軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

追伸

母の日記を読み終わった翌日。

僕はルーカスを初めて母の墓へ誘った。

日記を読んだ今となっては、本当に血の繋がりが一滴もない叔父なのだと改めて実感し、正直複雑な気持ちでもある。しかし母の真実を知った今、一緒に墓にいくならルーカス以外にいないとリジィが強く言うので、そうしている。彼女に言われなければきっと僕は叔父を誘う踏ん切りがつかなかっただろう。当のリジィはまずは僕らだけで、自分は後から行くと言ってきかず、まだ馬車の中にいる。

「お前から墓参りに行きたいだなんて、いったいどういう風の吹きまわしだい?」

母の墓は二つある。

ブルンスマイヤー家の霊廟と、レトガー家代々の墓地にあるのとで二つだ。

霊廟の方はご先祖様全員と一緒くただから、個人の墓というならばレトガー家のほうになる。

僕たちは個人の方、レトガー家の墓地へと向かっていた。

小高い丘に整然と百近い墓が並んでいる。どれも似たような形だったが、ルーカスは迷いなく母の墓へと進んでいった。

「エミーリアはここだよ」

存外新しい感じのするそれを指さし、叔父は穏やかに目を細める。

「といってもここに彼女の体はないけどね。父なりの僕への気遣いだったんだろうなぁ。厳しいくせに肝心なところで優しさを見せてくる。本当に嫌な爺だよ」

レトガー公爵も随分な言われようである。

僕も叔父の意見を否定はしないが。

墓地という場所にしては、見晴らしのいい気持のいい場所だ。

丘を吹き抜ける風に僕たちはしばらくの間、黙って撫でられていた。

「リジィが母の日記を見つけたんです」

「エミーリアの?」

頷くと、叔父は目玉が飛び出そうなほどに目を見開く。

「一体どこに……!」

「ピアノの中に」

「そんなところに、ずっと……」

秘宝が自分のすぐ近くにずっと眠っていたことを知り、叔父は珍しく動揺の色をあらわにした。額に手を当て、日記について何から尋ねたらいいのかわからず戸惑っているようだ。

「叔父上のことばかり書いてありました」

「……うっそだぁ」

なんだその口調は。初めて聞いた。

「最後には僕への手紙らしきものもありました」

「……そうか。彼女はなんて?」

母から僕への手紙は、日記の最後のページでもあった。

これから生まれてくる僕への謝罪と、心配が内容のほとんどを占めていたように思う。

私は死んでしまうから、あなたに何もしてあげることができません。ルーカスはあなたを強く厳しく育てるでしょう。それこそレトガー家のやり方で育てるかもしれません。あなたは普通の子供時代というものを経験することができないでしょう。

それでも、あなたのことを救ってくれる人は必ずいると、私はなぜか信じているのです。ルーカスはもちろんだけれど、もしかしたらレトガー家が、ライラが、それとも私も知らない誰かがあなたを助けて、救ってくれるかもしれない。

どうかこんなことしか言い残せない私を怨んでください。許さないでください。それすら嫌ならば、忘れ去ってくれても構いません。

それでもいつかあなたが誰かを心から愛して、愛されることを願っています。

「凄く、まっとうだ……」

「その感想はどうかと思います」

「いやいや、凄くまっとうだよ。彼女にしては」

叔父は母のことをなんだと思っているのだろう。

「いやぁ、そうとわかると、なおのことリジーアがお前と結婚してくれてよかった。こんな未来はエミーリアも予想外だったんじゃないかな」

うんうんと一人頷き、よかったよかったと繰り返す姿はどこか年寄くさい。

この人はいつもこうだ。

飄々としていて、嘘くさく、そのくせいつも本気だ。

「……叔父上は僕が憎らしくはなかったのですか?」

「なぜ?」

本当にわからないという顔をされ、こちらがたじろいてしまう。

「僕はあなたからエミーリアを取った男の息子でもあるし、僕がいなければ」

「エミーリアは死ななかったって?確かにもう少しは長生きできたかもしれないな。でもそれは彼女の望みじゃなかった。そういうことは、もうとっくに僕の中では解決している部分さ。お前は人の気持ちがわからないくせに、そういうところは考えすぎるきらいがある」

この場にリジーアがいたら、暴れだしそうな台詞だ。

「リジーアがいたら、僕は今頃ぼこぼこにされてるな」

とてもよくわかっているではないか。

日が傾き、影が伸びる。

風は濃い草の匂いを運び、空はどこまでも続き、家々は小さかった。

唐突に母の夢を思い出した。

「日記には母の夢も書いてありました。王宮で働いて資金を貯めて、田舎にアトリエ付きの家を買うことだと。きっと……」

その家はエミーリアとルーカスが暮らすための家だったのだ。

二人が幸せに暮らすための、夢の家だった。

どうしてか言葉を繋げずにいる僕に、叔父はそうか、とだけ優しく返した。

意外なことに遠くを見つめる彼の横顔はどこか満足げで、その一方で寂しげにも見えたのであった。

「ベルンハルト。そろそろリジーアを呼んできなさい。僕はここで待っているから」

有無を言わせない調子で、叔父は微笑む。

逆らう道理もなかったので、言われた通りリジィを迎えに行こうと数歩丘を下りて、はたと僕は振り返る。

「ルーカス」

珍しく名前で呼んだ僕に、彼は目をぱちぱちと瞬かせる。

「僕はやっぱり母のことは好きになれそうにない。でも、あなたのことは尊敬しているし、ちょっとどうかと思うところもあるけれど、心から感謝もしている。それはエミーリアを愛しているあなただったからなのだと、今は思う。あなたがこの世には唯一の愛情があると教えてくれたから、僕はリジィを好きになれた。……だから、ありがとう」

自分でもらしくないことを言っているという自覚はあったが、それでも言葉にしてよかったと思う。

ルーカスはグッと喉から詰まった音を立てて、それからくしゃりと笑った。

「どういたしまして」

彼にしては珍しく掠れた声だった。

「ベルンー!」

丘の下から声がする。

いつまでも呼びに来ないことを心配したのか、リジィが大きく手を振っていた。

彼女に手を振り返し、大丈夫だと微笑む。

ここにいる僕たちがエミーリアの間違いの結果なのだとしても、僕は大丈夫だと微笑むだろう。