軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 イザベルの全力応援

スティーブが裏で冷徹に破滅の罠を編み上げている頃、オレオ侯爵家の令嬢部屋では、また別の作戦会議が執り行われようとしていた。

主役であるメリッサが、主人の夜会用の衣装を整えるために席を外した一瞬の隙を突き、イザベルは兄の執務室へと突撃したのだ。

「お兄様! のんびりと書類をめくっている場合ではございませんわ!」

バン、と勢いよく扉を開けて入ってきた妹に、スティーブは眉一つ動かさずに視線を上げた。

「イザベル、淑女がそのような大きな音を立てて入室するものではない。……それで、今度は何だ」

「何だ、ではありませんわ! メリッサのことです! あの子の凍りついた心を溶かすのは自分の役目だなんて格好いいことを仰いましたのに、まだ正式な求婚もなさっていないなんて、お兄様の手際の悪さには辟易いたしますわ。早くあの子をあんな泥泥の婚約関係から救い出して差し上げて!」

イザベルは机に両手を突き、兄に猛烈な勢いで発破をかける。その瞳は、最愛の侍女の幸せを願う情熱で燃え盛っていた。

スティーブは小さく溜息をつき、ペンを置いた。

「焦るな。私だって今すぐにでも彼女をこの腕に閉じ込めたい。だが、彼女は誠実な娘だ。いくらダリルが不実を働いているとはいえ、法律上、まだ婚約者の籍がある状態での強引なアプローチは、彼女の矜持を傷つける。まずは外堀を完璧に埋め、あの男を社会的に抹殺するのが先決だ」

「それは分かりますけれど……! でも、あの子があの男の『所有物』として扱われている一分一秒が、私には我慢なりませんの!」

イザベルがここまでメリッサに執着するのには、深い理由があった。

二人の出会いは、メリッサが学園の三年生、イザベルが新入生の時代に遡る。当時、高慢な上級生たちから不当な嫌がらせを受けていたイザベルを、毅然とした態度で救い出したのが、当時から優秀で有名だった先輩のメリッサだった。

子爵令嬢ながら、身分の差を恐れず、ただ正義感と気品を以て自分を守ってくれたメリッサに、イザベルは一瞬で心を奪われた。それ以来、学園時代からずっとメリッサの後を追いかけ、卒業と同時に「私の専属侍女になってくださらなければ、私は一生部屋から出ません!」と我が儘を突き通してまで、彼女を侯爵家に迎え入れたのだ。

イザベルにとってメリッサは、単なる使用人ではなく、人生で最も尊敬し、愛する「お姉様」のような存在だった。だからこそ、あんな顔だけの軽薄な騎士にメリッサが搾取されている事実が、五臓六腑が煮えくり返るほどに許せなかった。

「お兄様、本気で頼みますわよ。私は、メリッサ以外の女性をお義姉様と呼ぶつもりは毛頭ございませんからね。カサンドラ伯爵令嬢なんて論外ですわ!」

「……言われなくとも、私の妻になるのはメリッサだけだ」

スティーブの声音に宿る、絶対的な独占欲。それを見て取り、イザベルは満足そうに「よろしい」と頷いて部屋を後にした。

令嬢部屋に戻ると、ちょうどメリッサが仕上がったばかりの美しいドレスをクローゼットに収めているところだった。その横顔は相変わらず穏やかで美しいが、どこか感情の起伏が削ぎ落とされたような、静かな硝子の冷たさを纏っている。

「お待たせいたしました、イザベル様。次の夜会でお召しになるドレスの点検が完了いたしましたわ」

「ありがとう、メリッサ。あなたの手にかかれば、どんなドレスも一流の芸術品になるわね」

イザベルはふわりとメリッサに近づき、その細い手を両手で包み込んだ。二年前よりも少し手荒れの進んでしまった、けれど誰よりも愛おしい手。

「ねえ、メリッサ。私、本当に思うのですけれど」

イザベルは悪戯っぽく、けれどその奥に真剣な光を宿した瞳でメリッサを見上げた。

「もし、メリッサが私のお義姉様になってくれたら、最高に幸せなのに、って。そうすれば、私たちは一生離れずに、本当の家族としてずうっと一緒にいられますでしょう?」

冗談めかした、少女の夢物語のような口調。

だが、メリッサは一瞬、驚いたように瞬きをした。

「お嬢様、またそのような滅相もない冗談を……。スティーブ様にはご婚約者のカサンドラ様がいらっしゃいますし、私のような身分の者が、侯爵家に嫁ぐなどありえませんわ」

「冗談なんかじゃないわ。カサンドラ様なんて、あのお兄様が本気で相手にするはずがないもの。お兄様が本当に求めているのは、世界でただ一人、メリッサだけよ?」

メリッサの胸の奥で、トクン、と小さな鼓動が跳ねた。

薔薇園でスティーブからぶつけられた、あの熱烈な求愛の言葉が脳裏をよぎる。

『私なら、君を二度と裏切らない』

スティーブのあの真摯な瞳と、今、目の前で自分を心から求めてくれている愛らしいイザベル様の笑顔。

ダリルといた二年間、メリッサはいつも「与える側」であり、どれだけ尽くしても心が満たされることはなかった。しかし、このオレオ侯爵家の人々は、自分にこれほどまでの破格の愛と、価値を与えてくれようとしている。

「……お嬢様は、本当に私に甘すぎますわ」

メリッサの唇から、ふっと、これまでのような完璧な作り物ではない、本物の、微かな笑みがこぼれた。心の奥底に眠る氷が、内側からじんわりと温められていくような感覚が心地よかった。

「ふふ、もっと甘やかされてちょうだいな。あの小悪党との退屈な恋なんて、早く綺麗さっぱり忘れてしまうくらいにね」

イザベルはメリッサの腕にしがみつき、嬉しそうに笑った。

外堀は兄が埋める。ならば自分は、内側からメリッサの心を全面降伏させる。

最強の兄妹による、不実な騎士への反撃の幕が、いよいよ上がろうとしていた。