軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 小さな産声と、業火のフラッシュバック

西暦2012年、秋。

東京都内にある、皇族や各界のVIPも御用達とする最高級の総合病院。その最上階にある特別個室の前の廊下を、私は番犬の様に行ったり来たりしていた。

フロアはイージス社の莫大な資金によって完全に貸し切られ、私が直々に雇い入れた民間軍事会社(PMC)出身のセキュリティ部隊が、一定の間隔で配置されている。いかなる不審者も、このフロアには一歩たりとも近づけない。

「……ボス。落ち着いてください。先ほどから同じ場所を何十回往復しているのですか」

呆れたような声を出したのは、傍らのソファでタブレット端末を操作していた橘 玲奈だ。

「落ち着いていられるか。……結衣の分娩が始まって、もう六時間が経過しているんだぞ」

「初産ですから、時間がかかるのは当然です。それに、この病院にはボスが私財を投じて集めさせた、世界トップクラスの産科医と最新鋭の医療設備が揃っています。万に一つも間違いは起こりませんよ」

玲奈の言う通りだ。

前世で結衣を病魔に奪われた後悔から、私は彼女の妊娠が分かった瞬間、考えうる最高の医療体制を構築した。それでも、分娩室から漏れ聞こえてくる結衣の苦しそうな声を聞くたびに、私の心臓は肋骨を突き破らんばかりに打ち鳴らされる。

世界のテクノロジー市場を裏で操り、大国の政治家や巨大企業のトップを冷酷に叩き潰すときでさえ、私の心拍数は少しも乱れなかったというのに。

『――オギャアッ! オギャアッ!』

不意に、分娩室の中から、元気な、そして力強い産声が響き渡った。

「……ッ!!」

私は弾かれたようにドアへ駆け寄った。

数分後、分娩室から出てきた初老の担当医が、安堵の笑みを浮かべてマスクを外す。

「おめでとうございます、神盾社長。母子ともに健康です。元気な女の子ですよ」

「……ありがとう。本当に、ありがとう……!」

私は担当医の手を固く握りしめ、厳重な消毒を済ませてから、震える足で分娩室の中へ入った。

ベッドの上で、汗だくになりながらも、結衣が幸せそうな笑みを浮かべていた。

その胸元には、白いタオルに包まれた、赤みを帯びた小さな命が抱かれている。

「宗一くん……ほら、私たちの赤ちゃんだよ」

「ああ……ああ……結衣、よく頑張った。本当に、よく……」

私はベッドの傍らに膝をつき、結衣の額にそっとキスをした。

そして、おずおずと手を伸ばし、その小さな赤ん坊を腕に抱き上げる。

信じられないほど軽く、そして、驚くほど温かかった。

小さな手が私の指をギュッと握りしめる。

この温もり。この重さ。私の魂を救済する、絶対的な光。

――その瞬間だった。

『ピィーッ……通信エラー。対象のシグナルをロストしました』

脳の奥底で、無機質な電子音が鳴り響いた。

視界が、青白い光に反転する。

フラッシュバック。

五十五年後の未来。アメリカの地下研究所のモニターに投影された、3Dホログラムの映像。

笑顔を浮かべていた孫のユウキが、怪訝な表情で窓の外へ顔を向け、何か言葉を発しようと口を開きかけた、まさにその瞬間。

声を発する間すら与えられず、圧倒的なプラズマの爆圧が新宿のマンションを包み込み、私の目の前で、ユウキと、そして成長したこのサチコの姿が、一瞬にして黒い炭の塊となり――光の奔流の中に完全に消滅した。

私が創った悪魔の兵器が、この温かい命を、理不尽に消し飛ばしたのだ。

「……っ」

私の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ落ちた。

赤ん坊の頬に、私の冷たい涙が落ちる。彼女は不満そうに「ふぎゃっ」と泣き声を上げた。

「宗一くん、泣いてるの? もう、大袈裟なんだから……」

結衣がくすくすと笑う。

「……名前は、決めている」

私は涙を拭いもせず、腕の中の小さな命を、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。

「サチコだ。幸せな子と書いて、 幸子(さちこ) 。……どんな悲劇からも、絶対に守り抜く」

前世で奪われた娘と、同じ名前。

だが、運命は絶対に同じにはさせない。

四大勢力のハイエナどもが束になってかかってこようと、世界中を敵に回そうと、この温もりだけは、何があっても私が守り抜いてみせる。

もしこの子を脅かすものが現れたなら、私が世界で最も残酷な悪魔となろう。

父親としての歓喜と、復讐者としての冷酷な狂気が、私の魂の中で完全に溶け合った瞬間だった。