軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 伝書鳩の報告と、戦慄する首脳陣

日本の東京で、三十名を超える大国の精鋭工作員たちが、文字通り『蒸発』した日から数日後。

中国、北京。

紫禁城の奥深くに位置する中南海。国家安全部(MSS)の最高機密会議室は、ひどく重苦しく、そして異様な緊張感に包囲されていた。

巨大な円卓の上座に座る諜報トップの男は、手にした報告書をワナワナと震わせながら、目の前の床に這いつくばる一人の男を睨みつけていた。

「……もう一度言え。何が起きたと?」

床で土下座をしているのは、東京の湾岸エリアから奇跡的に生還を果たした唯一の工作員、 王(ワン) だ。

彼は中国へ帰国して以来、一睡もしていないのだろう。目の下には真っ黒なクマが刻まれ、その身体は小刻みに、狂ったように痙攣し続けている。

「ひぃっ……! あ、青白い光が……光が、みんなを飲み込んで……! 銃弾は、見えない壁に弾かれて、ロケット弾も爆発しないで落ちて……!」

「落ち着け! 意味がわからん! ロシアのマフィアどもと結託し、三十名以上の重武装で神盾宗一の妻と娘を包囲したのだろう!? なぜ、お前一人だけが逃げ帰ってきた!」

諜報トップが怒号を飛ばし、机を強く叩く。

だが、王はその音にビクッと肩を跳ねさせると、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き叫んだ。

「罠だったんです! 車に乗っていたのは人間じゃなく、 映像(ホログラム) で……! 現れたのは、黒い服を着た悪魔たちでした! 彼らが持っていた、銃身のないライフルから……カァァァッという音がして、プラズマの閃光が……! 直撃したイゴールたちは、悲鳴も上げずに一瞬で消えたんです! 死体も、血の一滴も残りませんでした!!」

「プラズマのライフルだと……!? 見えない防弾の壁だと!? 貴様、恐怖で狂ったか!! SF映画の話をしているのではないぞ!!」

諜報トップは呆れ果て、傍らに立つ部下たちに「こいつを精神病院へ連れて行け」と顎でしゃくった。

「嘘じゃない! 本当なんです! 信じてください長官!!」

二人の護衛に両脇を抱えられ、引きずられていきながら、王は絶叫した。

「彼らは、私をわざと生かして帰したんです! あの火傷の痕のある、ロシア人の 悪魔(ヴィクトル) が……私に伝言を託しました! 『二度目はない。次に我が主の家族に触れようとするならば、その代償は、お前たちの国家そのもので支払わせる』と!!」

その言葉が会議室に響いた瞬間、諜報トップの男の背筋に、氷をねじ込まれたような悪寒が走った。

王が引きずり出され、防音ドアが閉まった後も、会議室には不気味な静寂が重くのしかかっていた。

「長官……。王の言葉、狂人の戯言として処理してよろしいでしょうか」

部下の一人が、恐る恐る尋ねる。

「……戯言で済めば、どれほど良かったか」

長官は、手元にある一枚の写真データをモニターに投影した。

それは、日本の公安当局のネットワークからハッキングで極秘に入手した、第七廃倉庫街の『事後』の現場写真だった。

王の証言通り、死体も薬莢も血痕も一切ない。

ただ、アスファルトには数万度の超高熱で焼かれたとしか思えない黒い人型の染みが無数にこびりつき、彼らが乗っていた防弾仕様のバンは、まるで飴細工のようにドロドロに溶け落ちて赤熱した鉄の塊と化していた。

「現代の火薬や爆弾で、こんな痕跡が残るはずがない。……イージス・イノベーションズの持つ深海でのプラズマ抽出技術。あれを、小型の兵器として実用化しているというのか……!?」

長官は、信じられないものを見る目でモニターを見つめた。

もしそれが事実ならば。

イージス社の技術力は、すでにアメリカ軍を五十年は置き去りにしていることになる。そんな化け物じみた防衛力を持つ相手に、自分たちはうわ言のように「家族を拉致しろ」と命令を下していたのだ。

『その代償は、お前たちの国家そのもので支払わせる』

神盾宗一の死刑宣告が、王の絶叫と共に長官の脳裏に蘇る。

国家の威信を背負う彼が、たった一企業のCEOの言葉に、生まれて初めて底知れぬ恐怖を抱いた瞬間だった。

* * *

同じ頃。ロシア連邦、モスクワ。

大統領府(クレムリン) の地下会議室でも、全く同じ光景が繰り広げられていた。

「……全滅、だと? 我が国が誇るブラトヴァの精鋭たちが、たった一分で……?」

エネルギー産業を牛耳るオリガルヒのトップ、イワン・ボリスは、連邦保安庁(FSB)長官から渡された報告書を手に、顔面を蒼白にして震えていた。

報告書には、中国側の工作員と同様に、現場から得られた不可解極まる熱破壊の痕跡と、FSBが独自に収集した『未知のエネルギー兵器による虐殺』という推論が記載されている。

「イワン。これはもはや、マフィアや工作員を何十人送り込んだところでどうにかなる相手ではない」

FSB長官が、重苦しい声で告げた。

「神盾宗一の周囲には、物理法則を無視した『 盾(シールド) 』と『矛(プラズマ兵器)』が存在する。そして彼らは、それを白昼の日本で躊躇いなく使用する冷酷さを持ち合わせているのだ。……これ以上の物理的接触は、大統領が禁じた『全面戦争』の引き金を引くことになる」

「そんな……! ではどうしろと言うのだ! このまま日本が資源を輸出し続ければ、我が国の経済は年内に完全に崩壊するのだぞ!」

イワンは頭を抱え、絶望の声を上げた。

「神盾宗一という男は、悪魔だ……。極東の島国から、世界を滅ぼそうとしている……!」

だが、恐怖と絶望に苛まれる中で、FSB長官の瞳にはまだ暗い執念の炎が残っていた。

「物理的な攻撃が不可能ならば、方法は一つしかない」

「な、なんだと?」

「サイバー空間だ」

FSB長官は、冷酷な笑みを浮かべた。

「イージス社の深海プラントは、本社からの暗号化された制御信号によって稼働している。我々の誇る国家級ハッカー集団『APT(持続的標的型攻撃)部隊』の全リソースを投入し、世界中のボットネットを経由して、イージス社のメインサーバーに飽和攻撃(DDoS攻撃)を仕掛ける」

「しかし、イージス社のファイアウォールは未知の技術で構築されていると……」

「どんな強固な壁だろうと、世界中から億単位のアクセスを同時にぶつければ、必ず処理落ち(パンク)する隙が生まれる。その一瞬の隙を突いてサーバーをダウンさせ、プラントの制御コードを書き換えるのだ」

長官は、机の上の日本の地図をペンで強く叩いた。

「深海三千メートルのプラントが制御を失い、プラズマが暴走すればどうなるか? ……日本近海の海底で大規模な爆発が起き、彼らの黄金の海は、二度と使い物にならない死の海へと変わるだろう。神盾宗一に、大国を本気で怒らせた代償を支払わせてやるのだ」

物理的な暴力が通じないならば、国家の持つサイバー空間での圧倒的な物量で圧し潰す。

それが、エネルギー覇権を失い、経済的な死の淵に立たされた超大国の、最後の悪あがき(決断)だった。

* * *

「――中露のサイバー部隊が、大規模なボットネットの形成を開始しました」

東京、六本木ヒルズ。

イージス・イノベーションズ本社の地下に広がる、巨大なサーバー群が青白い光を放つサイバー・コントロールルーム。

私は、特注のレザーチェアに深く腰掛けながら、世界地図のモニターに無数の赤い光点がネットワーク上で結びついていく様子を、冷ややかに見つめていた。

「ご苦労。……で、攻撃の規模は?」

私が尋ねると、ヴィクトルとは別の、ヴァルハラのサイバーセキュリティチームを統括するチーフが、興奮を抑えきれない声で報告した。

「確認できるだけで、全世界の三千万台以上の感染PC(ゾンビ端末)が彼らの指揮下にあります。さらに、ロシアと中国の軍事用スーパーコンピュータも稼働を開始しました。数日以内に、我が社のメインサーバーへ向けて、人類史上最大規模のDDoS攻撃とゼロデイ攻撃が同時に仕掛けられると予測されます」

「ふむ」

私は、手元のマグカップに入った温かいコーヒーを口に運んだ。

つい数時間前まで、私は愛娘のサチコが運動会で獲得した金メダルを胸に抱きながら、結衣の作った美味しい夕食を堪能していた。

その温もりを心に留めつつ、私の思考はすでに、四大勢力を完全にすり潰すための『冷酷な悪魔の頭脳』へと切り替わっている。

「物理的な拉致と暗殺に失敗した連中が、次に選ぶ手はサイバー攻撃しかない。……だが、彼らは致命的な勘違いをしているな」

「勘違い、ですか?」

「ああ。彼らは、自分の持っている『石器時代の棍棒』をたくさん集めれば、未来の防壁を叩き割れると本気で信じている」

私は、モニターに広がる赤い光点群を見下ろして、嘲笑した。

現在の世界のサイバー攻撃は、いくら国家レベルといえども、既存のインターネット・プロトコルと暗号化技術の枠を出ない。

対して、イージス社の基幹サーバーと防壁を構築しているのは、私が五十五年先の未来から持ち込んだ『量子暗号アルゴリズム』と『多次元AIによる動的ファイアウォール』だ。

彼らが何億回のアクセスを試みようと、扉の鍵穴すら見つけることはできない。

「チーフ。防壁のレベルを少しだけ下げろ」

「えっ? 防壁を下げるのですか?」

「そうだ。彼らが全力で棍棒を振り下ろしてきた瞬間に、ほんの少しだけ『開いた』と錯覚させろ。……そして、彼らの攻撃元の中枢である、クレムリンと中南海の軍事ネットワークの深層へ、逆に 侵入経路(バックドア) をこじ開けるのだ」

私の命令に、サイバーチームのチーフはハッとして、すぐに凶悪な笑みを浮かべた。

「理解しました。攻撃のトラフィックを 逆流(リフレクション) させ、彼らのシステムを中から食い破るのですね」

「ああ。そして、おまけにもう一つ」

私は、手元のタブレットを操作し、アメリカ合衆国のペンタゴン(国防総省)のマークをモニターに表示させた。

「アメリカも、この機に乗じて必ず我が社のネットワークを覗き見しようと動いてくる。奴らのファイアウォールも同時に破れ。……四大勢力すべての首根っこに、見えないナイフを突きつけるのだ」

「了解いたしました、ボス。世界最高峰の国家機密ネットワークを、三つ同時にハッキングします。……これは、ハッカーにとって一生に一度の、最高のエクスタシーですね!」

サイバーチームのメンバーたちが、狂喜の声を上げながらキーボードを叩き始める。

廃倉庫街での大虐殺は、あくまで小手調べだ。

彼らが真の絶望を知るのはこれからだ。物理的な兵器の恐怖だけでなく、国家の中枢システムすらも、一介の企業CEOによって完全に掌握されているという『絶対的な絶望』。

サチコの金メダルを胸に抱きながら、極東の悪魔は、世界を相手にしたサイバー空間での圧倒的な 無双劇(リベンジ) へと、冷徹にその指先を突き下ろしたのだった。