作品タイトル不明
93.新たなる足跡
アルトとの戦いを終えたカリンは、崖上に腰を落ち着かせていた。
自分が放った【 雷鳴龍焉矢(アグネヤストラ) 】を受けながらも、身体に深手は負っていない。むしろ、余力を残しているようにすら見えた。
自身が放つ一撃を、まさか弾き返されるとは思わなかった。
”これを当てれば勝てる”その認識が、裏目に出るとは……とカリンは微笑んだ。
(儂は、戦いの中に勝利ではなく悦を見出そうとした。アルトは最初から、勝利だけを見ておったな)
それが決定的な勝敗を分けた。
カリンはそこまで負けず嫌いではない。
勝つことが全てではない。負けて学ぶことも多くある。
だからこそ、カリンは敗北を良い事だと捉えている。
アルトに負けても、笑っていられるのは嬉しかったからだった。
「数百年ぶりに負けた。案外、悪くない気持ちじゃな」
「何笑ってるの」
その数百年前、カリンが敗北した相手……後ろからレインの声がする。
カリンは振り返ることなく、不機嫌そうに半眼になる。
「なんじゃ」
「あっ、あの変な口調やめたんだ、カリン」
短い足でスタスタと歩き、レインも一緒に横へ座る。
「お主がババア臭いって言うから昔に変えたんじゃろうが」
「そうだっけ」
「またゲンコツするぞ、チビ」
レインが咄嗟に頭を両手で隠す。
カリンに本気で怒っている様子はない。
戦友とは名ばかりで、昔はよく喧嘩をしていた。
お互いの考えが相容れず、いつもぶつかり合っていた。
それでも、友だった。
「『お主の大事な人を殺す』なんて、カリン演技下手くそ」
「なんじゃと!? 嘘がバレバレじゃったか!?」
子供騙しが嫌いなのは本当だ。
アルトは戦いだけでは本気にならない。徹底的に、カリンを敵だとみなさない限り優しさが混じってしまう。
その本質を見抜き、煽るしかなかった。
レインがつぶやく。
「本当は、カリンが一番死を恐れてる癖に……」
誰よりもカリンは優しく────命を大切にしている。
「儂はな、未だ夢で戦っておる。【 深き根の祖霊樹(ヴァーミリアン) 】が夢に出てきて、屍人が儂を責める」
剣戟の音、爆発音、人の悲鳴……耳に残って仕方がない。
記憶から離れず、自身の体を蝕んでいる。
いつになったら、この地獄から解放されるのだ。
「まだアルトが欲しいなら、私が相手をするよ」
レインの元にいては、勿体ないと思ってしまった。
でも、カリンは戦いに負けた。
「儂は負けたら大人しく引き下がる。今は友として横に居れ」
カリンが瞼を鋭くする。友と雑談を交わしたのは、いつぶりだろうか。
長いこと、戦いに明け暮れていた気がする。
レインがその責務から逃れたいと思った気持ちを、アルトに負けてようやく分かった気がした。
(強者が自らの論理を振りかざし、力を振るえば世界は簡単に変えられてしまう……か)
ただし、世界を変えた者はその責任を取らなけれなばらない。
レインはそれを昔から恐れていた。
カリンにその責務が重く圧し掛かっているのは、言うまでもない。
初めて、レインが羨ましく思ってしまった。
「アルトに世界の責務は負わせない。背負うべきは、私たちの役目だよ」
「沢山の人に愛され、守られておるようじゃな」
「そうだよ。アルトは……自分がみんなを守ってるつもりみたいだけど、本当はみんなに守られてる」
可愛いよね、とレインが言った。
愛されることが好きなレインが、誰かを愛でている。
「お主、変わったの。チビではなくなったようじゃな」
レインがムッと頬を膨らませた。
「儂も、肩の荷を降ろしたいのぉ」
空を見上げ、風を感じる。
「この後、どうするの?」
「どうするかのぉ……」
世界最強の魔剣使い、カリンは居場所を探していた。
*
イスフィール家の屋敷で、アルトは目を覚ます。
気がつくと、ベッドの横でウルクが眠っていた。
そういえば、あれから気を失ってたんだっけ……。
ウルクを泣かせたことが気恥ずかしく、俺はゆっくりと体を動かす。
ザザッ……と布団が掠れると、その音でウルクが起きた。
「んっ……アルト!」
「お、おはようございます……」
なんとなく懐かしいような光景に、嬉しさを感じる。
ウルクもそう思ったようで、お互いに目を合わせて固まってしまう。
ふとウルクの涙を思い出す。
沈黙が続きそうで怖くなり、俺は話題を切り出す。
「う、ウルク……俺ってどのくらい眠ってたの?」
「だいたい一週間くらいだ……良かった、目覚めて」
一週間も……!?
驚いて背筋を伸ばすと、鋭い痛みが走る。
その間に試験は!? あの後、カリンさんは……?
色んな不安が頭を過る。
コンコン……とフレイが扉をノックする。
「扉、あけっぱだけど、一応ノックはしたからね」
「フレイ!」
「アルトくん、目覚めて良かった」
俺の傍へ軽食を置いて、フレイが教えてくれる。
試験は無事に合格し、俺とウルクは成績を鑑みて勉学ともに卒業ラインを超えているとのこと。
つまり、卒業資格を得ることができた。
まぁ……Sランク冒険者と戦って勝った生徒を、数年も在籍させるのは体裁が悪いとのことだった。
好きな時に卒業して欲しい、という扱いみたいだ。
カリンさんはあの後、姿を消したようで、ダンジョン内部の破損、仮想とはいえ山が数個ほど消し飛ぶ爪痕が残されていた。
それを見た一部の先生たちが気絶したらしい。
「まぁ、あれは人の戦いを超えていたからね……最後の技、どうやったんだい?」
「……刀身に【洗濯】を掛けて、滑るようにしたんだ。かなり早く剣を斬り返さないと、熱で蒸発しちゃうからかなり難しいんだけどね……それで魔法を弾き返したんだ」
最も、魔剣の隠れた性質を直感で知ることができなければ分からなかったが。
あの身体強化の上位互換のような力の反動で、俺は眠っていたとも言えなくない。
そのこともフレイへ伝えると、瞼を閉じて真剣に考え込む。
「確かに、魔剣の中には特性がある。俺も詳しくは知らないけど……」
カリンさんの魔剣にも、そういう力があったはずだ。
それを使わなかった……? つまり、本気じゃなかったってことなのだろうか。
「それは、魔装じゃよ」
緊張が走る────。
カリンがいつの間にか、部屋の窓際に立っていた。
「カリン……さん」
「元気そうじゃな」
ウルクが俺の前に飛び出した。
「何が元気そうだ! 貴様のせいでアルトが傷ついたんだぞ!」
「うるさいの~……儂だって申し訳ないと思うとる。じゃから、こうして見舞いに来てやったのじゃろうて」
そう言って、俺のベッドへ薬草を投げる。
「ほれ、これを煎じて飲め」
「あ、ありがとうございます……」
少し、驚いていた。
てっきりまた戦おう、とか、負けは認められぬ。って言いそうと思った。
カリンさんって……実はそこまで負けず嫌いじゃない……?
「儂は薬草に関しては知識がないからの。知り合いに頼んで【調合】してもらったのじゃ」
カリンさんの知り合い……なんか、また規格外な人が出てきそう……。
その言葉を飲み込み、先ほど出た言葉を問いかける。
「あの、魔装ってなんですか?」
「魔装は、魔剣が隠し持つ力を解放することじゃ、無論大きな負担を強いる。下手をすれば命を失う危険すらある力じゃ。無意識にそれを使うのは、まだまだ制御が足りん証拠じゃな」
カリンはさも平然に告げる。
あの状況は危険だったらしく、四肢がもがれても不思議ではなかったと。
……俺の魔装か。
魔剣が危険だと言われている理由は、制御が非常に難しいから。
魔剣を異名に持つ【魔剣使いの焔龍王】のカリンさんって……どこまで扱えるんだ。
「カリンさんが魔装をしなかったのは、なんでですか」
もしかして、俺が勝てた理由は手加減されたからだろうか。
そう思うと、つい語気が強くなってしまう。
「戯け、そこまでする奴がおるか。儂にとっての魔装はお主に比べ、リスクがデカすぎるのじゃ」
炎の魔装……か。
確かに想像すると、どんな強力な炎が出てくるかは想像に容易い。
カリンさんの剣からは、下手をすれば自身すらも燃やし尽す力を感じられた……。
「まぁ、魔剣を持つ者の宿命じゃな。武器に困らされるのはお主も儂も……そこの娘も変わらぬようじゃな」
「……え?」
ウルクが虚を突かれた声を出す。
俺も驚き、思わずウルクを見た。
フレイが静かに視線を逸らす。
ウルク本人は言葉の意味が理解できないようで、困惑している。
「な、なんのことだ……?」
「おや、知らぬのか。余計なことを言ったかもの」
ウルクが追及しようとしたところで、廊下から物凄い足音が聞こえてくる。
「アルト様~!!」
「レア王女殿下!?」
久々に会うような気がして、一瞬だけ飛びつかれたことにドキッとしてしまう。
「心配致しました! わたくし、アルト様が傷ついて目覚めないと聞いてから眠れぬ日々が続いていたのです……!」
「レア王女殿下……すみません、ご迷惑を」
無茶をするな、と言われて結局無茶をしてしまった。
あぁ……これじゃダメだなぁ……と思う。
ウルクも泣かせ、レア王女殿下にも心配を掛けさせてしまった。
もっと強くならないと。
「あの~……私たちもいるんですけど~……」
入りづらそうに、セシリアやヴェインが部屋に入ってくる。
二人とも、怪我はなさそうだ。
「あれ……ウェンティは?」
「ウェンティさんは、アルトさんが元気になる薬草を調べてたら、眠っちゃったようで」
「そっか」
後でちゃんと元気になったと伝えに行かなくちゃ。
「ウェンティには無茶して欲しくないな……」
そこら辺も、少し言わなくちゃ。
そう思っていると、ウルクが俺の頭を小突いた。
「それは私たちの台詞だ」
「ウルク……?」
「アルト、ちゃんと周りを見ろ」
そう言われ、ふと気づく。
イスフィール家に来た頃、同じような光景があった。
【洗濯】をし、疲れて眠ってしまった時だ。
最初はウルクだけが俺を支えてくれた。
でも今は……レア王女殿下やフレイ、ヴェインたちが居る。
俺にとっての大事な人たちだ。
「アルトが無茶をすれば、私たちが悲しむ。辛い思いをするのは、お前だけじゃないんだ……何度も、言わせるな」
ウルクが傍に居て欲しい。
俺は心の奥底からそう思った。
そのくせ、俺は一人で進んでいた。
ウルクが俺の手を取る。
「一緒に歩かせてくれ、アルト」
みんなと距離を取っていたのは────俺自身だ。
後ろを振り返ってみれば分かることだった。
俺が戦えばいい。
俺が傷つけばいい。
それなら、誰も傷つかないから。
こんな考えじゃ……怒られても当然だよね。
自分を大事にしろ、とウルクに何度も言われてきた。
でも、俺はみんなのことも……ウルクを大事に思っている。
「やっぱり……俺は恵まれ過ぎてるよ」
泣きそうになる。
俺に親はおらず、誕生日も分からず、一人ぼっちだった俺に……こんなにも友達が出来たのだから。
「ありがとう、ウルク」
誓おう。
アルトの名に懸けて、ウルクたちを守ると。
そして────共に歩むことを。