作品タイトル不明
15
「あ、あのっ……ギルさんっ」
「なんだい、シャンティ」
ギルフォードは穏やかにシャンティに続きを促す。だがシャンティの顔色は青いままだった。
ギルフォードは高位の軍人だ。頭の出来も良いし、洞察力だって鋭い。
だから彼との馴れ初めを自分がすっかりさっぱり覚えていないことは既に気付いているだろう。
もしかして今さっきの話を聞いて、愚かにも焼きもちを焼いてしまったことすら察しているのかもしれない。全力でそうでなければ良いと思っているけれど。
兎にも角にも、馴れ初めを覚えていないことも、彼の節操すら疑ってしまったことも責めてくれないとなると、逆に心にダメージを負ってしまう。
「ギルさん……あの……」
「ん?どうした?」
「怒っていないんですか?」
「逆に怒る理由を教えて欲しい」
どこまでも柔らかいギルフォードの口調に、シャンティは居たたまれない気持ちになってしまう。
「ギルさんっ、せっかく話してくれたのに覚えていなくてごめんなさいっ。で、図々しいお願いかもしれませんが、さっきの話もっと詳しく教えてください。気合で思い出しますからっ。いえ、私が思い出したいんですっ」
「いや、それは無理だろう」
「そんなぁー」
ちょっとは協力してほしかった。
がっくりと項垂れてしまうシャンティだが、ギルフォードはなぜか、くすくすと笑い出した。
「シャンティ、覚えていないことを気に病むことはない。私も君が覚えているとは思っていないのを前提に話したんだ」
「えー……病みますよぉ。それに期待値ゼロなんて悲し過ぎます」
「ははっ。そうじゃない。君にとってあの出来事は些細なことなんだ。きっとあの時ぶつかった相手が私じゃなくても君は同じようにしていただろう。誰にでも自然にそうできる君に、私は惹かれたんだ。だから覚えていないのが当然なんだ」
「……う」
そんな切り返しをされてしまったら、引き下がるしかない。
ただ、シャンティとしては思い出したかった。街角でギルフォードと正面衝突したなんて、想像しただけでドラマチックな展開だ。いやもう本当に思い出したい。
そんなふうに思いながらシャンティは全力で悔やんでいる。対してギルフォードも何かを悔いているように、顔を歪めた。
「シャンティ……実はまだ話の続きがあるんだ」
「へ?」
間抜けな声を出してしまったが、彼の醸し出す雰囲気が、どうやらここからが本題と告げている。
シャンティはギルフォードの腕の中で再び背筋を伸ばして、聞く姿勢を取る。
そうすればギルフォードは、静かに語り出す。シャンティを抱く腕を少し強めて。
「私は、君とは実は過去2回会っているんだ」
「……え?」
「1回目は先ほど話した通り。そして2回目は……君のご両親の葬儀の時に」
「……嘘」
「嘘じゃない。すぐ知らせを聞いて、夜通し馬を走らせて葬儀に駆け付けた。ただあまりに急ぎ過ぎた為に、うっかりして礼服を持って行くのを忘れてしまったが……。部下に借りた礼服はあまりに袖が短くて、あの時、随分失礼な服装だったと申し訳なく思っている」
「あ」
シャンティは短く声を上げた。
思い出したくない辛い記憶の中で、唯一、暖かい色彩を持つ光景が脳裏に浮かんだから。
だがギルフォードは、それに気付くこと無く言葉を続ける。罪人が自分の犯したそれを告白するような口調で。
「……葬儀の間、君はずっと参列者に対して、丁寧に頭を下げ来てくれたことに礼を述べていた。まだ親の庇護下にいなければならない年齢だというのに、とてもしっかりしていた。こんなことを言ってはアレだが、正直、菓子に気を取られ私とぶつかった人物と同じとは到底思えないほどに。だが、それはただ単に君が無理をしていただけだったんだな」
「……っ」
「君は両親の埋葬を終えて一人になったとたん、墓地のはずれにある大きな木の下泣き崩れていた」
「ま、まさか……っ」
「ああ、そのまさかだ。私も、そこにいた。そして君が泣いているのを知っているのに、慰めることもせず、その場から立ち去ってしまったんだ。……すまなかった。どう声をかけていいのかわからなかった。……私のような汚れた軍人が、声を掛ける資格など無いと思ってしまったんだ」
ギルフォードは言葉に詰まりながらも言い終えると、深く息を吐いた。
「……あの時のことを私は、今でも悔いている。なぜハンカチを置いて、逃げるように去ってしまったのだろうと。……シャンティ、本当にすまなかった」
「……いえ」
シャンティはぼんやりとした表情で、首を横に振った。
その態度は”今更謝られたって……”的な、投げやりなものに見える。だが違う。シャンティの頭は、別の事を考えていてとても忙しかった。そして───
「ちょっと失礼させていただきますっ」
シャンティは無理矢理ギルフォードの腕から逃れると、転がるように隣の部屋へと飛び込んだ。
対してギルフォードはこの世の終わりのような表情を浮かべ、項垂れてしまった。