作品タイトル不明
12.新しい護衛
朝、真っ赤になりながら部屋を出るリチャードを見送ったエレーナ。午前中は部屋の中でじたばた悶えていたのだが、午後はリチャードと共に新たに王太子妃付きとなる者と対面することになった。
「ええっと……リーさま?」
困惑の声を上げたエレーナは夫となったリチャードを見上げる。
「どうしたの」
(どうしたのって……)
彼の後ろから現れたのは見知った顔で。しかしながら、ここに来るはずではない人物だった。
ちらちら視線を送っていると、その人はお仕着せ姿のまま靴音を鳴らしてエレーナに近づいた。そうして左胸に手を当て、軽く頭を下げる。
「お久しぶりですエレーナ様。この度エレーナ様付きの侍女になりました。──というのは半分嘘です」
ひとつに結んだ髪を揺らし、目の前の人──メイリーンはさらりと言った。途端、お淑やかさが消える。
「おい」
「えー殿下、あの事件で私の正体はバレてますから今更取り繕う必要ないですよ」
メイリーンはエレーナの手を取って跪く。
「この度、メイリーン・クロフォードは主の命令により王太子妃様付きの護衛になります。以後よろしくお願い致します」
騎士の誓いを真似て、チュッと手のひらに口付けした。
「えっと……護衛?」
事前に何も聞いてなかったエレーナは戸惑いを隠せない。確かに彼女はあの一件で普通の人ではないのは知っていた。だが、護衛になるなんて想定外だ。
女は守られる者。貴族の娘であるならば尚更──そういう価値観の中で生きてきたエレーナにとって、伯爵家の娘であるメイリーンが自身の護衛になるなんて考えたこともなかったのだ。
(婚約期間も付き添いとかしてくれていたけれど、表向き、護衛としてはコンラッド卿やクラウス卿が任命されてたのよね)
彼らはエレーナが王太子妃になった後も、護衛として仕えてくれるらしく、小さい頃からの信頼のおける知り合いがそばに居てくれるのは密かにありがたいと思っていた。
「リーさま、既に二人も専任がいますが……」
やんわり辞退しようとするが、リチャードは笑顔で跳ね返す。
「何に巻き込まれるか分からないから。念の為にね。多ければ多いほどいいだろう?」
「またまたさもありそうな理由で本音をお隠しになられて。私を王太子妃付きの護衛にした理由は違いますよ。エレーナ様、リチャード殿下はこれ以上、専任に異性の護衛を付けたくなかったんです」
立ち上がったメイリーンがリチャードの考えを高らかと補足(暴露)すれば、リチャードの目付きが鋭くなった。
「メイリーン給料減給するよ」
「別にいいですよ。両親やお兄様に助けてもらいますし〜〜」
メイリーンはからかうようにふっと笑う。この時ばかりはリチャードは完全に彼女の手のひらで転がされていた。
エレーナは会話に入っていけず、しばし沈黙を貫いていたところ、リチャードが心配そうに覗き込んで来た。
「レーナが嫌なら護衛を変えるよ。少数ではあるが、女性の騎士は他にも存在するから。どうする?」
「あっ、是非メイリーン様にお願いしたいです」
知らない人になるより知っている人の方がいい。
「エレーナ様がいいと仰られたので殿下、いいですよね?」
「……変なこと吹き込まないでくれよ」
「場合によります。そういえば殿下、今朝どうでし──」
「その話はここでしないで。それと、レーナの純真さを利用するな」
「りひょうしてまひぇん」
リチャードが抗議の声をあげようとするメイリーンの口を塞いでいる。
「あの、揉めるようならそもそも護衛なんていらない……です」
どうせ宮の外に出ることは滅多にない。公爵令嬢時代も出かけることは少なかった。ましてや王太子妃となれば王族なのだ。公爵令嬢よりも身軽ではなく、人目のある宮廷の中なら四六時中護衛を付ける必要も無いだろうとエレーナは思ったのだが……。
「いるよ」
「いりますよ」
リチャードとメイリーンは息を揃えて言った。
「いいですかエレーナ様」
立てた人差し指をメイリーンは揺らす。
「この世にはですね、よからぬ事を考える不届き者で溢れ返っています。護衛を付けない選択肢は有り得ません」
「そうかしら」
「ええ、エレーナ様の場合は自称見守り役がなまじ権力を持っていたので虫が全て駆除されてましたが……。エレーナ様はそのせいで鈍感ですけれど、本当だったら社交界でモテモテですよ。悪い人も寄ってきてたはずです」
「もて……もて? 公爵家だから?」
「家柄の面もありますが、それよりも先ず美人です!!!」
メイリーンはどこからともなく取り出した手鏡にエレーナの顔を映した。
「もうどこから見ても美しい顔です! 殿下もそう思いますよね」
「何当たり前なことを。レーナが世界で一番可愛いく、美しい女性だ」
ごく自然に褒められてぽっと頬が軽く赤に染まってしまう。
「メイリーンは表向きレーナの侍女として君のそばにいるけれど、侍女に扮しているだけだから何かあれば彼女に言うといい。そうすれば私の方へもすぐ報告がくる」
「分かりました。よろしくねメイリーン様」
「様はいらないですよ。エレーナ様は王太子妃になられましたし、私は臣下ですので」
(……と言われても。慣れなくてむずむずする)
「ほら、呼んでください。練習です」
エレーナの心を読んだのか促してくる。
「メイリーンさ……メイリーン」
「はい」
にっこり彼女は笑う。
「話が逸れましたが、護衛としての実力に関しては心配しないでくださいね。私、これでも男装して出場した大会では優勝してますから!」
「凄いわ。とても心強い 」
「体力にも自信があるのでもし、エレーナ様が倒れられたら呼んでくださいね」
こくんと頷く。今のところ倒れる予定は無いが、そのような状況が訪れたら緊急事態とはいえ、夫以外の異性に抱き上げられるより彼女の方が良いだろう。
「話は終わりだよ。レーナ、ティータイムにしよう。珍しい茶葉を手に入れたんだ」
リチャードは扉を開けた。入ってきたのはポットや菓子の乗ったワゴンを引く侍女である。彼女は軽く会釈し、茶の用意を始めた。
「どのような種類で?」
「遠い異国の茶葉らしい。お湯に入れると花が咲くのだとか」
「まあ! それは早く飲みたいです!」
茶はルイス家の特産品でもあって大好きだ。いそいそとリチャードと一緒にソファに腰掛ける。
「メイリーンも座って」
「私もですか? 結婚初日なのですし、おふたりで過ごされた方がよろしいかと」
外で控えていようと出ていくところだった彼女はエレーナに呼び止められて困惑を露わにする。
「いいのよ。一緒に飲みましょう」
(花が咲くなんて私たちだけ楽しむのでは勿体ない)
「ね、リーさまいいでしょう?」
上目遣いにねだるが、彼は不服そうだ。
「リーさま?」
「レーナの好きなように──と言いたいところだが、夫婦となって初めてのティータイムは私と過ごして欲しい。二人っきりは嫌?」
(うぅその顔反則)
物悲しげに憂いを微かに帯びた瞳。エレーナはたちまちやられてしまう。
「ありえませんよ。でも、素晴らしいものは皆で分かち合えば合うほどいいと思いますし、二人だけになるのはドキドキしてしまって心臓が持たな……っ!」
不意にぐいっと引き寄せられて口を塞がれる。唇が離れても、顔は近くにあってのぼせるように顔が熱い。
(不意打ちすぎる……!!)
「もしかしなくてもリーさま、キス魔ですね!?」
薄々思っていたことをぶつけた。
婚約期間も、昨夜も。数え切れないくらいに。以前、それとなくエリナ達にも尋ねたのだが、自分達の頻度はやはり多いようだった。
「可愛すぎて何度もしたくなるレーナが悪い」
「もうダメですよっ! これ以上は本当に心臓への負荷が……!」
慌てて手で彼の口を塞ぐと、手首を優しく掴まれて掌と甲に唇が触れる。その際、向けられた流し目の色香に思い出さないようにしていた昨夜の記憶が蘇り、熱が全身を駆け巡った。
「手もダメです……!! だめ!」
「なんで?」
「なんでってなんでもです! とにかく全部だめです!」
(ああ、私の心臓持つかしら。いきなり止まってしまいそう)
覚悟していたけれども初日からこれでは先行き不穏である。
そんな二人の間に甘い雰囲気に、空気になっていたメイリーンは邪魔しないよう気配を消して退出したのだった。