軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終わりはいつも突然で

「こんばんは、ヴィオラ。君も来ていたんだね」

ふわりと花が開くような柔らかい笑みを浮かべると、シリル様は友人達の元を離れ、こちらへとやってくる。するとわたしと彼の間に、物凄い勢いでジェイミーが割り込んだ。

「こんばんは、シリル様。ヴィオラに何の用で?」

「ジェイミー嬢も、こんばんは。少しヴィオラと話がしたいなと思ったんだけど、駄目だった?」

そんなシリル様の言葉に、ジェイミーは首を縦に振ったけれど、何か思い出したように「あっ、でも先日はありがとうございました……」と言うと、急に弱気になり始めて。

それと同時に現れた彼女の父である侯爵様によって、ジェイミーはあっという間に連れて行かれてしまった。よく分からないけれど、大丈夫だろうか。

「彼女は相変わらずだね。君は元気だった?」

「ええ、お陰様で」

「やっぱり、記憶は戻ってないのかな」

「……はい」

元々、記憶喪失だという嘘を吐くことに罪悪感は感じていたけれど、最近は以前よりもそれが増した気がする。

「顔が赤いけど、何かあったの?」

「その、嬉しいことがあって」

そう答えると「フィリップ絡み?」と尋ねられ、素直にこくりと頷けば、彼は驚いたような表情でわたしを見た。

「君のそんな顔は、初めて見たよ」

「そ、そうでしょうか」

「うん。もしかして、フィリップのことが好きになった?」

思わず、どきりとしてしまう。今日のシリル様はやけに質問が多いけれど、何故そんなことを尋ねてくるのだろうか。

それでもわたしは自然と、彼の宝石にも似た深緑の瞳をまっすぐに見つめ返しながら「はい」と答えていた。

「フィリップが君に、嘘を吐いていたとしても?」

「ええ。実は、わたしも大嘘つきなんですよ」

笑顔でそう言えば、シリル様は驚いたような表情を浮かべた後、「そっか」と眉を下げ、困ったように微笑んだ。

「……確かに好きになってしまえばそんなこと、気にならなくなってしまうのかもしれないね」

「…………?」

やがて彼は「ウェズリー子爵のところまで送るよ」と言うと、お父様がいる辺りまで付き添ってくれて。

「あの、ありがとうございました」

「いいえ。それじゃあ、俺は行くね」

「はい、また」

「……うん。またね、ヴィオラ」

そうしてわたしに手を振った彼の表情は何故か、あの日、彼がわたしに好きだと伝えた時と重なって見えた。

◇◇◇

社交シーズンに突入してしまったせいで、避けられないイベントも多くなってきた今日この頃。

王家主催の舞踏会に参加するため、わたしはフィリップ様と共に王城へと向かう馬車に揺られている。

元々社交の場が苦手なわたしは、知人だらけなことを思うとやはり気が重くなったけれど。フィリップ様やレックスもいることで、かなりの安心感に包まれていた。

到着後、最低限の挨拶をして周り一曲だけ踊り終えた後、何か飲みながら軽く休もうかと話していた時だった。

「あら、久しぶりねえ。フィリップ」

不意に聞こえてきた甘ったるい声に、わたしは慌てて顔を上げた。今この国で、フィリップ様のことを呼び捨てにできる女性など、限られている。

「……ミラベル様」

フィリップ様は彼女の名前を呼んだ後、「第六王女のミラベル様だ、何も言わずにいてくれ」とわたしに囁いた。

この国の第六王女であるミラベル様は、わたし達の学園での同級生だ。そんな彼女は既に他国の王族に嫁いだと聞いており、今日この場に来ているとは思わず、驚いてしまう。

当時の彼女はかなり我儘で、周りがひどく手を焼いていたというのは有名な話だ。人はそう簡単には変わらない。今でも彼女は注意すべき人物だと、彼も思っているのだろう。

フィリップ様とミラベル様は当たり障りのない世間話をしていたけれど、やがて彼女はわたしへと視線を移した。

「それにしてもあなた達、仲直りしたのね。驚いたわ」

「……仲直り、ですか?」

突然のそんな言葉に、思わず聞き返してしまう。それと同時に、隣にいたフィリップ様の肩が小さく跳ねた。

「学生時代にね、フィリップがナタリアとあなたの悪口を言っているのをわたくし、偶然見ていたのよ」

「っそれは、」

彼女の言葉を遮るように、慌てて口を開いたフィリップ様には見向きもせず、ミラベル様は続ける。

「あなたがそれを聞いて、泣きながら走っていく所もね」

「…………え、」

──まさかあの場所にミラベル様も居て、わたしの姿まで見られていたなんて。

彼らの会話を聞いてしまったこと、泣きながらその場を離れたことがフィリップ様に知られてしまい、恐る恐る隣の彼を見上げれば、その顔からは表情が抜け落ちていた。

「本当に、仲直りできてよかったわね。お幸せに」

そんな彼の様子には気づいていない様子のミラベル様は、くるりとわたし達に背を向け、去って行く。

ひどく顔色が悪いまま黙り続けるフィリップ様に対し、わたしはどうして良いのかわからず、戸惑ってしまう。

やがて彼は片手で顔を覆うと、今にも消えそうな小さな声で「違うんだ」と呟いた。

「まさか君が聞いているなんて、君を泣かせてしまっていたなんて、知らなかった」

「フィル……?」

「あの日のことは本当に、違うんだ。こんなこと、今の君に言ったところで、何の意味もないというのに……」

フィリップ様は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。こんな風に取り乱している姿を初めて見たわたしは、ただこの場に立ち尽くすことしかできない。

やがて彼は突然わたしの腕を引くと、何処かへ向かって歩き出す。そして辿り着いたのは、レックスの元だった。

「……すまない、少しだけ一人で頭を冷やす時間が欲しい」

「は、はい」

「レックス、彼女を頼む」

「俺、完全に保護者枠になってない? 別にいいけど」

そうしてフィリップ様は、ふらふらと一人その場を後にした。ひどく不安定なその様子に、心配と不安が募る。

「もしかして、何かあった?」

「…………実は、」

先程見聞きしたことをそのまま伝えれば、レックスは「うわー……」と、かなり気まずそうな表情を浮かべた。

「とりあえずここで話す話じゃないし、少し抜けようか」

「えっ?」

「緊急事態だ、これは流石にフィリップが可哀想過ぎる」

……一体、レックスは何を知っているんだろうか。

大人しく彼の後をついて行き、人目を避けて奥の方にある休憩室へと入る。本来ならわたし達が二人で休むなんて良くないことだけれど、緊急事態というのなら仕方がない。

テーブルを挟み向かい合うようにして座ると、レックスは椅子に背中を預け、深い溜息を吐いた。

「あのさ、お前がフィリップに嫌われてると思った一番の原因って、やっぱりそのミラベル様が言ってた話なわけ?」

「うん」

即答すると、レックスは「いやー、流石に俺も責任感じるわ」なんて言い、珍しく暗い表情を浮かべている。

そしてひどく気まずそうに、口を開いた。

「……実は、お前が聞いたフィリップとナタリアちゃんの言葉って、全部嘘っていうか、演技なんだよね」

「…………は?」

「お前も知ってるだろ? 当時のミラベル様の、人の物が欲しくて手に入るまで諦めない、っていう我儘っぷり」

確かにそんな話は聞いたことがあった、けれど。

あの日のことが全て嘘だという、信じがたいレックスの言葉に、わたしの心臓は早鐘を打ち始めていた。

「当時は婚約者や恋人がいる男ばかりを好んでたみたいなんだけど、ある日その標的がフィリップになったんだよ」

「…………え、」

「フィリップも筆頭公爵家の嫡男だし、相手が王女と言えど断るくらいの力はある。けれど簡単にミラベル様が諦めるとは思えない上に、あの人は相手の令嬢にも平気で嫌がらせをしたり、手を出す人だったからさ」

「…………」

「そんな中、もしも断ってヴィオラに何かあっては困るってフィリップに相談された当時の俺は、波風を立てない為にも一芝居打って、ミラベル様からの興味を失いさえすれば、みんなハッピーじゃない? って言っちゃったんだよね」

もう、ここから先は容易に想像できてしまった。当時の記憶が走馬灯のように蘇ってきて、胸が苦しくなっていく。

「で、毎日同じ時間にミラベル様が決まって通る場所で、フィリップがヴィオラになんて興味ない、婚約破棄したいくらいだって言っているのを延々と聞かせる作戦になったんだ。その上、ナタリアちゃん相手なら更にリアリティ増すんじゃない? ってことで彼女にも協力を頼んで、いざ実行してみたら驚くくらい簡単に成功したんだけど」

「…………」

「……まさか違う問題が起きてたなんて、知らなくて」

レックスはそこまで言うと、「ごめん」と呟いた。

そして彼の口から全てを聞いたわたしはというと、今すぐにでも泣き出したくなっていた。

あの日のこと全てが、誤解だったのだ。過去にフィリップ様がわたしに対して素っ気ない態度だったことも、照れていたとかそういうものだったのではないかと、今ならわかる。

けれどそんなこと、当時のわたしが知るはずもない。だからこそ仕方ないとは思う、けれど。

「その後、フィリップ様に大嫌いって、言っちゃって」

「…………うわあ」

「それからずっと、気まずくなっちゃって、」

思い返せば、彼はわたしが大嫌いだと告げた後、「俺もだ」と言っていた。だからこそわたしは余計に勘違いしてしまったのだけれど、あれはどういう意味だったのだろうか。

「とにかくお前は悪くないんだし、あんまり気負うなよ。余計な心配をかけないようにと思って何も伝えていなかった、俺とフィリップが悪いんだからさ」

「でも、」

「この話を聞いた今、お前は大丈夫か?」

「……うん、大丈夫」

「良かった。じゃあとりあえず今は、間違いなく死にかけてるフィリップのフォローをしてやらないと」

レックスの言う通りだ。間違いなくフィリップ様は今、とてつもない罪悪感や自己嫌悪に苛まれているに違いない。

「なあ、もう記憶が戻ったフリをしてもいいんじゃない」

「えっ?」

「だってお前、もうフィリップのこと好きだろ?」

「……うん。好きだよ」

躊躇うことなく深く頷けば、彼は満足気に微笑んだ。

「記憶が戻ったフリをした上でお前が気持ちを伝えれば、流石にフィリップだってすぐ蘇生するさ」

「…………」

レックスはそう言ったけれど、わたしは本当に記憶が戻ったふりをしていいものかと、悩み始めていた。

……だってわたしは、彼の沢山の嘘を知っている。

それなのにこれほどの嘘をついたわたしだけ、それを隠し通したままだなんて不公平だ。このままでは一生、わたしはこの嘘を引きずってしまう気がする。

「……ねえ、レックス。わたしの記憶喪失が全部嘘だって、婚約破棄の為についたって知ったら、フィリップ様は」

わたしのこと、嫌いになるかな。

そう、言いかけた時だった。

「今の言葉、しかと聞きましたわよ!」

突然、大きな音をたてて部屋のドアが開いて。

慌てて振り返った先はなんと、してやったりという表情を浮かべたナタリア様と、フィリップ様の姿があった。

あまりの予想外のことにわたしは息をするのも忘れ、石像のように固まってしまう。レックスも流石に驚いているらしく、ぽかんとした表情を浮かべていた。

──まさか今の言葉を、フィリップ様に聞かれてしまったのだろうか。記憶喪失の件を正直に話すにしても、こんな形などわたしは望んでいなかったというのに。

けれど非情にも、嫌な予想は的中していたらしい。やがて彼は、生きた心地がしていないわたしに言ったのだ。

「……最初から全部、嘘だったのか?」と。