軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33.婚約の条件

「ええ?! ここで今言うの?」

ヴォルデ侯爵は仰け反って驚いた。

突拍子もないことを言った自覚はある。

タイミングもおかしいだろう。

それでもここで言わなければエレーナはいつまで経っても婚約出来なさそうで、うだうだとなるのが分かっていたから言ったのだ。

「はい。そもそもそちらがこちらに先に、縁談を申し込んだのですから拒否しませんよね?」

ずいっと近寄って圧をかければヴォルデ侯爵は1歩後ろに下がる。その後ろはもう湖面で、落ちるか落ちないかの瀬戸際。

彼に逃げ場は……ない。

「そりゃあそうだけど……君に申し込んだのは……絶対に拒否されるから都合がいいと……父上が誰でもいいから縁談を申し込めとか言ったから」

何かボソボソと侯爵は言う。その間エレーナの心臓はドクンドクンと大きく波打っていた。これでも口に出した言葉に恥んでいるのだ。

夜に紛れているので分かりにくいが、頬は火照り、手先は震えている。

自分から言ってしまった。拒否されるかしら? やっぱりダメかしら? こんな行き遅れの令嬢よりももっと若い子の方がいいわよね、あぁなんで私こんな変な所でこの話題を。

何も返してこない侯爵によってエレーナの思考はネガティヴになっていく。元々エレーナの思考はネガティヴになりやすかった。それが彼女の悪い癖でもあり、勘違いやすれ違いを引き起こすひとつの要因。

コツンと足に当たった何かに目を向けると靴だった。そういえばエレーナはまだ裸足だ。慌てて履き直せば、ヒールの高さで負担がかかり、先程まで感じてなかった激痛で座り込みそうになる。

「えーと、エレーナ嬢」

「はい。なんでしょう」

ジンジンと痛む足に冷や汗をかきながら平然を装う。

闇夜に熔ける彼の瞳がエレーナを見据えて、金と紫の瞳は月と夜のように溶け合って混ざり合った。

「警備の関係で中にも少しの間いたが……君は慕う殿方がいるんじゃないのか」

知っているはずなのにあえて侯爵は名前を出さなかった。

憐れむような視線はエレーナが叶わない恋を抱いていることに対してなのか、それとも──恋心を隠せと言いたいのか。

「────そんなに分かりやすいですか?」

か細い声で言えば熱を持っていた身体は急速に冷えて、無意識に視線が下がる。

「分かりやすいというよりできあがっている……みたいな? 私以外にも言われているのではないかい?」

「言われましたが……周りは知らないのですよ」

──彼の慕う人は私ではないことを

「君がそう思っている限りダメなんだろうけど……よし、そうだ! 分かった。君のご両親が許可するのであれば婚約を結んでもいい」

「ほっ本当ですか?!」

目を輝かせて侯爵を見れば彼は頷く。

「彼の幸せと君のために一肌脱ごうじゃないか。きっと今にわかるよ? 本物の王子様が君を攫いにやって来る。そして私は他の令嬢達と父の催促から逃げられるしね」

「王子様……来れば嬉しいですけどね」

苦笑が混じった声が漏れる。

「あっでも条件がある」

「条件? 私にできることであれば」

「それは────」

言われた条件は、普通だったら簡単なこと。

周りには何も影響を与えないこと。

でも今のエレーナにとってはつらいことだった。

それでもエレーナは呑むことにした。前に進むことにした。

「今度行われる行事の後に……私がすればいいのですよね」

「そうだよ。無事に終わればその後に婚約証明書を提出する」

とても簡単なことだ。すんなり終わるだろう。エレーナを騙しているようには見えないし、何より騙す理由がない。

「わかりました。それで終わりにできるのなら」

今度こそ差し出された手を取る。握られた手は屈んだヴォルデ侯爵の肩に動かされた。

「背中に乗りな。足が痛いだろう?」

「……歩けます」

「騎士に、怪我人をそのまま歩かせろと?」

侯爵の顔に苦笑が浮かぶ。

このままでは押し問答だ。本当はとても足が痛い。歩けそうにない。意地で歩けると言っているだけ。彼にはそれを見抜かれている。

「御心遣いに甘えて……ありがとうございます」

ヴォルデ侯爵の背中に体重を乗せる。振り落とされないように、両腕は首の前に出して、シャツを掴む。

「では行こう」

グンッといつもより高くなる視界。

木の枝を踏む音。

梟の鳴く声。

木々の擦れる音。

いつもより鮮明に記憶に残る。

無言のままヴォルデ侯爵は進む。エレーナが落ちないように気を付け、普通よりゆっくりとしたペース。それでも数分で宮の近くまで来た。

「侯爵様」

眩しいきらびやかな宮を見ながらぽつりと呟いた。

「なに?」

「よく、私の申し出を拒否しませんでしたよね」

「今さら君が言うのか?」

「条件こそ……あれですが。私よりももっといい令嬢いるでしょう。これでも私、行き遅れなのですよ」

「ははは。それは仕方ないだろう。鳥籠の中で守られていたのだから。自由であって自由ではなかったのさ。君が気がついてないだけで」

「自由ではない?」

「今にわかる。君はとても大切な存在なんだよ。彼にとってね。許してやってくれ」

それっきり再びエレーナとヴォルデ侯爵は無言になった。