軽量なろうリーダー

お肉が食べたい人生で、パンを糧にしています

作者: 高月水都

本文

「ビビアン!! お前との婚約は破棄する」

朝のお勤めを終えて、僅かな休憩時間に呼び出されて、王城に向かった聖女ビビアンは婚約者である王太子マーカス殿下にいきなりそんな宣言をされた。

「は、はぁ………」

返事をしたいが聖女は神殿から王城まで歩いていく掟があるので徒歩で1時間……走って30分の距離を早く来いと言われたので必死に走って、何とか20分に縮めたのだ。息が乱れて返事が出来ないのも許してほしい。

「聖女であり、王太子妃に決まっている事実に胡坐をかいて、聖女の務めも疎かにして、王子妃教育すら進まない。最近では身だしなみすら気に掛けずにみっともない格好を晒して、せめて聖女として立派に行動すればいいものを、その肝心な聖女の力も失われつつあると聞いた。そんな者に王子妃は務まらない」

一度言葉が切れる。

「そんなお前を、神殿も破門にすると決定した。その聖衣服を脱いで、即刻この国から出ていけ!!」

宣言と共にメイドたちに罪人のように引っ張られていき、別室で着ていた聖女の証である聖衣服を脱がされ……ほぼ下着姿で追い出された。

がりがりの栄養不足な身体。白を通り越して青白い顔色。ほぼ下着姿。

そんな格好で城を追い出すのは、流石に哀れだと思った見習いメイドが、こっそり自分の古着を着せてくれたことにビビアンは感謝した。

彼女が後で命令違反で罰せられない様にと心の奥から祈っておいた。

さて、そんな感じで聖女をクビになったビビアンだが悲壮感はあまりなかった。

「お腹すいた……」

朝のお勤めをして、休憩時間に僅かな食事をして、昼のお勤め……そんな流れなのだが、食事を抜いて王城に来るようにという呼び出しのために、まだ朝食を摂っていなかったのだ。

目障りだからさっさと消えろと言われたのでバレないようにひっそりと歩いていく。だけど、

「もう……無理……」

お腹が空いてフラフラだったビビアンは、道を歩いている時に見つけたヨモギの葉っぱを毟って口に入れる。

一枚二枚では空腹は満たされないので 他(・) に(・) 食(・) べ(・) ら(・) れ(・) る(・) 野(・) 草(・) を毟り取ろうとするが、

「おいっ!! そんなの大量に食べると体調が悪くなるぞ!!」

と腕を掴まれて止められる。

顔に大きな傷があって、ガタイが大きい人だった。普通の感性を持つ人なら怯えるような雰囲気だが、ビビアンはそれどころではない。

「でも………お腹………」

ビビアンの代わりにお腹が盛大な音を立てて食事を催促する。その音の大きさに腕を掴んだ人はかなり驚いたようだが、

「……………………うちに来い。マシなものがあるから」

と家に招いてくれた。

「美味しい。こんな美味しいものを食べるの初めて!!」

「余り物で作ったラスクをここまで喜ぶと思わなかった」

ストリームと名乗った男性は、パン職人として店を始めたのだが、顔の傷の影響で客が来ないと困っていた。

それでもいつか来てくれるだろうと思ってパンを毎日焼き続けていたから余らせていたと告げたが、一晩経ってラスクとして再利用されたパンはとても美味しかった。空腹で余計そう感じただけかもしれないが、こんな美味しいパンが食べられずにいるなんて勿体ないと思えた。

「ごちそうさまでした」

「ロールパン一個分だけだぞ。まだお腹減っているんじゃ」

「いえ、久方ぶりのまともな食事なのでいっぺんに食べたら胃もたれします」

「久方ぶり……まともな……」

信じられないとばかりに呟かれて、

「――分かった。空腹になったら教えろ」

「えっ? は、はいっ?」

意味が分からなかったのだが、その数時間後にまたお腹の虫が鳴き出したらパン粥を作ってくれて、こまめに少しずつ食べ物をくださって、そのままずるずると数日お世話になってしまった。

「ありがとうございます。こんなにお世話になってしまって……」

「気にするな。――傷を怖がらなかった人に会えて嬉しかったからな。正直、店も畳もうかと思っていたし」

傷を怖がって誰も来ない。話し相手もいなくて寂しかったのかもなと、苦笑いを浮かべて告げるストリームさん。

確かにこの傷では怖がってしまうだろう。だけど……。

「傷が消えた方がいいですか? 人によっては勲章だから消さないで欲しいと言われる方もいますけど……」

聖女時代に重傷を負った老兵が、古傷を撫でて告げてきたことあったのでそこを治さないで他の場所だけ治療したことがある。

「? いや、治るのなら治って欲しいが……」

「分かりました」

古傷に触れて祈る。

どうかストリームさんの傷が治りますように――。

祈りと共に聖女の光が現れてストリームさんの顔を癒していく。

「はっ⁉ なっ!! なんで……」

「久しぶりに成功しました。もう大丈夫ですよ」

「聖女……さま……」

「はい。元聖女です」

お腹いっぱいになって元気になったのでしっかりと答える。

なんて、久しぶりのまともな食事だ。

「今代の聖女は王子の婚約者になってから堕落したと聞いていたが……」

「確かに堕落しましたね。王太子妃の教育と聖女の仕事。どちらもスケジュール詰め詰めで、聖女は欲に溺れてはいけないので移動も常に徒歩。移動時間が掛かってしまうので聖女のお勤めも王太子妃の教育も間に合わないことが多く、よく叱られていましたから」

「へ!? 神殿と王城って、かなり距離があるよな……」

「そうですよ。だから、食事の時間に間に合わなくて……。お肉とかがっつりしたものが食べたいとお願いしたら血の出るものを食べると力が弱まると言われて……」

自分の不甲斐なさを告げ、ついポロリとお肉が食べたいと本音が漏れてしまった。

「お肉や食事を食べる機会は、お布施という形で貰う時だけですね」

「お布施……」

「はい。遠い異国では食器を手にして家々を回り、食材を分けてもらうと神のお言葉を伝えたり奇跡を起こしたそうで……私も以前そうやって食べ物を分けてもらいました」

「もしかして……顔の傷……」

「あっ。はい。食べ物を貰いましたのでお礼です。――聖女は欲を持ってはいけないからそんな施しを受けてはいけないと散々言われてしまったのですけど……」

「…………それ、俺の勘違いじゃなかったら。食事をまともに取らせずに、移動も徒歩と命じて、無給で働かせて、本人の限界値を超えて働かされ過ぎて力が弱まっただけじゃないのか」

「……………そうなんですか?」

知らなかった。

「えっと、ビビアン。お前の力が喪われていないと知られたら、また骨の髄まで利用されるぞ。今すぐ馬車で」

「馬車は欲を持ってしまうから禁止で……」

「あんたは元聖女だろうが、もう乗っても大丈夫だ!! というかそんな変な決まりを守るな。って、この時点で不安だ」

顔を覆うように呟いたと思ったら。

「どうせ、店も畳むつもりだったんだ。丁度いい」

ストリームさんが理解できないことを告げたと思ったら。

「旅は道連れ。世は情け。――異国の言葉だけど、この場合ぴったりだろう。利用されない場所まで逃げるぞ」

と誘われる。

「えっ、ですが、ストリームさんに迷惑……」

「安住の地を見付けたらお肉を好きなだけ食べられるぞ」

「お肉!!」

「この顔の傷がすぐに治ったら怪しまれるし、いい機会だったんだよ。一人でいるよりもリスクは少ないだろう」

手を差し出されて、つい手に取ってしまった。

けして、お肉に釣られたわけではない。お肉も心惹かれた理由だけど。それだけではなく。私を気遣ってくれる言葉など久しぶりに聞いたのだ。

服をくださったメイドさんと言い、ストリームさんと言い、いい人がいるなとしみじみ感じながらストリームさんの言うがまま遠くの国に旅立った。

後日。

私は、遠い異国でパン屋の奥さんをしながら、たまに治療院のお手伝いをすることにした。お布施……感謝の心があれば聖女の力も回復するようで、こっそり、治療院の薬の効果を高めたり、薬効の効き目が切れる時期を遅らせている。

それと同時にパン屋に来てくれたお客さんにもいいことがありますようにとお祈りをこっそりしている程度だ。

それくらいならバレないだろうとストリームさんが太鼓判を押してくれたのだ。

元の国はどうなっているか聞かないが、もともと能力が失くなった聖女だと判断されての追放だったし、影響はないだろう。

まあ、メイドさんが心配だったが。

そんなこんなで、優しい旦那さまの作ったパンを美味しく堪能して、念願のお肉を食べる日々を満喫している。

「お肉ばかり喜んでいないか………いっそ、肉とパンを一緒にしたものを作れば………」

とストリームさんが呟いているが、ストリームさんが居なかったら私はとっくの昔に絶望していたし、死んでいただろう。

こんな私がストリームさんに会えたのは幸運だ。だから、お肉と張り合わないでくださいと思ったけど、そんなストリームさんが好きなので何も言わずにそんな様を見ていた。