軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

曖昧で控えめな

「あ、そうだ。来月、学園の同窓会があるのは聞いた?」

「いえ、まだ」

「俺も行く予定なんだけど、ヴィオラも行こうよ」

そうじゃないと次、いつ会えるかわからないし。そう言って、彼は困ったように微笑んだ。

今日のパーティーですらかなり疲弊したのだ、知り合いまみれの同窓会なんて絶対に行きたくない。なんと言って断ろうかと悩んでいると、「お兄様!」という可愛らしい、且つ不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「もう、いきなり物凄い勢いで歩き出したから、本当に探したのよ! お兄様が一緒に居てくれないと、小物どもが話しかけてきてうざった……あら、ヴィオラ様! ご機嫌よう」

そうしてわたしに笑顔を向けたのは、シリル様の妹であるローラ様だった。

相変わらず天使のように美しい彼女とは元々、挨拶をするくらいの仲だ。だからこそ、ローラ様の愛らしい声で紡がれた、小物だとかうざったいという言葉に、わたしは内心かなり驚いていた。

「私はこちらのシリルの妹のローラです。事故のせいでヴィオラ様の記憶がないって、先程聞きましたの。私達にも何か出来ることがあれば、何でも言ってくださいね」

「お気遣い、ありがとうございます」

そんなローラ様の優しさに感動しつつ、同窓会の件はうまく流してそろそろこの場から離れようと思っていると、不意に名前を呼ばれて。振り返れば、フィリップ様がこちらへ向かって来るのが見えた。

「フィル、」

「……え」

思わず彼の名前を呟けば、目の前にいたシリル様が驚いたようにそんな声を漏らした。そういや、人前でそう呼ぶのは初めてだった気がする。

そう呼ばないと彼は返事をしてくれないため、いつの間にか癖になりつつあるのが恥ずかしい。

「ねえ、ヴィオラ」

「帰ろう」

「はい?」

シリル様の言葉を遮るようにそう言うと、フィリップ様はわたしの手を取った。

合流した途端、そんなことを言い出した彼にわたしは戸惑いを隠せない。何か急用でも出来たのだろうか。

「ねえ、フィリップ。挨拶もしてくれないの?」

「先日会ったばかりだろう」

「もう少し話そうよ。俺もヴィオラと話したいし」

「無理だ」

それだけ言うと、フィリップ様は出口へと向かってどんどん歩いていく。一体どうしたと言うんだろう。

腕を引かれながらちらりと振り返れば、シリル様は笑顔で手を振り、「またね」と形の良い唇を動かしていた。

何とも言えない空気の中、わたし達は今なぜか隣り合って座り、帰りの馬車に揺られている。

手は繋がれたままで、ひどく落ち着かない。その上、フィリップ様はあれからずっと黙ったままだった。

「……シリルを、」

我が家に着くまで、あと半分ほどという頃。フィリップ様はようやく口を開いて。わたしは「はい」と返す。

「君は、あいつのことを嫌っていた、気がする」

「はい?」

そして彼は、今日初めての嘘をついた。それも何故か、曖昧で控えめな言い方で。

わたしは別に、シリル様のことを嫌ってなどいない。あんなことを言われた後だ、今日久しぶりに会って内心気まずくはあったけれど。何故、そんな嘘をつくのかわからない。

「……だから、あまり話さない方がいい」

そんなことを言った後、フィリップ様は屋敷に着くまでわたしの手を握ったまま、再び黙ってしまった。

◇◇◇

年に一度、我が国ではこの時期に花祭りというイベントが行われる。街は沢山の花で彩られ、人や出店で溢れるのだ。

そしてその日、男性は女性に花束を、女性は男性に花を刺繍したハンカチを贈るという風習がある。

貴族の場合、恋人という雰囲気ではなくとも、婚約しているのならば贈り合うのが普通だけれど、わたしとフィリップ様は一度もそのやりとりをしたことがなかった。

この日に限っては婚約者がいる相手に贈ったとしても、なんら問題はない。普段お世話になっている人達に配ったりするのも普通だからだ。

だからこそ彼は毎年、数えきれないほどのハンカチを贈られていた。受け取らないのも失礼にあたるため、彼は一生分のハンカチを持っているに違いない。

そして何より、わたしは壊滅的に刺繍が下手だった。学園ではいつも先生に「このままでは恥ずかしくてお嫁に行けませんよ!」と言われていた記憶がある。ひっそりと練習したりもしていたけれど、たいして上達しなかった。

だから毎年、わたしは他の令嬢とは違い、花祭りまでの日々を忙しく過ごすことはなかったのだけれど。

「君は元々、花はプルメリアが好きだったんだが、記憶がない今も好きだろうか」

我が家を訪れた今年の彼は、花を贈ってくる気満々のようだった。どういう風の吹き回しだろうか。

そして好きな花の話など彼にしたことはなかったけれど、合っている。何故知っているのだろう。ちなみに花祭りの説明も、先程彼からしっかりと受けた。

「……先日、メイドが洗濯を失敗してしまって、ハンカチが全部ダメになってしまったんだ。本当に困った」

「そうなんですね」

「ああ。何か絵柄が付いていると尚良いんだが」

そして彼はこまめに、無理のあるひどく遠回しな刺繍入りのハンカチが欲しいアピールをしてきた。買えば良いのではという言葉を飲み込み、再び「そうなんですね」と返す。

何故今更になって欲しがるのかはわからないけれど、ここまできたら、はっきり欲しいと言ってくれた方がまだ良い。

結局、わたしの口から「ハンカチを贈る」という言葉が出ることはなく、彼は花祭りの日に予定を空けるようにだけ言うと、肩を落として帰って行った。何なんだろう。

「…………」

なんだかんだ、婚約はしているのだ。もしも彼から花束を貰い、ハンカチを贈らなければ失礼にあたる。

そしてその日の夜、わたしは悩みに悩んだ結果、棚の奥にしまっていた裁縫箱をそっと取り出した。