軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

命を奪うはずだった者と、奪われるはずだった者。

幾日かの日々が経ち、バルドル山脈での騒動が帝都でも大々的に語られるようになった頃――――帝城は連日のように騒々しさに見舞われていた。

前代未聞の騒動の中心が、世界に名を轟かす名門・帝国士官学院の件だったこと……。

これが大きな問題にならないはずがなく、誰が何のために仕向けたか調べるのに手を尽くす。

それは皮肉にも、派閥闘争にこれまではなかった協力関係を与えていた。

帝国士官学院が誇る特待クラス――――その最終試験に参加した受験生の親たちは、互いの派閥を気にすることなく、その怒りを共有した。

怒りの矛先は当然のように帝国士官学院の理事会に向けられ、厳しい追及が行われている最中だ。

当然、学院長クロノア・ハイランドに責を追求する者もいたのだが、彼女は国の決定により、最終試験が開始される前に国を発っている。

更に理事会が保有していた議事録に、彼女がバルドル山脈を選択肢から外す旨を発言した記述もあり、では彼女が決めた後で手を尽くした者が居る……と調査の矛先が変わった。

「興味深い話を聞けたよ。エドガー」

帝城内に設けられた大会議室を出た後で。

普段は静かで、人の話し声すら滅多に聞こえてこない厳かな空間であるのだが、いまは騒々しさに包まれたその廊下を歩くイグナート侯爵が言った。

彼の傍に付き従っていたエドガーが、窓の外から入り込む朝日に目を細めながら言う。

「是非ともお聞かせください」

「もちろんさ。――――私も今日知ったんだけどね。理事会に属する貴族が一人、遺体で見つかっていたらしいよ」

「……ふむ。フィオナ様が乗る魔導船の最終確認もした、例の貴族のことですかな?」

「さすがエドガーだ。そう、その男が毒を呷って自害したそうでね。今回の事件が明らかになる前に死んでいたらしい。おかげで騎士がその屋敷になだれ込み、情報収集に努めている状況なのさ」

「どうせ見つからないでしょう」

「私もそう思うよ。まるで最初から死ぬつもりで計画していたかのような、用意周到さを感じて止まない話だからね」

するとイグナート侯爵は足を止め、壁に背を預けて腕を組んだ。

「大分腐敗は進んでいたそうだが、面白いことに死に顔は笑っているように見えたそうだ」

「まるで、死ぬことを恐れていないかのようですね」

「ああ。あるいはその貴族は喜んでいたのだろうさ。たとえば、その男に主君が居て、此度の騒動が主君のためになったのなら――――それこそ、死んででも主君のためになれて喜ばしい、そう感じているという事になるだろう?」

「どうやら、私に並ぶ忠臣のようで」

「ははっ、そういうことだね」

イグナート侯爵は笑ってから、全身に殺意に似た強い感情を滾らせた。

頬には依然として笑みが浮かんでいたものの、その覇気に、通りかかる皆が思わず息を呑むほどの迫力があった。

「派閥すら信用できない時代がやってきてしまったようだ」

何故なら、先の騒動における犯人は英雄派、皇族派にかかわらずその関係者が参加する試験を狙ったからである。

「――――魔王教、でしたか。レン様――――もとい、フィオナ様をお助けになられた冒険者の方が仰っていたとか」

「ああ、冒険者がね。なんでもギルドで小耳に挟んだって話だったけど、おかげで助かったよ。こちらとしてもその存在を確認できたし、後は尻尾を掴んで接触したいわけなんだが……問題はそこからだ」

そのことを、イグナート侯爵は優し気な笑みを共に思いだす。

『もう一度聞くよ。フィオナは冒険者に助けられて、アスヴァルの最期は自滅も同然だったんだね?』

『はい。お父様が仰ったとおりです』

『……なるほど。それ以降、フィオナの力も少しだけ落ち着いた。これも間違いないかい?』

フィオナがイグナート侯爵の下に戻った際、再会の喜びと彼女が生きていたことに安堵したイグナート侯爵がその後に、愛娘に話を聞いた結果がこれだった。

だが、彼は親として娘の言に違和感を覚えてならなかった。

それと同時に、娘が自分に何か隠していることを自覚して話していることも、瞬時に悟った。

すべては、レンが予想したとおりに。

『まったく……娘も彼も、詰めが甘いな』

『お父様……? いま、なんと仰ったのですか?』

『何でもないよ。フィオナが生きてくれていてよかった……そう呟いただけさ』

親子の会話を回想し終えたイグナート侯爵は、ふぅ、と疲れた様子で息を吐く。

「我が娘ながら抜けているね。私がクラウゼル家の騎士に照会をかければ、彼らは何という冒険者が居たか答える義務があるんだけど」

「仰る通りかと。恐らくフィオナ様も――――例の冒険者さんと言うお方も、疲れてあまり気が回らなかったのでしょう。あるいは、例の冒険者さんに隠す気が無かったのかもしれませんが」

「恐らく後者だろう。私が 勘付くと信頼して(、、、、、、、、) 、彼自身も落ち着く時間が欲しくてフィオナに頼んだところだろうさ」

イグナート侯爵はその企てを悟りながらも、決して悪い気はしていなかった。

ここでレンが魔王教に携わっている可能性は疑わない。

彼は一度ならず二度までも娘を救った存在のことを脳裏に浮かべ、その存在の言葉を尊重することにしていた。

「いずれ、クラウゼル男爵を通じて連絡が届くだろう。あくまでもクラウゼル家の騎士が見聞きした情報としてね。あの少年はその判断を間違えないはずさ」

だからレンの件は急かさず、イグナート侯爵は自分に出来ることをしようと考えた。

情報や手掛かりはある。

フィオナから聞いた情報に加え、まだ調査が終わって居なくともその途中にあるバルドル山脈からとどく情報はいくつもあるから、十分だった。

ユリシス・イグナートであればまったくもって問題ない。

「もう帝都に用はない。責任の所在を追求するより重要な仕事があるからね。さぁ行こうか、エドガー」

エドガーは主君が思いのほか帝都で大きな動きを見せなかったことに、長年傍に仕えた従者として気味の悪さを覚えていた。

何故なら、幾人かの貴族を葬るくらいはしておかしくないとおもっていたからだ。

だが、嘘のように静かだった。

必要な言及や責任の追及はしていたけど、正直なことを言えば、他の貴族たちの方がよっぽど声高らかに物騒な言葉を口にしていたほどだ。

「よろしいのですか? 主のことですから、爪痕を残して帰られると思ったのですが」

「んー……ああ、色々思うところはあるけど、こんなのはどうせ茶番さ。魔王教の情報がまったくない現状では、どう動いても責任のなすりつけ合いだろ? 無駄無駄、意味のない時間にしかならないんだから私は遠慮しておくよ。それなら、フィオナの傍に帰った方がいいに決まってる」

しかし、何の考えもないわけではない。

イグナート侯爵には確かな目標があって――――

時を同じくして、イグナート侯爵とエドガーが歩く廊下とはまた別の廊下を、一組の男女が歩いていた。

一人は凛々しい顔立ちに銀髪の少年で、年のころはレンとほぼ変わらない。隣を歩く少女もあまり年齢は変わらないが、純粋な人間ではない。

ケットシーと呼ばれる、猫が人になったような姿の種族と人間の混血であった。

「というわけなんですニャ」

「何がというわけ――――だ。説明を端折らず、もう一度説明しろ」

少女の軽い声に対し、銀髪の少年がため息交じりに言った。

すると、少年は端正な顔にあきれ顔を浮かべて繰り返す。

「自害した理事の身体に刻印があったのだろう? そこからだ。つづけろ」

仕方なそうに言われ、混血の少女がニャハハ……と苦笑。

人間の特性を多く引き継いでいるからなのか、その少女はケットシーの名残が猫耳や尻尾くらいだからなのか、その整った顔立ちと相まって可愛らしい。

だけど、銀髪の少年は苦笑した少女の頬を軽く抓った。

「わ、私はどうして抓られたんですかニャっ!?」

「抜けた態度だったからだ。愚か者。……だいたい、別に痛くなかっただろうに」

「はいニャ。さっすが 殿下(、、) ! 抓るのも加減できるなんて、天才なのニャ!」

「やかましい。そんなので褒められても嬉しくない――――さぁ、早くつづきを」

すると、少女がこほん、と咳払い。

これまでの緩い態度を改めて、頬に真摯な表情を浮かべて声音もやや硬くした。

「理事の身体にあった刻印からは、過去、魔王の臣下の身体に宿っていたのと同じ魔力が確認されましたのニャ」

「つまり、魔王軍の残党か、魔王の復活を企む者といったところだな」

「そう思われますニャ」

「……となれば厄介だ。魔王の力に魅せられた者が我が国にもいるとなれば、皇族派の貴族だからと言って信用することもできなくなる」

「では、どうされますかニャ?」

「決まってる。魔王に与する者を探るため、信頼できる仲間を集めねばならん」

強い口調で言い放たれるも、混血の少女は難しそうに唸った。

「殿下と同じ思想を抱いて動けるだけの存在となると、難しい気がしますのニャ」

「だが仲間が居なければ何もできん。正直、魔王がかかわるとなればこの私一人では荷が重い。噛みつけたところで、最後は私が食われるのが落ちだ」

「でも殿下! 仲間を見つけるのもいいですが、殿下は早く専属の騎士を選んでほしいのニャ!」

「わかっているが、それについては気が合う騎士が居ないのだから、しょうがないだろう」

「はぁ~……だーから近衛騎士をとっかえひっかえ、とか言われてるのニャ。ちょっとは傍仕えの私の気持ちも考えてほしいんですニャ」

自分を傍仕えと言った混血の少女へ、銀髪の少年はいま一度ため息をついて口を開く。

◇ ◇ ◇ ◇

「皇族派そのものを信用できなくなったいま、私に必要なのは志をともにできる大切な仲間だ」

イグナート侯爵が言った。

それを聞き、燕尾服の紳士エドガーが微笑む。

「……ふふっ」

「うん? どうして笑うんだい、エドガー」

「失礼。まさか主の口からそのような言葉が聞けるとは思ってもおらず。ですが、主のお考えは間違いないかと」

確かにそうだ、イグナート侯爵は自嘲しながらもつづける。

彼はエドガーと顔を見合わせた。

「ですがお難しいかと。主のような貴族は中々おりませんから、志をともにするというと、中々に難しい気がしてなりません」

「かもしれないね。魔王教がかかわるとなれば、それこそ命を預けられるような――――頭が良いことは当然として、心の強い存在でないといけないしね。口にしておきながら自分でも、難しいことを言ってる自覚はしてるんだ」

だが、イグナート侯爵は歩きながら考えた。

これは将来の自分を左右する大きな問題だと考えて、執事エドガーの言葉に頷きながらも諦めきれずに眉をひそめた。

もちろんクロノアは思い付いたけど、彼女以外にも可能性は見出したい。

ああ……どこかに、自分と志をともにできる強い存在はいないだろうか。

魔王教の存在にいままで抱いたことのない危機感を覚えていた彼は、その存在が都合よく自分の前に現れないものかと考えながら、

「でも私は、仲間を得る必要がある」

現状、信用できる存在としてクラウゼル男爵がいる。

彼がイグナート侯爵と志を共にしてくれるかはおいておくとして、彼以外にも志をともにできる仲間が欲しいと思って言葉を発すれば、

『やれやれ……私が欲する仲間とともに、 専属の騎士も得られれ(、、、、、、、、、、) ば良いのだが(、、、、、、) 』

と、進んだ先にある曲がり角の奥から声がした。

そして、声の主とその曲がり角で鉢合わせになり、

「おや?」

「ん?」

イグナート侯爵のきょとんとした声につづき、銀髪の少年が疑問の声を漏らす。

すると二人は、顔を見合わせた。

実は幾度もこの城内で顔を見合わせたことのある二人だったのだが、此の程は相手の目をよく見て、その奥に潜む真意を探るように沈黙を交わした。

「――――これはこれは、 ラディウス殿下(、、、、、、、) 」

「――――そなただったか、ユリシス」

互いの名を呼び合ってからも、二人はしばらくの間沈黙した。

これまでに互いの従者と交わしていた言葉も、相手に聞こえていたであろうと悟りながら、二人はそれでも腹を探り合った。

数多くの貴族がそれを避けるほどの大貴族、ユリシス・イグナートを前にしても、ラディウスと呼ばれた少年は決して引かない。

むしろ、その双眸を睨み返すかのように目をそらさず、威風堂々とそこに居た。

「この後、時間はあるか?」

口火を切ったのはラディウスだった。

「すぐにエウペハイムへ帰る予定でしたが、他でもないラディウス殿下のお誘いとあらばこのユリシス、どこへでもお供いたしましょう」

にこりと微笑んだその男を見て、ラディウスは先を進む。

そのラディウスが背中越しにイグナート侯爵へ尋ねる。

「もしもそなたの娘が亡くなっていたら、そなたはどうしていた?」

「それは此度のことでしょうか。それとも、皇族がフィオナへの素材供与を断ったときのことですか? ――――ラディウス 第三皇子殿下(、、、、、、) 」

「無論、後者だ」

共をしていたエドガーは胸が痛いくらい鼓動を繰り返していた。主がこれより先の言葉を、もし包み隠さず口にしたら、と思うと気が気でなかったのだ。

しかしその主は、世間話を交わすかのように言うのだ。

「此度の一件で仮定の話はできません――――が、以前の件でフィオナが命を落としていたら、私はレオメルを、皇族を許さなかったでしょう」

「それで、許せないそなたは何をした?」

「想定でしかありませんが、私ならレオメルの崩壊を願うはず。そのためには、次期皇帝との呼び声高き 第三皇子(あなた) の命を奪ったでしょうね」

「あ、主!」

「構わん。おかげで、この男が私をどう思っているのかがよくわかった」

ラディウスはそう言って立ち止り、イグナート侯爵を見た。

「だがユリシス。目的のためなら手を合わせられると思わないか? たとえそなたが、 皇族(私) を恨んでいるとしてもだ」

「……おや。私に背後から剣を突き立てられるとは思わないのですか?」

「もしも私の働きがそなたの娘のためにもなるとすれば――――そなたのことだ。利を取るはずと確信している」

再度の沈黙は数分に渡った。

じっと互いの目だけを見合って、何も語らない。

彼らの従者も一切口を開くことなく、その様子に息を呑み、ときに瞬きすらわすれてじっと見入ってしまっていた。

「――――このユリシスにそうまで強気に出た方は、貴方がはじめてですよ」

彼は手を差し伸べて、ラディウスはその手を取った。

……レンが知る物語では命を奪った者と、奪われた者。

その二人が手を取り合ったとことをレンが知るのは、またもう少し後の話である。