作品タイトル不明
バカは死ぬまで治らない
ローファス領について3日。
まずはヴォルデさんとの条約の交渉を進めなければならない。そちらの準備を終わらせて、ようやく魔王国からの使者殿との話し合いのテーブルについた。
「大した変更の提案じゃないのに、準備させて悪かったね。」
この3日、あの侍女長が取り仕切っていた使用人というのに不安があり、ヴォルデさんたちの世話は、イーリス夫人とフィナが、執事長とともにおこなってくれた。
「いいえ。それで変更したい点とは何でしょう。」
「うん、今は魔物及び境界線を越えた魔族を人間が攻撃してもよいとなってるよね。人間側の方も境界線を越えた人間はこちらで処理する。ま、その辺は変更なしでいいんだよ。そっちに行っちゃった奴らの処理は申し訳ないけど、話が通じない獣みたいなのも多いんだよ。問題は最近、その条約の周知がされていない人間が多いってこと。」
「条約があったこと自体、私も初耳でした。」
レオン様がが答えた。古びているがしっかりと守るべき条約の書かれた紙が、一組テーブルに置いてあった。一方はヴォルデさんが持って来たもの、もう一方はローファス家の宝物庫にほこりをかぶって鎮座していたものだ。
「ここから密入国を試みるおバカさんがいてね。条約に則り治安維持部隊にその場で処理された。まあ、前回の条約が100年前だからね。人間の、しかもこの世界の人間は平均寿命は平民で40歳だから仕方ないよ。下手すれば3代前の条約になっちゃうもんね。」
流石人間に理解のある方だ。
「で、これを50年ごとにしませんかっていうのが、こっちの提案。ちょっと手間は増えるけど、周知徹底してくれるんなら、いいかなって。」
なるほど50年か。それなら父から子に伝わるということができる。ローファス伯爵もうなずいていた。
「それは願ったりですね。それに、魔人が滅多に来ないことも合点がいきました。」
「うん、言葉が通じないやつとか、血の気が多すぎて突っ込んでくやつとかが、そっちに行って迷惑かけるかもだけど、今まで通り処理しちゃっていいから。それで戦争になったりはしないよ。」
頷いたレオン様が伯爵のほうを向いた。
「問題はこちら側の境界線の周知ですね。」
「後で対策しよう。とりあえず境界線にある柵の点検と補修、看板を増やします。他に何かありますか?」
「ないよ。ありがと。」
「ではそのように書類をお作りいたします。」
身構えた交渉はあっけなく終わった。これなら今日中に調印まで行けそうだ。
「あー終わった。」
グッと肩を上にあげ伸びをしたヴォルデさんは、あくびと一緒に吐き出した。
「これからどうなさいます?今日中には調印まで行けると思いますが。」
「これからねぇ。チーズとワイン買ってから帰るけど、ジェズとは別になりそうだからなぁ。」
「ジェズさんは飛んで帰るんですか?」
「そう。二人を背中に乗っけて帰るから、俺が乗るスペースないんだって。」
今庭ではフィナとジェズさん、サラちゃんとショー君で木登りの練習中だ。今まさに話し合った内容を書類にまとめるために手を動かしながら、外の楽しげな声に聞き耳を立てた。
「馬は・・・、魔王国には入りたがらないでしょうか。」
レオン様が隣で同じく手を動かしながら、ヴォルデさんに聞いた。
「うん、ただの獣は弱いからね。あ、いいよ、気にしなくて!陸路を行くのは慣れているから。それに買い物もあるし。それよりレオン卿はこれからここを継ぐんでしょ?大変だね。」
ソファの低い背もたれに顎を乗せ、ニカリと笑った。
「・・・、いまだ掌握できず、ご不便をおかけしております。」
「いいって。軍に来た若き司令官てものは舐められるもんだよ。これから躾しないとね。見たところ君のほうが鍛えているから、そのうち彼らも分かると思うけどね。」
「それは聞き捨てなりませんね。」
私が食いつけば、レオン様が眉間にしわをよせて黙ってしまった。
「ん、近衛騎士の癖にって言ってたよ。レオン卿はエリートだったんだね。」
ほう。近衛騎士を舐めてるのか。
「レオン様は若干15歳ですでに近衛騎士の訓練に参加し、学園では国王陛下直々に、第三王子殿下の身辺護衛に当たるよう命を受けていた方ですし」
「わかりましたから、もういいですよ、モニカ嬢。」
そこで肩をポンと置かれてしまった。
「でもですね。」
「ヴォルデ殿が言ったわけではないですから。まだ彼らに認められていないのは、俺の力不足です。少しづつ改善しますから、ご容赦ください。」
困り顔のレオン様に口をつぐんだ。まだレオン様が領地に帰って1年も経っていない。しかも魔物が現れにくい冬がほとんどだったため、騎士たちとの交流が少なかったと想像される。
「まあまあモニカさん、焦ったって仕方ないよ。こういうのは何かのきっかけで急に良くなったり、日々の積み重ねで徐々に良くなったり、とにかく毎日を頑張って生きていれば必ず改善するものだから。」
じっとこちらを見る瞳には、老獪な知性を感じた。
「そういうものでしょうか。」
そういうものだよ。頷いてしっぽを一振りし、頷いた私の頭をポンとひとなでした。そこには圧倒的な説得力があった。
「お二人は、独特な物差しをお持ちですね。」
隣からまた書類に向かったレオン様の声がした。その時唐突に、耳元でささやかれた気がした。私は何のためにここに来たのか。好きな人と、過ごすため。この3日間忙しくてろくに話せなかった。しかし遠目に姿はお見掛けしていた。しかし、それでいいの?第三王子殿下にわざわざいただいたこの時間、もっとお話をしなくてはもったいないのでは?そして、この機会にもっと、レオン様のことをお聞きしなくてはいけないのでは?
いや待って、まずお話しいただく前に、自分のことを話さねば。フェアではない。
「実は、前世が同じ国出身なんです。」
いろいろ考えた結果、突拍子もない話を突然言い出したみたいになってしまった。カリカリと規則正しく進んでいた手が、ぴたりと止まった。
「ヴォルデさんだけではないんです、ミランダさんも、一緒なんです。」
「あ、ミランダさんも元気?」
「はい、あれから婚約もされて、しあわせそうですわ。」
「そかそかよかった。おめでとって伝えておいて。」
「・・・通りで。」
その呟きを私は隣にいたのでしっかり拾った。小首を傾げれば、レオン様が眼鏡をクイッと上げた。この国の宗教はバレル教で、人は死んだら大地の底にある水の中に魂だけ溜まっていくという考え方だ。転生輪廻の考え方は、古くからある宗教の価値観で、少しばかり珍しい。そういう考え方をするのは、『違う宗教の教会から認定された聖女が見出した勇者一行』の家に細々と残っている程度だった。
「ミランダ嬢とモニカ嬢の話はたまに、聞いたこともない話を二人で楽しげにしている時がありましたから。」
「あ、けして、レオン様をないがしろにしていたわけでは・・・。」
「わかっています、気にしていません。ただ、お二人は俺の前では幾分、肩の力が抜けていたようでしたから。シエナ嬢とか、ライオルト君とか、そういった方の前より気安い感じがしていたので、悪い印象はありませんよ。何を言っているのかはさっぱりでしたが。」
少しだけ口角をあげたレオン様に少しばかり申し訳ない気持ちになった。そう、私もミランダさんも、どうもレオン様と一緒に生徒会にいる時に、前世のネタをやってしまうのだ。ミランダさんがいるというのもあるだろう、前世を通じてあんなに気の合う友人というのはミランダさんが一番だった。二人でシエナ様の応援をして、頭を悩ませていたのだ。そしてレオン様はその意味の分からない話であろうとも、深く追求せずにまたやってる、で流してくれる。だから公爵令嬢とか、伯爵令嬢とかそういう肩書を気にせずに私の憧れだった、ただの学生生活を送れた。
「レオン卿は聡いねぇ。転生輪廻という考え方は、一般的ではないのに。一応説明しておくと、前世というのはね、モニカさんの生まれる前の世界の話だよ。」
「・・・、産まれる前の『世界』ですか。」
「俺とモニカさんは、 天照(あまて) らします神がいる、古い国だった。名は日本。東の果てに浮かぶ島国だ。こことは違う『世界』の国。魔法なんてなかったし、魔力も魔族なんていなかった。その代わり技術は進んでたけどね。」
「魔力がないのに技術が進むんですか?」
当然の疑問だ。道具の大半に魔石と魔力が使われ、それの産出が国力の重要な秤にまでなっているのが今の世界だ。魔力なしに国の発展はありえないし、植物だって魔力を自然から取り込んでいることが分かって来たのだ。魔力の使い過ぎは貧血のような症状も起こす、この世界に生きるものすべてと切っても切り離せない、血液のようなもの。それが魔力だ。
「うん、結構なくても平気なんだよ。」
「もともとなかったから、要らない体になったのでしょうか?不思議ですわ。」
「どうだろうね。代わりのエネルギーはあったけどね。」
「懐かしくて、ミランダさんと、ヴォルデさんとは話が進むんですよね。不思議と。」
クスリと笑うと、真剣な表情になったレオン様がじっとこっちを見ていた。胸の内を覗かれそうな視線に胸が鳴った。
「モニカ嬢はこの国よりもそちらの国が良いですか?」
なんだそんな事か。いったい何をそんなに真剣な顔で聞くのかと思ったら。
「・・・住みやすさで行ったら、そうですね、あっちは護衛なんていらない世界でしたからね。私は前世も女性でしたけど一人暮らしで、夜にコンビ・・・開いているお店にちょっと行ったりとかしていましたから。」
「そうだね、女性が夜に出歩ていてもまあ、襲われることはなかったしね。俺はこっちの治安に慣れるのが大変だった。いや俺って魔族だと小柄なほうだからさ。舐めて襲い掛かってくる奴いるんだよね。そういうのに絡まれたりとか。あっちは街灯があって明るかったよね。」
「夜間の治安を改善しますね。出歩けるように明るくします。」
「ムフフ、頑張れレオン卿!」
ギシッと音を立ててヴォルデさんが立ち上がった。んん、と伸びをしてから、書類が出来たら呼んで~とレオン様への謎のエールを残し、扉から出て行った。
「・・・それで、他には何かありますか?」
あちらの世界にあって、こちらにないものはたくさんあった。でも私にははっきり言っておかなければならないことがある。
「いえ特に。むしろ私としてはこちらの世界のほうが気に入っております。ヴォルデさんのように他種族に生まれてしまっては大変でしょう。しかしわたくしは学校にも通えましたし、友人も出来ました。」
「帰りたいとかは・・・。」
「そもそも帰り方が分かりませんもの。それに、わたくしは父と、あまりいい関係ではなかったのです。18で家を出て、大学に、えっと、学問を分野別に深く学ぶ学校なんですが、そこに行くときにかなりもめまして。それまでずっとアノヒトの、支配下と言いましょうか。ですのでその。こちらの方が、いいかなって。」
言いたくないし、知られたくなかった。でも、私の持っている記憶なのだから、こちらの人に話すのならば、レオン様が一番最初に知ってほしかった。
いつの間にか聞く体勢になっていたレオン様は、私が握っていたペンをそっと取って置いた。
「よろしければお聞きしても?話したくなかったらよいのですが。」
手持無沙汰になってしまった両手を、何の気なしに組んでみたりとしていたら、その上にレオン様の手袋に包まれた白い手が、ぽんと乗った。
「あんまりおもしろい話では無ないんです。もしかしたら私のふがいなさにイライラされるかもしれません。今の自分から見ても、当時もっと、反抗すればよかったと思うのです。」
「そういう過程を経て、今のあなたになっているのですから、俺は、知りたいと思います。」
でも、思い出したくなかったらいいんですよと、慌てて念を押したレオン様に、少し肩の力が抜けた。
「私が生まれた家のことを話しましょう。」
そうして、断片的にではあるがアノヒトのことを話した。もう何十年も前のことだが、胸の奥にあった、あの時の不快感が話し終わるころにはすっとなくなっていくのを感じた。時折、相槌をうったり、共感したり、怒ったり、励ましたり、そうやってくれるレオン様が隣にいたからだろう。話し始めて2時間ほどがたっていた。
「なんだかたくさん話しましたが、心が軽くなりました。」
「俺は貴女が亡くなるのが、納得いきません。もっと早くちゃんと病院に行っていれば。あちらの世界に教会と聖職者がいたら、助かったかもしれません。」
自分のことのように悔しそうなレオン様に、少し笑ってしまった。本当に誠実な人だ。
「でもそこで亡くなったから、こちらに来たわけですし、レオン様にもお会いできました。私は亡くなってしまったのは悔しかったですが、後悔はしておりません。母と祖父たちには愛されていましたし、最後に少しやり返してやりました。その後はどうなったか知りませんが、もういいのです。」
口から出た、もういい。この言葉がすべてだった。アノヒトのことなどもう、どうでもいい。だって今、私は目の前のコノヒトのほうが気になるし、大事なのだ。
「あなたが昔から、声が大きい人が苦手だったのは、こういう理由だったんですね。」
どうやら気づかれていたみたいだ。彼は昔から、よく私のことを見てくれていた。
「はい、今でもたまに。・・・でも、私はこの世界に生まれてきて、よかったと思います。」
この世界に来て初めて母と父の愛を知った。そして他人なのに愛してくれる、公爵夫妻の愛を知った。後から思えば前世にも、気にかけてくれた他人がたくさんいた。私が未熟で気が付かなかった。昔の私では、愛を受け取るには頑なすぎた。自分なんて愛される価値がないと思っていた。他人を信用できなかった。どうしても受け取れなかったのだ。バカは死ぬまで治らない。あれってこういう言葉だったのだろう。
「この世に生まれて、よかった。」
心の底からその言葉が湧き上がってきた。