軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13.王妃様の思惑(1)

「リドガルド陛下とミュリエル王妃殿下にご挨拶を申し上げます」

控えの間にやって来たルイス公爵一家は頭を下げる。そんな中、エレーナは鈍い痛みと大きくなる鼓動を必死に抑えつけていた。

(もし、リチャード殿下と目線があったら……耐えられなくて逃げ出してしまいそう)

そんな考えは杞憂に終わった。リチャードは席を外していたのだ。

「顔を上げてくれ。君に頭を下げられるのは奇妙な感じだ。いつも私を怒ってくるからな」

はははと快活な笑い声をリドガルドは上げる。

リチャードと同じ紺碧の瞳にサラサラな金糸の髪はシャンデリアの光によって輝いていた。

「……家族の前でそんな話をするのはおやめ下さい」

「わかったよ。私が悪かったから睨まないでくれ」

ルドウィッグはリドガルドと話し始める。

「ヴィオは元気だった? 久しぶりに会えて嬉しいわ」

甘く潤った心地いい声が耳を包む。

大きなルビーの瞳に、エレーナと同じくらいの緩やかなウェーブを描く淡い瑠璃色の髪。

口元は少し弧を描いて、口紅の塗られた唇は優艶さを醸し出す。

国一番の美人と称され、名実共に女性のトップに君臨するお方。

この国の王妃──ミュリエルだ。

「エル、とても元気よ。私もあなたに会えて嬉しいわ」

椅子から立ち上がったミュリエルはヴィオレッタにギュッとハグをして、頬にキスする。

ミュリエルとヴィオレッタは友人だった。王家にミュリエルが嫁いでからは中々会う機会もなくなってしまったが、それでも周りから見れば親しい仲である。

「レーナちゃんもお久しぶりね! 先週王宮を訪れていたとリチャードから聞いたわ」

「お久しぶりでございます。お伺いすることが出来ずに申し訳ございません。少し急いでいたもので」

謝罪をすれば「気にしないで」と返ってくる。

王妃はエレーナのことをよく気にかけてくれていた。

小さい頃、ヴィオレッタに連れられて王宮に行けば可愛いと褒めてくれたし、お菓子を準備して待っていてくれた。

最近ではミュリエル主催の茶会の招待をよく頂き、参加するといつも「会えて嬉しいわ。さあ近くに来て」と隣の席に座るようエレーナを促す。

それが王家がエレーナを贔屓していると他の貴族に受け取られる原因でもあり、肩身の狭い思いをしたことも多々あった。

元々ヴィオレッタが王妃の友人、ルドウィッグが国王の側近という立ち位置で、王家に近いと言われていたエレーナの家だ。他貴族からの妬みの矛先を向けられるのも仕方なかった。

「レーナちゃん」

「はい。なんでしょうかミュリエル様」

透き通ったルビーの瞳はキラキラと輝いて、ミュリエルは声を潜める。

「レーナちゃん王家にお嫁に来ない?」

息が、できなく、なる。無理に空気を吸おうとすればヒュッと変な音が出た。

身体から一瞬にして酸素が無くなったようで、力が抜けそうになる。目の前が白くなって霞む。

──花嫁を選ぶための舞踏会。

彼女の中でその噂は事実となっていたが、ミュリエルの口から出たことによって本当の現実になる。

エレーナ以外の令嬢を選ぶ場所で、放たれた言葉はまるで彼女を嘲笑うかのようで────

ここ一週間、周りの人達はエレーナにとって残酷なことを言ってくる。悪意がないのは分かる。分かるのだが、それでも黒い感情は湧き出てきてしまう。燻ってしまう。

どうして? なぜ……? 言ってくるの? 話してくるの? これまで何も言ってこなかったのに! 何故今更────と。

「御冗談を。からかうのはおやめくださいませ」

気がつけば、内心とは裏腹にさらりと言葉が出てきていた。我ながら最適な受け答えができたと思う。

「冗談じゃないわ。貴女なら私達はとっても嬉しいわ」

「わ……たし……は……無理です」

「どうして?」

「近々、今まで受け取った中で婚約を結ぶつもりなので」

歪な音を立てながら心臓は動く。決意は煙のように掻き消えそうだ。

不思議なことでは無い。それよりもこの歳にもなって婚約を結んでいなかったエレーナの方がおかしかったのだ。

汗ばむ両手を握りながら俯けば、淡い空色の生地が目につく。綿菓子のようにあまくて澄んだ色。今のエレーナの感情とは真反対。とても眩しかった。

「それはめでたい! 婚約式と結婚式には是非呼んでくれ」

普通だったら喜ぶ報告。リドガルドもそう思ったのだろう。祝福の言葉をくれるが、状況が状況だった。周りが固まっているのにひとりだけ喜んでいるのだ。完全に白けている。

「……何も状況を把握できていない貴方は黙っててくださいまし! うるさいです! 邪魔っ! 空気読めない馬鹿!」

わなわなと震えて怒りのままにミュリエルは夫を睨んだ。

そしてビュンッと空気を斬って、彼女の手にあった扇がリドガルドの頭に直撃する。

見ている方が痛みを感じそうなほど、ゴンッと大きな音がしてリドガルドは小さく呻いた。