軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22.本当に《偉い》事実

ガタリと音を立てて立ち上がり、わめいている父の振る舞いを、わたしは冷めた目で見つめながら、旦那様との会話を思い出していた。

精神疾患――旦那様はある意味間違いじゃないと言っていたけど、本当にその通りだと思う。

悪びれもなく、自分を正当化し、悪なのはわたしだと決めつける。

これが一族の当主かと思うと、頭痛がしてきた。

できれば、ここがどこかを思い出してほしいんだよね。

あなたがたは完全に招かれざる客で、旦那様が一言追い出せとでも言えば、抗う事もできずに追い出されるような身であることを。

今、旦那様が聞くに堪えない会話を聞いているのは、わたしが黙って聞いているからだ。

「なんとか言ったらどうだ! 父親の言葉を無視するとは、やはり育て方を間違えた! 公爵様、悪い事は言いません。やはりリーシャは公爵夫人には不適格だと言わざるを得ません」

「その通りですわ! このように家族を陥れる子――、きっといつかリンドベルド公爵家にも災いをもたらす事でしょう」

離婚されるというのは、女性にとって不名誉になる。

もちろん、相応の理由があれば世論が味方してくれるけど、わたしと旦那様が離婚した場合、世論の味方はリンドベルド公爵家にいく。

どれだけ旦那様がわたしに対し悪行を行っていても、それを覆すだけの影響力はあるのだ。

とりあえず、この人たちはきちんと話を聞いていたのかな? 皇帝陛下がすでにお認めになられているんだから、どう動いたって無理に決まっているのに。

「お父様、お継母様、お姉様……」

わたしが静かに声をかける。

割り込んだわたしの声は、自分でも驚く程冷たかった。

「すでに、書類の一切は受理されています。この先、リンドベルド公爵家に迷惑をおかけにならない様に、お過ごしください」

もうすでに、伯爵位は旦那様の手の内にある。

そして、その次代の継承はわたしの子供。

「リーシャ、わたくしは覚悟を持って領地を継ごうと思っていたのよ!? 領民をこれ以上苦しめるなんて――」

「誰が苦しめていたかは、お姉様たちが一番分かっておりますよね?」

領民の言葉に耳を傾けず、放置してきた彼ら。

北の大地は作物が育つにはあまり適してない土壌が多い。それは、ベルディゴ伯爵家も同じだ。ただし、先祖はあの地に根を下ろし、長い時間をかけて開墾してきた。その功績もあって、伯爵位として叙爵されたのだ。

作物が育ちにくくても、領地はそこそこ広い。上手く活用して、人々を守ってきた。

鄙びた田舎領地とよく言われる。

だけど、少なくとも困窮して民が逃げ出すような事は、未だかつてなかった。

「お金は無限に生み出されるものではありません。過去の領主が苦労して開墾してきた大地を、土足で踏みにじるように搾取したのはあなた方です」

はじめは少しは同情もした。

父に自由になるお金が少ないがゆえに、彼女たちが苦労したのは事実かもしれない。

だから、ベルディゴ伯爵家の正妻となり子女となった時は、過去に戻りたくないと願ったのは理解できる。

だけど、やりすぎた。

わたしを陥れるのはまだいい。

守るべき民を裏切るような行為は、もはや領主一族ではない。

「借金のほとんどは賭博によるものです、お父様。わたしが知らないとでも思ったのですか? わたしがベルディゴ伯爵令嬢だった時からずっと苦労させられてきました」

「ふん、私にも付き合いというものがある。下級貴族のように金を気にしていられるか」

「その借金の返済をしていたのは誰だと思っているのですか? わたしです。足りないお金の工面にどれほど苦労したかご理解いただけていますか? まさか、降って湧いたと言いませんよね?」

「あれくらいの金額で――」

「お継母様もお姉様も、収入以上の支出は常にされておりましたが、それら全てを合わせますと、皇都で庭付きの屋敷が買えます」

さすがに一等地には買えないけど、それでもかなり上質な土地に建物付きで買える。

財政が悪化していったのは、主にこの賭博の借金のせいだ。

「まあ!? あ、あなた! そんなに借金していたなんて! わたしたちにはドレスも宝石も我慢する様におっしゃっていながら!」

「そうよ! お父様さえ質素倹約につとめていましたら、このような事にはならなかったのに!」

「お、お前たち! たかが平民の娼婦風情を正妻にしてやっただけでも寛大な処置だったのに、慎ましく生活するのはお前たちの方だろう!」

家の恥をここでさらけ出さないでほしいな……、今更だけど。

旦那様は、わたしの実家の人間がどんな性格か求婚の時に理解しているけど、ミシェルとロザリモンド嬢は違う。

話に聞くのと実際に目のあたりにするのとでは違うはずだ。

「ところで、結局お父様たちのお話は、爵位の件だけですか? それならすでにお話は終わりましたね。お帰りいただいてもよろしいでしょうか?」

こっちは事後処理で色々忙しいんで。

旦那様もこの茶番劇を飽き飽きしたように見ている。

人間の本性なんて、こんなものだ。

「まて! まだ終わっていない!」

ですよね? だって、爵位を剥奪されて、もうどうしようもないって分かった後の事、知りたいでしょう?

「旦那様もおっしゃいましたが、今後会う事もないでしょうから、言いたいことは全て言っておいた方がよろしいでしょうね。わたしも覚悟していますし」

「まるで自分が偉くなったようだな、リーシャ! どんなふうにお前が私たちを陥れたのか、社交界に流してやってもいいんだぞ?」

本当に頭が悪い。

はじめから期待していなかったけど、本気でそれを言っているのなら、旦那様を見くびりすぎている。

「どうぞ?」

旦那様が突き放すように言った。

その言葉に、父は何を言われたのか理解できないという顔で呆然と旦那様に顔を向けた。

「は?」

「だから、やってもらっても構わないと言っているが?」

「そ、それは……」

本気で理解していない相手に、いちいち説明するのは疲れる。

「社交場に出入りできるのなら、の話だがな。まさか、爵位を失った自分たちがいつまでも招待されるとでも思っているのか? ああ、きっと面白おかしく招待してくれる貴族はいるだろう。せいぜいそこで悪評でも流してみてくれ。ただし、恥をかくのはどっちだろうな?」

「お、脅していらっしゃるのか!?」

「脅す? 違うな。脅しているのは、そちらだろう? リーシャを怒鳴りつけ自分を優位に立たせようとする。小物のすることだな」

おや? と隣に座る旦那様を見上げた。

なぜか、とても不機嫌そうだ。

もちろん、こんな馬鹿馬鹿しい話し合いに参加している時点で機嫌が悪くなる要因はたくさんあるけど、ちょっと違う。

なんというか……、わたしに対する家族の態度に苛立っている?

「それから、間違っている事を指摘するのも面倒だが、リーシャは 偉い(・・) んだ。なにせ、この国では女性序列第三位だ」

我が国において、女性の序列は夫の爵位による。

未婚の令嬢の場合は、父親の爵位序列に準じた挨拶を受けられるが、正確に言えば、立場的に最下位の序列で全員同列だ。

その中でも、当然皇女殿下はこの序列には当てはまらない。

皇族という貴族ではない彼女の序列は結婚するまで、皇族序列で数えられる。

そのため、現在の女性序列一位は皇妃陛下、次いで皇女殿下、そしてこの国の貴族序列一位であるリンドベルド公爵夫人であるわたしが第三序列になるのだ。

旦那様が言った、 偉い(・・) というのは比喩でもなんでもなく、事実の事柄。

いくら血の繋がった家族でも、この序列はきちんと守るべきことなのだ。