作品タイトル不明
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「どうも、お邪魔するわよ」
そう言ってコラッリオがずかずかとディラス邸に乗り込んで来たのは、夜会の惨事から一ヶ月後─── 街中がすっかり秋色に染まった頃だった。
さてディラス邸の玄関ホールは現在、とてもピリピリとした状態にある。
それは、この屋敷の主人の目の下に当分消えないくらいの濃い隈を作ってくれた張本人がやってきたから。
古参のメイドに至っては塩の入った壺を抱えて、今にもまき散らさんばかりの勢いだった。もちろん結婚式当日すっぽかしをかましてくれたこの女性に対して、ドミールも露骨に”今すぐ消えろ”オーラを全開にしている。
だがこの屋敷の主人の妻であるシャンティは、丁寧に頭を下げた。
「いらっしゃいませ、コラッリオさん。さ、ギルフォードさんもお待ちです」
にこりと笑みを浮かべるシャンティに、コラッリオはふんっと鼻で笑ってギルフォードが待つサロンに移動した。
「……まさか本当に来るとはな」
ギルフォードはコラッリオが部屋に入るなり、呆れた口調でそう言った。
けれどコラッリオは、これもまた小馬鹿にしたように鼻で笑うだけ。そして勧められてもいないのに、勝手にギルフォードの向かいにあるソファに腰かけた。
もはや彼女は素の自分を隠す気は無いようだった。
「茶葉は多めに入れてちょうだい。それとミルクは要らないから」
足を組みつつ我が物顔で注文を付けるコラッリオに対して、メイドはひくりと頬を引きつらせる。
もちろんそんなことをされてもコラッリオは、気にする素振りを見せない。
そしてシャンティがギルフォードの隣に腰かけたのを機に口を開いた。とんでもなく、ずうずうしい要求を。
「さっそくだけどディラス少佐、謝礼をちょうだい」
「……君はすごいな。そのふてぶてしさなら、戦争の最前線に放り込まれても絶対に生還できるだろう」
「そんなところ頼まれたって行かないわよ。それより、謝礼、出すの?出さないの?」
ソファのひじ掛け部分に肘を置いて頬杖を付いたコラッリオは、猫のように目を細めた。
部屋が一触即発の空気となる。
お茶の用意を終えたメイドは、トレーを手にしたままその場で固まってしまう。
シャンティもオロオロと二人を交互に見つめている。
しばらくの間の後、ギルフォードは「内容による」と言い捨てた。
さて、まるで恐喝しているかのようなコラッリオだが、一応、それを請求できる権利はある。……一応。
コラッリオは詐欺容疑で指名手配されている、とある貴族の検挙に協力をしたのだ。
それが夜会での一件。そして、シャンティを襲ったのはコラッリオのかつての婚約者で、アルフォンスがギルフォードに忠告をしたビデーレ卿であったりする。
ご存知の通り、ビデーレ卿は投資に失敗した。そしてコラッリオを妻に迎えることも無く、行方不明となっていた。
けれど真相はちょっとばかし違う。
ビデーレが投資に失敗したのは確かな事実。だが、その資金は彼の資産ではなかった。架空の投資話を至る所に持ち掛け、資金を集めていたのだ。いわゆる詐欺行為を長年続けてきた。
ただ、ビデーレは妙に頭が良かった。
まず架空の投資話を真実だと思い込ませるために、最初はきちんと配当金を渡していた。そしてその間に投資をする連中の選別を行った。
口車に乗りやすいタイプか。
財政が豊かで、自由になる金を持っているか。
例え詐欺とわかっても表沙汰にしたくないタイプなのか。
ビデーレはそれを徹底的に調査し、カモになる人材をピックアップした。そしてその連中にだけ、 本(・) 当(・) の(・) 投(・) 資(・) 詐(・) 欺(・) を行っていた。
この綿密に計算された計画だからこそ、長年この犯罪は明るみにでることはなかった。
ではなぜコラッリオが気づいてしまったか。
それは彼女の強欲さと、妙な正義感からだった。
コラッリオはお金が好きだ。三度の飯より、大好きだ。そして金持ちの男の肩書きだけを愛することができるという特技を持っている。
きらびやかなドレス、妖艶な輝きを持つ宝石、一粒でパン10個分の価値のある砂糖菓子。
そういったものに目がなく、それらを身に付け食すことができ、そんな自分を素敵、羨ましいと称賛されることに最上の幸せを感じることができる人種だった。
言い換えるなら、正当なお金持ちが好きなのだ。
成り上がり上等!軍人上等!とにかく正々堂々と、犯罪臭の無いお金を無尽蔵に使いたくてたまらないのだ。
だからそういったお金の臭いに鼻が利く。麻薬犬だって、尻尾を巻いて逃げ出すほどの能力をもっていたりする。
そんなわけでコラッリオは、ビデーレが詐欺行為をしていることにいち早く気づくことができたのだ。
ちなみにコラッリオがビデーレに乗り換えたのは、ギルフォードとの結婚式を控えた5日前。宝石でできた花束を手に求婚してきたビデーレにコロンと心が傾いてしまったのだった。
だが、あとで気づいたけれど、その花束からもしっかり犯罪臭がしていた。
そんな腐敗した宝石に目が眩んだことにコラッリオが悔いたのは、ま、どうでも良いということ。
あとなぜ夜会にビデーレが乱入したかということだが、それはちょっと複雑な事情がある。
ビデーレはコラッリオが去ったのは、詐欺行為に気付かれたわけではなく、また財産を失ったからでもなく、ギルフォードと復縁したいのだと思い込んでいた。
そして横取りをかましたのは自分だというのに、人のものに手を出すなんてと怒り狂ったのだ。
幸か不幸かわからないがギルフォードには敵が多い。そしてそういう輩が、憎悪を募らせるビデーレを利用しようと思うのはごく自然の成り行きで。
しかもタイミング良く、大規模な夜会が開催されることになる。
だからビデーレに衛兵の制服を貸し与え、厳重な警護の目を誤魔化して会場に乱入させることが可能だったのだ。
一方、コラッリオは夜会が開催されることを友人......とまでは呼べないが気の良い子爵令嬢から聞いた。ちなみに居場所を失った彼女は、その令嬢の屋敷に図々しくも居座っていた。
そしてそこで、ビデーレがかつての婚約者であるギルフォードに逆恨みしていることと、最悪コラッリオ自身が危険な目に合うかもしれないと忠告をした。
まぁ、伝えてくれた令嬢は「そういうわけだから、こっちに被害が出る前にさっさとどっか行って」というニュアンスだったのだが、コラッリオはこれは使えると思った。
そしてギルフォードではなく、シャンティに連絡を取った。夜会に夫婦揃って出席することもシャンティから聞き出したコラッリオは、ビデーレが夜会当日に何かしでかすと踏んだ。
ま、実のところ確信は持っていなかった。だから違っていたら仕方がない。来ればラッキーくらいに思っていたのはここだけの秘密ということで。
え?なんでコラッリオは直接ギルフォードに連絡をとらなかったのだと?その答えは、至って単純。彼女が根っからの善人ではなかったから。
そんなわけでコラッリオは、夜会当日にド派手に登場し、ギルフォードの妻だとアピールした。そしてビデーレを煽り、ギルフォードに逮捕させようとしたのだ。
最後に余談だが、あの日───新婚旅行中に乱入したコラッリオは、本当はギルフォードにビデーレの悪事を伝えるつもりでいた。この美貌を持ってすれば、容易に復縁できると思っていたから、手土産程度のつもりで。
でも、シャンティとギルフォードのいちゃつきっぷりと、自分が撃沈したという事実に打ちのめされ伝え忘れてしまったのだった。
でも、結局ビデーレの悪事をそのままにできないと思ったコラッリオは、根っからの善人ではないが、救いようの無い極悪人でもなかったようだった。
「───……だからといってシャンティを巻き込むことはなかっただろう。警護団に訴えれば、済んだはずだ」
コラッリオが、つらつらとこれまでの経緯を思い出していれば、ギルフォードが唸るようにそう責め立ててきた。
途端にコラッリオの綺麗に整えられた眉が釣り上がる。
「あら?警護団がトロトロしてるから、わたくしが動いたんじゃない。あと言っておくけれど、ギルフォード、あなたのせいでもあるんですからね」
「……は?」
がっつり責任転嫁をされたギルフォードは、怒りを通り越して唖然としてしまった。