作品タイトル不明
第63話 宇宙(そら)を人質に取る驕りと、沈黙のカウンター
日本の排他的経済水域(EEZ)の境界線上に展開した、G4(臨時四ヶ国協調体制)の大艦隊。
その中核に位置するアメリカ海軍の最新鋭原子力空母『ジェラルド・R・フォード』の戦闘指揮所(CIC)は、青白いモニターの光と、張り詰めた緊張感、そして抑えきれない『高揚感』に包まれていた。
「――各空域の電子戦機部隊、所定の位置に到達。これより、極東空域における 広域電波妨害(ジャミング) を最大出力で開始します」
オペレーターの力強い報告に、空母の艦橋で指揮を執る海軍提督は、満足げに深く頷いた。
空母から発進した最新鋭の電子戦機(EA-18Gグラウラー後継機)数十機が、日本の周辺空域に散開し、強烈な電磁波ノイズを空間に撒き散らしている。現代の電子戦において、アメリカ軍のジャミング能力は世界最強だ。これだけの出力を一点に集中させれば、いかなる高度な暗号通信であろうと、物理的にパケットが欠損し、ネットワークは完全に麻痺する。
「さらに、SPYレーダーが宇宙空間の目標を捕捉。高度四百キロメートル、極軌道上を周回するイージス・イノベーションズの 通信衛星網(イージス・リンク) のクラスターです」
火器管制を担当する士官が、興奮に上ずった声を上げた。
「データリンク完了。イージス駆逐艦および巡洋艦のVLS(垂直発射システム)に装填されたSM-3(対衛星ミサイル)、いつでも発射可能です。……目標に対する継続的な火器管制レーダーの 照射(ロックオン) を開始します!」
「素晴らしい。我がG4の矛は、極東の成金企業を完全に射程に収めているな」
視察に訪れているCIA高官が、モニターに映るレーダーの捕捉波形を見つめながら、傲慢に唇を舐めた。
彼らが今行っているのは、通常の軍事演習の枠を完全に逸脱した、あからさまな敵対行為だ。他国の民間企業の所有物である人工衛星に対し、いつでも撃ち落とせる状態を維持してレーダー波を浴びせ続ける。それは相手の喉元にナイフを突きつけ、「動けば殺す」と宣言しているに等しい。
「ええ。イージス社がどれほど優れた通信技術を持っていようと、物理的なミサイルの直撃を受ければ、彼らの衛星網はただの宇宙のゴミ(デブリ)と化します。……今頃、六本木の本社ビルで、神盾宗一の顔は恐怖で真っ青になっていることでしょう」
提督もまた、自国の軍事力への絶対的な自信を隠そうともしなかった。
彼らの作戦は極めてシンプルかつ暴力的だった。
この強力な対衛星ミサイルのロックオンによって、イージス社の『宇宙のインフラ』を完全に人質に取る。そして、上空を飛ぶ電子戦機群によってジャミングを行い、彼らの地上の通信を麻痺させる。
宇宙と空の盾を無力化したその隙に、すでに日本国内へ潜入させている四ヶ国合同の特殊部隊に、神盾宗一の家族を拉致させるのだ。
「我々大国が本気を出せば、宇宙の覇権などいつでも取り戻せるのだ」
CIA高官は、冷酷な笑みを浮かべた。
「神盾宗一よ。お前がどれほどの天才であろうと、国家の総力戦という圧倒的な物量の前では、ひれ伏すしかないという現実を教えてやろう」
彼らは、自分たちが世界最高の暴力を提示したことで、極東の悪魔が完全に沈黙し、恐怖で身をすくませていると確信していた。
このままいけば、一発のミサイルを撃つまでもなく、相手から白旗を揚げてくるだろうと、勝利の美酒の味をすでに想像していたのである。
* * *
「――ボス。G4の艦隊および上空の航空戦力が、いよいよ実力行使のフェーズへと移行しました。極東空域における一斉ジャミングの兆候を検知。さらに、G4艦隊のイージス艦およびロシアの巡洋艦から、我が社の衛星軌道へ向けて強力な火器管制レーダーが照射されています。完全なロックオン状態です」
地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。
イージス・イノベーションズ本社の地下深くに広がるサイバー・コントロールルームで、橘玲奈が手元のタブレットを操作しながら、極めて事務的な、だが確かな冷笑を秘めた声で報告した。
「ご苦労。……連中、ついに宇宙へ向けて牙を剥いたか」
私は特注のレザーチェアに深く腰掛けたまま、冷めたコーヒーを口に運んだ。
壁面の巨大モニターには、ヴァルハラの『神の 目(オーディンズ・アイ) 』が捉えたG4艦隊のレーダー波の照射ベクトルが、赤い直線となって宇宙空間へと伸びている映像が表示されている。
「で、我が社の通信インフラに影響は?」
「皆無です」
玲奈が、悪女のような艶やかな笑みを浮かべた。
「我が社のネットワークは、クリスが開発した『量子レーザー光通信』を使用しています。電磁波のノイズなど、文字通り別次元の現象です。彼らがどれほど莫大なエネルギーを消費して空にノイズを撒き散らそうとも、イージス・リンクの通信速度はコンマ一秒すら遅延していません」
『ヒャッハー!! 馬鹿な連中だ! あいつら、自分が何をロックオンしてるのか全くわかっちゃいねえ!』
暗号化通信の分割画面で、南太平洋の要塞ニヴルヘイムにいるDr.クリス・ウォーカーが、腹を抱えて大爆笑していた。
『いいかボス! あいつらが必死にレーダーを当ててるのは、俺たちがわざと光学迷彩を解いて見せびらかしてる『ダミーの 通信衛星(デコイ) 』だぜ! 中身は空っぽ、ただの風船みたいなもんだ!』
「ああ、わかっている」
私は、クリスの狂喜を冷ややかに受け止めながら頷いた。
「本命である『神の 雷(トール・ハンマー) 』と、それを構成する真のイージス・リンクのコア衛星群は、彼らがロックオンしている軌道とは全く別の高度と傾斜角を、完全なステルス状態で周回しているからな。……彼らのレーダー波など、虚空を撫でているに過ぎない」
大国の軍部エリートたちは、現代の軍事レーダーの性能を過信しすぎている。
彼らが「捕捉した」と喜んでいるのは、我々が意図的にレーダー反射断面積(RCS)を大きく設定して打ち上げた、安価な囮の群れなのだ。
「彼らは、空に浮かぶホログラムの月に銃口を向けて、勝ち誇っているようなものですね」
玲奈が、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりにため息をついた。
「仮に彼らが本物の衛星を見つけたとしても、現代の対衛星ミサイルなど、大気圏外に到達する前に『神の雷』のプラズマ・ポイントディフェンスで一瞬にして蒸発させられます。……彼らの『宇宙を人質に取った』という前提そのものが、根本から破綻しているのです」
「それが、大国の傲慢さという病だ」
私は、モニターに映るG4の艦隊を見下ろし、極低温の笑みを浮かべた。
「彼らは、自分たちの持つ『目に見える暴力』が絶対であると信じている。相手が自分たちより高度な防衛手段を持っているという可能性を、プライドが邪魔して想像すらできないのだ。……だからこそ、彼らはこの後、その勘違いをしたまま、最も愚かな行動に出る」
『――ボス。外務省を通じて、G4合同艦隊の司令部から我が社へ向けて、『公式な通信』が入りました』
玲奈が、手元のコンソールに表示された新たなデータに目を向け、眉をひそめた。
「ほう。彼らから直接か。……内容は?」
「事実上の『降伏勧告』です」
玲奈は、美しい顔に明らかな蔑みの色を浮かべ、送られてきたテキストデータを読み上げた。
「『我々、地球安全保障同盟は、現在行っている国際通信インフラ防衛演習の過程において、貴社の衛星ネットワークに重大なセキュリティ上の欠陥を発見した。国際社会の安全を担保するため、ただちにすべての衛星の制御コードと、深海プラントの基幹特許データを我々に引き渡すことを要求する。……これに応じない場合、不測の 事態(アクシデント) によって貴社のインフラが物理的に失われる可能性について、我々は一切の責任を負わない』……だそうです」
「……随分と、回りくどく、かつ傲慢な脅迫状だな」
私は、鼻で低く笑った。
要するに、「俺たちのミサイルがいつでもお前たちの衛星を撃ち落とせる状態にある。全財産と技術を渡して大人しく降伏しろ。さもなくばすべてを破壊する」という、マフィアの恐喝と何ら変わらない三流の脅しだ。
それを、もっともらしい国際政治の用語でコーティングしているあたりが、大国としてのプライドに固執する彼ららしい滑稽さだった。
『ボス。彼らが降伏勧告を送ってきたら、どうしますか?』
もう一つの分割画面で、ヴィクトル・イワノフが火傷の痕が残る顔を歪め、冷徹に問う。
『日本国内に潜伏している合同特殊部隊は、すでにアジトで武装を整え、通信途絶の「死角」が発生したと思い込んでいます。彼らはG4艦隊の合図を待ち、ご家族への急襲のタイミングを窺っていますが……』
「……放置する」
私は、絶対零度の声で短く答えた。
「返答など必要ない。彼らの通信を無視し、沈黙を守り続けろ。……彼らは『なぜ降伏しないのか』と焦り、疑心暗鬼に陥り、やがて自らの武力を誇示するために、後戻りのできない 軍事行動(トリガー) を自ら引くことになる」
私が沈黙すればするほど、G4の首脳陣は苛立ちを募らせる。
そして彼らが、見せかけの威嚇ではなく、明確な『敵対行動』へと踏み切ったその瞬間こそが。
私が宇宙から絶対的な力を見せつけ、彼らの希望を根底からへし折る、最良のタイミングとなるのだ。
「クリス。EMP照射のターゲットロックは、ダミー衛星ではなく『本物』の神の雷から行われているな?」
『当たり前だぜボス! 太平洋上空を飛んでるG4の最新鋭ステルス機、および電子戦機の全機を完全に捕捉してる! いつでも、奴らの電子頭脳を焼き切って、ただの空飛ぶ鉄の塊に変えてやれるぜ!』
「ヴィクトル。地上のネズミどもに対する掃除の準備は?」
『我がシャドウの精鋭部隊が、敵のすべてのアジトを完全包囲しています。ボスの合図一つで、一秒の遅れもなく突入し、全員を物理的に排除いたします』
「……よろしい」
私は深く息を吐き出し、コントロールデスクから立ち上がった。
壁面の巨大モニターには、太平洋上に集結したG4の艦隊と、空を覆う最新鋭戦闘機の群れが、レーダーの光点として無数に表示されている。
彼らは今、自分たちが地球の支配者であるかのように、傲慢な陣形を組んで極東の海に停泊している。
彼らが自ら作り上げた『勝利の幻想』が頂点に達し、私への最後通牒の期限が切れるまで、あとわずか。
『――迎撃システム、最終セーフティ解除。カウンター・プロトコル、フェーズ3へ移行。全ターゲットのロック、完了』
サイバー・コントロールルームに、無機質なAIの電子音声が響き渡る。
橘玲奈がキーボードから手を離し、冷たいモニターの光に照らされた顔で静かに息を吐いた。
大国が威信を懸けて飛ばした最新鋭機。そのパイロットたちの誇りも、機体のスペックも、イージス社のスーパーコンピュータにとっては、単なる『処理すべき変数』に過ぎない。
一切の感情を持たない迎撃システムが、歴史の修正力を叩き潰すための死の網を、静かに、そして完璧に張り巡らせていた。
極東の悪魔と、人類の総力を結集した四大勢力。
歴史の分岐点を決定づける、真の絶望のカウントダウンが、今、完全にゼロへと向かって時を刻み始めたのだった。