作品タイトル不明
閑話5.秘書官の仕事
秘書官としての僕の仕事は多岐にわたる。
書記官じゃないのに書類仕事もさせられているけど、一番はクロード様の日程調整だ。とは言っても、クロード様は僕以上に記憶力があるうえ、ご自分の行動はご自分で決めて動く人。
つまり、一応体裁として日程調整をしているだけだ。
そのため、主な仕事が書類仕事なわけだけど、秘書官としてもう一つ重要な仕事は、クロード様に届く手紙の選別。
総括執事が邸宅に届く手紙を振り分け、当主のものは秘書官がそこから重要度に合わせて当主に渡す。
僕は、今日もクロード様宛の手紙を手に取り、そのうちの一通に目が留まった。
これは、すぐにクロード様に見せないと。
そう思い、ほかの手紙とは別に仕分けする。
ちなみに、現在クロード様はリーシャ様とお茶を飲んでいるはず。
昨日は、リーシャ様のご家族と完全に決別した日。不仲だとは知っているけど、やはり思うところがあったのかもしれない。
ベルディゴ伯爵一家を邸宅から追い出したあと、クロード様はリーシャ様のお部屋で何かお話しされ、その直後、執務室にやってきたクロード様が珍しく深くため息を吐かれたのが印象的だった。
家族の事を根ほり葉ほり聞くのは戸惑われ、何も聞かなかったけど、今日もまたどこかおかしいクロード様が執務室に現れたので、やはり昨日の今日で、リーシャ様の事を少し心配しているのかなと思った。
僕が手紙の選別を終え、溜まっている書類仕事に精をだしていると、がちゃりと扉が開かれ、クロード様が入ってくる。
「お早かったですね」
「なんだ、戻ってこない方がよかったのか? お前があれを全部やりたいというのなら、喜んでお前の成長のためにやらせてやってもいいが?」
「戻ってきていただけてすごくうれしいです! あ、これ確認お願いします!」
クロード様の執務机に束になった様々な書類を横目に眺め、即座に誤魔化す様に笑う。
絶対に嫌だ。
人間やめてるような、クロード様やラグナートさんと一緒にしないでほしい。
全力で拒否して、話を変える様に書類を突き出す。クロード様は、僕の机の前で書類を眺め、一瞬にしてダメ出しをする。
「外交費概算が甘い。もっと細かく計算しろ。一応国賓として赴くのに、少なすぎる。外遊じゃないんだからな。一体何を参考にしたんだ」
「……一応過去の外交記録からなんですけど」
「ただの外交なら外務に残ってる記録でもいいが、国賓クラスなら話は別だ。皇族の外交費を参考にしろ」
今度、皇帝陛下のご命令で隣国に夫婦そろって赴くことになっている。
ヴァンクーリの件で、だ。
ヴァンクーリの毛を刈る年に盛大な祭りが開かれ、各国招いての舞踏会が開催される。それに毎回参加していた皇女殿下が行けなくなり、その原因になったクロード様にその役目が回ってきた。
国賓として赴くのだから、皇室からもお金が出る。その外交費概算を僕がやらされていた。
これ皇宮の仕事じゃん、と思ったけど僕に外交費の計算経験を積ませるために仕事を持ってきたらしい。
ありがたいことだ。
全然うれしくないけど。
「そういえば、リーシャ様は大丈夫ですか?」
書類を返してもらいながら尋ねると、クロード様が執務室の椅子に深く腰掛け、頬杖をつく。
「……色んな意味で大丈夫じゃないかもしれないな」
どういう意味だろうか……。
「お前は結婚したら、妻に何と呼ばれたい?」
「ええと……普通に名前でしょうか?」
現在その結婚なんて夢のまた夢みたいな状況なんですが。
むしろ嫌味かもしれない。ご自分が結婚したからってマウント取ってるんだろうか……。
いや、まあクロード様が本気出せば――いや、出さなくても結婚しようと思ったら簡単に結婚できたけど。
実際結婚したし。求婚してすぐに。
「……そういえば、クロード様はリーシャ様に呼ばれていませんね」
リーシャ様はいつもクロード様の事を旦那様と呼んでいる。
で、一体何が言いたいんでしょうか。
というか、僕の質問の答えが色んな意味で大変で、その後の名前呼びと、何が関係あるんだろう。
「家族の事よりも、私の言ったことで悶々と考えているところがなんとも言えなかったな」
「はっ?」
「リーシャが家族との件で何か礼をしたいと言い出したから、名前で呼んでくれと言ったんだ」
「……それが、何か?」
クロード様が何かを思い出したかのように、口元に指をあて口角を上げた。
「いや、名前を呼ぶときの決死の覚悟の様子がむず痒かった」
なんだろう……聞いてるこっちが恥ずかしいですけど!
え? リーシャ様落ち込んでると思ったけど、実はクロード様の名前を呼ぶか呼ばないかで悩んでいるってことですか? ちょっと純情すぎやしませんか? いや、リーシャ様はまだお若いし、男女の機微とかよくわかっていなさそうだけど!
それで、その姿にクロード様は萌えていると? え、どんなバカップル――ではなく夫婦なの?
「これで少しは私の事も考えるようになるだろう」
一歩進めたいけど、進めない。
やっと名前で呼んでもらうところまで進んだ、そういうことか。
めちゃくちゃ遅い歩みですねって、つっこんだらクロード様に殺されそう。
そもそも、僕はのろけを聞くためにいるんじゃないですけどね!?
僕は、もう勝手にやってください、と独り身で泣きたくなるところをグッとこらえて、クロード様が絶対嫌がりそうな手紙を渡す。
「クロード様、こちらすぐにご確認ください」
「なんだ?」
クロード様が手紙を受け取り、くるりと後ろに返す。
そこに押されている封蝋に、眉を顰めた。
「また面倒なものが……」
封を切り、中の手紙を読み始める。
そして、突然立ち上がった。
「ディエゴ、しばらく皇宮に行く用事ができた」
「え? 今からですか?」
「いや、明日から三日ぐらいだな。お前もだ」
「僕もですか?」
「ああ、明日までにそれ片付けておけ」
え? これを?
机の上の書類を見て、茫然とする。
クロード様は、呼び鈴でラグナートさんを呼び出していた。
え? 本気で?
「早くやれ、明日は朝早くから出るぞ」
クロード様は、先ほどまで緩んでいた口元を引き結び、今度は猛然と書類に向かい始めた。
この間、期限は三日だって言ってたのに……。
領地にご帰還されていた時みたいに、どうか僕に自由をください!