作品タイトル不明
閑話 怪しげなお菓子
真っ暗な空の下、飛びながら苛立ちから舌打ちが出る。
倶利伽羅龍王から話がしたいと言われ、龍族との友好を築けると思ってやってきたが、出てきたのはまさかの人間。
あの瞬間に舌打ちが出そうになったのを止めたことを、褒めてもらいたいくらい。
ただ、相手がただの人間だったなら、まだイラつきもここまでではなかった。
まさかのヴェレスと繋がっている人間であり、厄介な事案を私が引き受けてしまったのだ。
元より私はヴェレスの抹殺には賛成していたこともあり、話し合いの場を設けることになってしまったと報告するのが非常に嫌だ。
ヴァルステラかナハスに押し付け、私は早々に関係ないことにすることも考えたのだが……。
ナハスは先ほどから上の空、ヴァルステラは私への忠義は深いが、いかんせん嘘をつくことができない。
全てを放り投げたいところだが、巻き込まれてしまった以上、私が全責任を背負わされることは確定している。
頭を抱えたくなるが、出世への近道と思って倶利伽羅龍王との話し合いに名乗り出たのは私自身。
その賭けに負けただけであり、ツイていなかったのも自己責任。
とはいえ、やはり利がない上に、あまりにも面倒くさすぎる案件に、考えるだけで頭が痛くなってくる。
何も気にしていなさそうにしているナハスやヴァルステラが羨ましく思える。
私が二人を見て、初めて羨ましいと思う感情を向ける中、ずっと余所見をしながら飛んでいたナハスが話しかけてきた。
「なぁハラリエル。さっきもらった菓子を食べてもいいか?」
「ずっと余所見をしていると思っていたら、そんなことを考えていたのか。……はぁ、別に構わないが、毒を盛られていたとしても自己責任だぞ」
「あの場で毒入りの菓子を渡さねぇだろ。腹も空いていたし、何か口に入れたい」
私が頭を抱えている中、菓子のことを考えていたと知って、ため息が出そうになる。
ナハスではなく、もう少し頭のキレる奴を連れてきたかったが、天使族の中でも腕が立つのは事実だからな。
毒入り菓子で死んだとしたら、問答無用で話し合い自体が決裂になるからいいか。
佐藤からもらった菓子を取り出しているナハスを無視し、私は飛行速度を少し上げた。
「――うおおおお! な、なんだこりゃ!?」
何も考えず天使界に戻っていた中、後方を飛んでいるナハスが大きな声を上げた。
本当に毒入りだったのかと思い、思わず振り返ったのだが、特に苦しんでいる様子はない。
それどころか……初めて見せる満面の笑みを浮かべていた。
いつもふてぶてしいナハスが笑顔を見せたことに、思わず移動を止めてしまう。
「ナハス、そのお菓子がどうかしたのか?」
「とんでもねぇぞ、これ! ハラリエルも食ってみろ! 飛ぶぞ!」
「……い、いや。私は――」
正直気になったものの、ヴェレスと通じているであろう佐藤から渡されたものを食べる勇気はなく、断ろうとしたのだが、ナハスの隣にいたヴァルステラはすぐに受け取った。
そして、私が制止する間もなく、ナハスから受け取ったお菓子を口へと入れた。
「お、おい。ヴァルステラ! そんなものを食べるなんて危な――」
「う、美味すぎる……? 甘い。旨い。甘い。旨いが繰り返されているぞ! ハラリエルさんも食べた方がいい!!」
ヴァルステラはそうとだけ言うと、ナハスから更にお菓子を奪うように受け取り、二人は貪るように食べている。
危ない薬の類でも入っているのではと疑いたくなるほどの変貌ぶりに、ますます疑念の気持ちが強くなるが、そんな私の疑念とは裏腹に、みるみると減っていくお菓子。
……食べたくないと言えば嘘になる。
ナハスの笑顔は初めて見たし、こんなに取り乱しているヴァルステラを見るのも初めて。
本当に何もなく、ただただ堕天使であり凶悪なヴェレスすらも虜にしたお菓子だというのであれば、ここで食べられなかったというのは一生ものの後悔になるだろう。
面倒ごとだけ引き受け、今のところは何の恩恵も得られていない。
このお菓子が危険なものであったとしても、少しくらいは恩恵を得たい。
そんな感情も相まって、必死に疑う理性とは裏腹に、私はナハスの下に近づいてお菓子を要求していた。
「やっぱりハラリエルも食いたいんだな! マジで飛ぶぜ?」
「毒見も兼ねて一つだけだ。危険なものを天使界に持っていくわけにはいかないしな」
そんな言い訳を並べてから、ナハスから個包装されたお菓子を一つ受け取った。
そして、恐る恐る開封してから、口の中へと入れる。
その瞬間――口の中に広がったのは、混じり気のない強烈な甘み。
そして、すぐに旨味も舌の上で大暴れしている。
私が普段口にしていたものは雑味のオンパレードだったのだと分からされるほど、あまりにも洗練された美味しさ。
お菓子一つで心が揺さぶられるとは思っていなかっただけに、脳がぐちゃぐちゃに揺れる感覚に襲われた。
冷静さを取り戻すため、一度食べる手を止めた方がいい。
揺れ動く頭の中ではそう分かっているのだが、私は次のお菓子を要求していた。
そして、上空で立ち止まった私たち三人は、佐藤から頂いた全てのお菓子をものの十分ほどで、奪い合うように食べ尽くしたのだった。