軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.愛しい宝物(3)

「レーナは……」

扉に隠れて姿は見えないが、聞き覚えのある声にエレーナは少し怯えつつ声を出す。

「あ、あなた?」

そこには目を瞬かせた夫──リチャードがいた。彼はキースを守るように抱き抱えるエレーナを見て眉間に皺を寄せる。

そうして抱えられたキースに尋ねた。

「そんなところにいてどうしたんだ? 侵入者がいたのか? 警備不備か? どうしてこの部屋には人が居ない」

「え、あ……ふぇ……」

矢継ぎ早に尋ねてくるリチャードが怒っているように見えたのか、キースはまともな受け答えが出来ず、今にも泣き出してしまいそうだ。

「あなたの……」

「?」

「あなたのせいですっ!」

キッと睨みつければ、何故妻からそんな目を向けられないといけないのか分からないリチャードは動揺を隠せない。

「えっと、レーナ?」

「あなたが突然……というか勢いよくこの部屋に入ってくるから驚いて、隠れたのよ」

「いや、普通に入って……」

「──来てません」

一刀両断する。息子はエレーナの腕を掴んで離さない。余程怖かったのだろう、ぶるぶる震えている。

確かに先程のリチャードの顔はエレーナでも怖かった。見ず知らずの人ならば、自分も恐怖で足がすくんだだろう。

(せっかく泣き止んでリチャードの所に行くこと喜んでたのに)

むぅっと頬をふくらませ、怒っている妻をどう宥めるか……リチャードは取り敢えず弁明することにした。

「レーナ、怒らないで聞いてくれ」

「怒ってません」

「私から見たらおこって……なんでもない。先ほどメイリーンから火急の案件がないか聞かれた」

それはエレーナの指示なので知っている。問題は何故、メイリーンではなくてリチャードがこの場にいるのかだ。

「私は『火急の案件は無い』と答えた。だが、その後に入ってきた文官の一人が言ったんだよ」

その説明で彼の言いたいことの大体の予想がつく。あの時、廊下に人が群がり始めていたからその中にいたのだろう。リチャードの元に行く文官が、キースの泣いている場面を見ていたのだ。

「『あれ、陛下は王妃様の所に行かないんですか?』と」

「それで?」

「何故そんなことを私に尋ねるのか聞くと『王妃様が号泣しているキース殿下を抱えて困っていましたが……』と教えてくれたからここに来た」

「ここに来ることギルベルトに言いました?」

「いいや、部屋にいなかったし。直ぐに戻るから」

これはギルベルトが困っている。自分が少し席を外したら主がいなくなっているのだ。頭を抱えたくなるだろうに。

ちょっぴり心の中で同情する。

「だからと言って扉が壊れそうになるくらい勢いよく開けないでください」

「それについては反省しているよ。二人を驚かせてしまった。キースごめんよ」

そぉーっとリチャードの手が息子に伸びる。

「やっ!」

キースは取り付く島もないほど素早い拒絶を示し、エレーナの胸に顔を埋めた。行き場を失ったリチャードの手が空中を彷徨う。

「……ははうえを驚かせたから父上なんて嫌い」

「あら、嫌われちゃったわね」

くすくすと笑えば、リチャードは不服そうな表情をエレーナに向ける。

「……ところで何故キースは泣いていたんだ。大泣きだったと言っていたよ」

ちょいちょいと手招きすれば、リチャードはエレーナの口元に耳を持っていく。

「私のせいなのよ。寂しかったみたいで僕をかまってって言われたわ」

それを聞いた途端、リチャードは後ろめたそうな顔をする。

「それは……私もだ。そうか、そうだな。まだ三歳だ。赤子と同じか」

「だからね、毎日絵本を読む約束と寝るまで一緒にいる約束をキースとしたの。あなたも巻き込んでしまったのだけどいいかしら?」

「いいに決まっている。反対する余地がない」

「──何の話をしているの?」

会話を遮った息子は不思議そうに首を傾げる。

「さっきの約束のことよ。お父様も了承したわ」

ぱっと花開くような笑顔を見せたキースは、自らリチャードの手を取り、ぶんぶん上下に振る。

「やった! なら父上のこと嫌いじゃない。絵本読んでね?」

「ああ何冊でも読んであげるさ」

目じりを下げたリチャードは優しくキースの頭を撫でた。

「じゃあ今度こそティータイムに行きましょう。あなたも遅れて来れますか?」

「今すぐ行く」

「執務は?」

「終わってないが、ギルベルトが単に嘆くだけだよ。どうにかなるさ」

さらっと告げるが周りの者達にとっては大変だ。だが、キースがリチャードと一緒にしたいと言ったのでここだけは目を瞑って欲しい。

エレーナは心の中でギルベルトや他の側近に謝罪した。

◇◇◇

夜、エレーナはキースの乳母にとある言付けをして寝室に控えていた。隣には持ち込んだ書類を読みながら、エレーナの髪を弄ぶリチャードがいる。

そこに控えめなノックがかかった。

「どうぞ」

「あの……母上? 乳母が母上と父上の部屋に行きなさいって」

スリッパの音を響かせながら恐る恐る入ってきたのは就寝準備を終えたキースだった。パジャマ姿の息子は大きなぬいぐるみを抱きしめながら不思議そうにしている。

「キース、いらっしゃい。今日は一緒に寝ましょう」

寝台に腰掛けていたエレーナは腕を広げ、書類を片付けたリチャードと息を揃えてこう言った。

「「おいで」」

それを聞いたキースは弾けたように駆け出し、笑顔で迎え入れる大好きな両親の胸の中に飛び込んだのだった。