。実はあの時のホットミルクがあまりにもおいしかったから、眠れない夜にこっそりミルクを温めてみたりとしたが、どうもあれが再現できず、困り果てていた。

「そうです、そう!わたくし、あのホットミルクを再現しようと色々試したんですよ。でもこれほどおいしくできなくて!」

「それならそう言ってくだされば、お教えしたのに。」

そうか、そうだった。今まで聞くという発想自体が浮かんでこなかった。

「まったく気が付きませんでした。」

「あなたは頭は良いのにちょっと抜けていますよね。」

炎の奥を見ながら、隣で困ったように笑っていた。暖炉の火がパチンと音を立てた。

「このホットミルクはどうやって作るんです?王城の料理人のレシピですか?」

「いえ。これはケイト卿が彼の乳母から教えてもらった特性のレシピです。俺が寝付けない夜に彼の部屋を訪れると、いつもこれを作ってくれたんです。実はロイ卿もリチャード殿下も、アリアドネ殿下もクリス殿下も、彼のホットミルクにはお世話になっているのですよ。」

「それは・・・。」

「はい、機密なので口外しないでくださいね。」

そうだ、そんな情報漏れたら大変だ。これは殿下たちの極めてプライベートな情報で、今までレオン様の口から聞いたことはなかった。

「いつか、モニカ嬢が、リチャード殿下の奥方となった暁には、お教えしようと思っていたことがたくさんあるんです。」

「そう、だったんですね。」

「ええ。でもそれは俺の中にしまっておくことにします。いつかシエナ嬢と4人で、友人として語り合える日が来たら。その日までとっておきます。」

暖炉の火に揺られるレオン様の顔を見た。少しだけ声が震えていたから、眼鏡の奥の瞳が泣いているのではないかと思ったが、彼は泣いていなかった。実に晴れやかな顔をしていた。炎を写してか、オレンジ色の目がより一層赤く見えた。

「モニカさんに、受け取ってほしいものがあるんです。」

先ほどまで昔の呼び方に戻っていたのに、今はこちらを向いてしっかり目があっていた。思わず心臓が鳴った。

「な、んでしょう?」

急に緊張しだした。なぜかは分からないが脈拍があがったのだけは感じた。きっと真剣な顔をしているからだ。

立ち上がって、私の前にひざまずいた。レオン様がポケットから赤いものを取り出した。糸を編み込んである見覚えのある紐だ。

「千代輪というそうですね。ジス君に編み方を教えてもらいました。」

「これは・・・。」

「モニカさんのお母様の故郷では、千代輪は夫婦の証だそうですね。ご両親もつけていたと聞きました。」

やたら、心臓の音が大きく聞こえる。

「モニカさん、どうか、俺と結婚してくれませんか。千代輪には、ずっと一緒にいられるようにと、願いを込めました。」

暖炉のせいで頬が焼けたように熱かった。そこに一筋、涙がこぼれた。

「私なんかが、いいのでしょうか?」

泣きたくないのにどんどん涙がこぼれていく。

「私なんかが、こんなにみんなに愛されていいのでしょうか。ただのモブなのに。両親も公爵夫婦もミランダさんもシエナ様もマゼンダさんもジスも、みんなみんな、私に好きにすればいいと言ってくれるのです。どんな私でもいいと。」

『アノヒト』の思い通りの『子供』であろうとしていた『前』。きっとみんなの期待からは『今』のほうが答えられていない。バージェス家を考えれば婚約は解消すべきではなかったし、王太子妃にと望まれれば、そのまま王太子妃になるほうがよかった。シエナ様たちは必ず、モニカはどうしたい?と聞いてくれた。そうしてみんなが私に望んだことは、『私の好きに生きること。』『私が幸せになること。』『私が楽しく過ごすこと。』

「モニカさん、それは当たり前ではないですか。あなたの周りの人間は、モニカさんのことが大好きな人しかいないんです。あなたを追ってこんな辺境まで来たフィナさんに、いつの間にかホットワイン片手に夜まで話し込むようになったリエッタ様、こんなところまで連れてきた俺。今だってどんどん、あなたは周りを魅了しています。・・・それだけ素敵な人ですから。」

ハンカチをポケットから取り出して、眼鏡の隙間から涙を吸い取ったが、全く終わりがなかった。

「俺は、モニカさんの隣にいたいんです。ずっと。だから、俺に証をくれませんか。」

差し出された手には千代輪があった。

それをそっと手に取った。

「レオン様は不器用なのに、これはきれいに出来ていますね。」

「何度かやり直しました。プロポーズで渡すのに、変なものは渡せません。」

ところどころ網目のぶきっちょな千代輪は、よく見ればレオン様の瞳と同じ色の糸だった。

「では私も、祈りを込めて千代輪を作らなくては。」

涙で滲んでいるけど、彼の顔を見た。

「私をお嫁さんにしてください。・・・千代輪は手首に結んで完成なんです。」

左腕を差し出すと、少し震えた手で結んでくれた。それも外れないようにしっかりと。右手でそれをいじっていると、気が付けば彼の腕の中にいた。

本当にいいんですね?、一緒にいてくれるんですね?と何度も確認をしていた。その度にええ、とかもちろんと答えていた。

「何回、聞くんですか。」

少し笑いながら目を見て、真っ赤な耳の側の頬に、キスをした。眼鏡同士があたってカチリと鳴った。

「これで信じてくれますか?」

そう言えば、少し固まった。

「先を越されました。」

そう言いながら眼鏡を外した。珍しい素顔にしばしば見とれていると、私の眼鏡も奪われてしまった。急にぼやける視界に、しかし顔があるのはしっかり分かった。暖炉の火に揺れるオレンジ色の瞳も、真剣な顔も、それだけ近くにきて、私の唇にそっと触れた。