作品タイトル不明
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起立の姿勢を保ちながら、器用に目を逸らすクローネとエリアスは、内心こんなことを思っている。
いやもうお二人さん、お互いめっさメロメロになってんじゃん、と。
ちなみにギルフォードはいつの間にかシャンティの隣に移動して、二人仲良くソファでいちゃつき始めている。
触れるだけのキスを額や頬に落とすギルフォードに対して、シャンティは困惑しながらもしっかりとそれを受け止めている。しかも時々くすぐったそうに声を上げている始末。
ちなみにギルフォードは軍服を着用したままだ。軍人なら誰もが憧れる濃紺の丈の長いダブルボタンの上着にエンジ色のタイ。そして双剣と月桂樹の腕章。なのに手袋は外している。それがまた妙に艶かしい。
そんな状態で微笑み合う二人は、もう完全にクローネとエリアスのことなど視界に入っていないのだろう。
対して起立したままの軍人二人は甘いものなど口にした覚えはないけれど、ケーキをホール食いしたような胸焼けすら覚えてしまう。
まったくこの状況を見て誰が偽装の夫婦だと思うのであろうか。
そんなことを思うクローネとエリアスは、もちろんギルフォードとシャンティの 本(・) 当(・) の(・) 馴れ初めを知っている。
そして厳しくも優しい上官の初恋を応援しているのだが、それすら必要ないものに思えて、何だか虚しさすら覚えてしまう。
ギルフォードは少佐という地位であり、指揮官としても素晴らしく、そして剣の腕前もかなりのもの。情にも厚く、その顔の怖さを差し引いても、部下からとても慕われている。
もちろん、嫉み 誹(そし) りといったやっかみはついて回るけれど、それでも寡黙で冷静沈着な態度は、まさに軍人の鑑とさえ言われている。
なのに、今のこの態度はどうよ?
クローネとエリアスは軍服姿で新妻を可愛がる上官をチラッと見てから遠い目をする。
今朝、この姿でギルフォードに眉間に皺を寄せながら「提出書類の納期を守れ」と小言を受けた二人は、これが同一人物なのかとすら思ってしまう。
きっと他の部下たちだって今のギルフォードの姿を目にしたら、唖然とするだろう。間違いない。
いやもしかしたら、壁に頭を打ち付けて記憶を消そうとする者すら現れるかもしれない。
これは大袈裟ではなく、控えめに言っての表現だ。
だからクローネとエリアスは、微笑ましい感情を通り越して、とうとう揃って呆れた表情を浮かべてしまった。
上官に対して、この態度は失礼にあたるかもしれないが、実はこの二人、本日ここへ来た本当の目的は、シャンティの気持ちを探るためだったのだ。
けれど、百聞は一見に如かず。
不安は馬鹿馬鹿しい程の杞憂に終わってしまった。あとはすべてギルフォードの頑張り次第だろう。
ちなみに軍人の鏡であるギルフォードに頑張れというエールは鳥に向かって空を飛んでみてと言うようなもの。
だから二人は、ここに居る理由も、もう無いということで。
エリアスはチラッとクローネに視線を送る。すぐさまクローネはエリアスの意図を理解して小さく頷いた。
「じゃあ、僕たちはここで失礼するよ」
「またね、シャンティちゃん」
絶賛、イチャイチャ中の新婚夫婦にクローネとエリアスはそう言葉を掛けると、新妻の方だけが慌てたようにこちらに視線を向けた。
ちなみに新夫の方は、新妻の髪を太い指に絡ませて遊ぶことに忙しいようで見向きもしない。
どうやら、仕事とプライベートはきっちりと分けるタイプのようだった。
けれど代理の妻だと思い込んでいるシャンティは、はたと自分の立場に気づいた。
なので、どうぞこのままでと言い残して退室してしまったクローネとエリアスの後を追った。
軍人の足は性別問わず早いらしい。
シャンティは、パタパタと小走りになりながら玄関ホールへと向かっているのだけれど、もう既に二人は廊下の角を曲がってしまったようで姿が見えない。
代理の妻としては、夫の部下を見送りできなかったなど、大変な失態である。
でも、幸いクローネとエリアスは玄関ホールでドミールに引き留められていたようで、無事シャンティは追いつくことができた。
「あの……何のおもてなしもできないままで、ごめんなさい」
丁度ドミールとの会話を終えた二人にシャンティは、深く頭を下げた。ちなみにその後ろにはいつの間にかギルフォードがいた。
その表情は、さっさと帰れとは言わないけれど、まぁ部下を見送る為というよりはシャンティについてきただけといった感じで。
だからクローネとエリアスも苦笑を浮かべつつ、シャンティだけに別れの言葉を告げることにする。
「いやいや、楽しい時間を満喫させてもらったよ。お茶も美味しかったし。ありがとう」
「私も楽しかったわ。また遊びに来るわね。今度は二人っきりでお喋りしましょうね」
そう言った後、クローネとエリアスは一応、上官にも礼を取ってから屋敷の外へと足を向けた。
そしてシャンティが代理の妻になって初めての来客は、無事に帰路に付いたのだが───。
「へっぷちぃっ」
ドミールの手で静かに玄関扉が閉まった途端、シャンティはいきなりくしゃみをかましてしまった。
「し、失礼いたしました」
ぎょっとしたドミールと目が合い、きまりが悪い。
へへっと誤魔化し笑いをしてみるが、なぜか季節は初夏でまだ日が高く暖かいはずなのに悪寒がする。
まさか、風邪?それともさっきのギルフォードとの触れ合いで汗をかいたせいか?体調には気を付けているつもりだが。
などと考えながらシャンティは念の為、早々に部屋に戻ろうとすれば、ギルフォードに呼び止められてしまった。そしてふわりと太い腕に身体をからめ取られてしまう。
「……少し顔色が悪いな。風邪か?」
片腕でシャンティを抱いているギルフォードは、空いてる方の手でシャンティの頬に触れる。
「大丈夫ですよ、ギルさん。夏風邪は馬鹿が引くって言いますし」
にこりと笑って、シャンティはギルフォードから身をよじる。
なぜならドミールがよちよち歩きを始めた孫を見る目で、シャンティ達を見守っているからだ。
それに万が一風邪ならうつしてはいけないと、念のため距離を取りたい。
でも、残念ながらシャンティはギルフォードの腕から逃れることはできず、また、この夜には熱が上がり、寝込むことになってしまうのだ。