軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

気が付いたこと。

翌朝、夜が明けてすぐに目を覚ましたレンが朝食の支度をしていた。

昨日はあの後、可能な限り進んでから野営に移った。

「変だな。ヴァイス様に野営の知識を教わったら、遭難――――みたいな状況に陥ってる気がする」

リシアとの逃避行も思い出してのことだ。

最近は旧館の屋根が崩落した際も、魔物の素材を用いた野営の仕方を教わった。

野営に用いるテントを完全に覆えるほどの毛皮なんかはないが、隙間などを毛皮で覆えば、意外と暖まったから教わった価値はあったようだ。

ともあれ、いまのは冗談だ。

当たり前だけど、ヴァイスに文句を言う意図は微塵もない。

「冒険者さん、おはようございます」

「あ、おはようございます」

テントから出てきたフィオナは眠そうな声でいい、挨拶を返したレンが彼女に振り向いた。

「朝食の準備ができてま――――」

「すみません……今日も私の方が遅く――――」

すると、二人は途中で口を噤んだ。

レンはどうしてフィオナが口を噤んだのか分からなかったけど、レンが口を噤んだ理由は簡単だ。

(……アホ毛だ)

これまでの品行方正さから想像できなかった、フィオナの隙。

起きてきたばかりのフィオナの頭……恐らく髪のつむじがあるであろうそこに、ピョン、と可愛らしく一本のアホ毛が立っている。間違いなく寝癖だ。

指摘した方がいいのだろうか? いや、それはそれで彼女に恥ずかしい思いをさせるような……。

(気が付かなかったことにしとこ)

レンは笑みを繕った。

「飾りっ気のない料理ですが、どうぞ」

「と、とんでもないですっ! 十分、御馳走ですからっ!」

フィオナも気を取り直して焚き火に近寄り、レンが用意した簡単な朝食に手を付ける。

メニューは茶に、肉を軽く味付けして焼いた品の他、クラウゼルから持ってきた食料から乾物を湯で戻した、質素なスープだ。

だが、こうした事態に備えた品ばかりだから栄養はある。

焚き火の傍に腰を下ろしたフィオナが、そのスープが入ったカップを両手に持つ。

ふー……ふー……と息で少し冷ましながら口元に運べば、彼女の頭でアホ毛が揺れた。

(あ、また揺れた)

フィオナが一口、また一口とスープを飲むたびにアホ毛が揺れる。

ずっと見ていても失礼だと思い、レンはすぐに顔を反らした。代わりに今度はフィオナがレンの頭に目を向けていた。

どうしたのだろう。今朝の彼女はどこか忙しない。

小さく首をひねったレンのすぐ傍で、フィオナは何度もレンのことをチラチラ覗き見ていた。

が、レンがフィオナを見れば、彼女はすぐに目をそらしてしまった。

座ったまま少しだけ背中を丸め、身体を小さくしながら静かにスープを飲んでいた。

「俺は先に出発の準備をしてきますね。急ぐような時間じゃないので、イグナート嬢はゆっくり食べていてください」

立ち上がったレンを見て、フィオナは一瞬声を掛けかけた。

背を向けた彼に手を伸ばしかけたのだけど、遠慮がちにその手を降ろして、

「ありがとうございます。では、いただきますね」

彼女の声を背に受けたレンがテントに戻り、出発の支度に取り掛かる。

少ないながらも荷物をまとめはじめて、間もなく。

鉄製の食器を鞄に居れていたときのことだった。

「――――ほう」

粛々と頷き、食器を鞄にしまう。

頭を抱えるわけでもなく伸ばした両手が自分の髪に触れ、満足に湯を浴びていないことによる肌触りの悪さを指先に覚えた。

けれど、別のことに意識が向く。

肌触りの悪さを気にすることはなく、ぴょん、と跳ねた寝癖――――アホ毛に触れた。

フィオナに負けじと、一本だけ跳ねたアホ毛だった。

「引き分けってことにしておこう」

勝負事ではないけど、謎の意地を張って髪を抑える。

するとテントの外から、フィオナの「わ、私もだったんですか……っ!?」という驚きの声が届いた。

彼女も何かに反射した自分を見て気が付いたようだ。

――――やがてレンが準備を終えて外に出たとき、レンとフィオナのアホ毛は既に整え終えていた。

◇ ◇ ◇ ◇

出発してから、レンは雪と溶岩流の傍を歩きながら考える。

(ほんと、何がどうなってんだろうな)

砦を離れてから幾度と思ったことだが、此の程の騒動について考えてしまう。

夜の番をしているときにも何度か考えたのだが、どこで綻びが生じ、誰が何の目的で、このような状況を作り出したか気になった。

(吊り橋の炎はイグナート嬢を狙ってた……ように思う。だとすれば、そもそもこの最終試験の異変のすべても、彼女を狙ったものってことになるような)

となれば、綻びが生じたのは受験生たちがこの地に来る前からだ。

少なくとも、魔導船がやってくる以前に誰かが仕組んでいる。

学院長、クロノア・ハイランドが居ない隙を狙い、かの名門に仕掛けられるだけの権力と知恵を持った者たちがかかわっているはず。

だがレンの頭の中には、この騒動に関する知識がない。

こんな騒動があったのなら、ゲーム内でも情報を得られたはずなのだが……。

(――――そうだ。前提が違うんだ)

レンは大きな勘違いをしていた。

この状況を知らないのは当然なのだ。ゲーム内のストーリーではフィオナは死んでおり、彼女を助けるイベントもない。別の切り口から考える必要があった。

たとえば……そう。

(フィオナ・イグナートの命を奪うことで、得をする者たちが居る)

先日も脳裏をよぎった、魔王復活を願う者たちを思い出す。

奴らがフィオナの命を奪い、イグナート侯爵にレオメルに対する不信感を抱かせる……レンは一瞬、そう考えた。

帝国士官学院と国は無関係でないから、ここで命を奪うのはさぞかし都合がいいだろう。

(わからないのは、仮にアイツ等がかかわっていたとして、いまのバルドル山脈を作り出せることが不思議ってことだ)

いまのバルドル山脈における厳しい環境はゲームの比じゃない。

バルドル山脈はあと数日もすれば、白銀の峰が完全に赤黒い溶岩に覆われるだろう。だが、その状況を作り出せるというのなら、ゲームでも同じ状況にしていたはず。

前に結論付けた通り、その方が主人公たちが到着できないように仕組められるから。

(この前も思ったけど、それがゲームの演出なのか――――いまと同じ状況にはできなかったのかで話が変わってくる)

仮にゲームでは、この状況を作り出せなかったとしたら。

それはつまり、当時はイグナート侯爵側に力が足りなかったか、その準備が足りていなかったかだ。

でもあのイグナート侯爵がかかわっていると思えば、レンはその二択も違う気がした。

(なら、いまのバルドル山脈には、ゲームとの違いが存在するってことだ)

思い当たる存在は、フィオナだ。

吊り橋を襲った炎の渦を思い返せば、特にそう。

「イグナート嬢、少し聞きたいことがあるんですが」

「ええ、なんでしょう?」

疲れを催しながらも懸命に歩いていたフィオナがレンを見た。

「砦に倒れていた者たちを介抱なさってましたよね? そのときに使っていたスキルって、どういうスキルなんでしょう?」

「……え、えっと……」

言いよどんだフィオナを見てレンがハッとした。

「すみません。スキルを教えるのは難しいですよね」

「本当にごめんなさい……お父様から、絶対に教えるなって言われていて――――でも、」

難色を示したフィオナ心苦しそうにしていた。

けれど、レンに何も応えないというのは避けたかったらしい。

「私は披露した魔法の他に、 他者の魔力に干渉する(、、、、、、、、、、) ことができるんです(、、、、、、、、、) 」

彼女の答えは曖昧な表現によるものだった。

内容自体は、レンも聞いたことのないスキルのそれだ。

「それで冒険者たちの器割れ――――もどきを治療していたんですね」

「仰る通りです。……私の器割れもそれで抑えられたら良かったんですが、自分の身体にはあまり効果がないんですよ」

「へぇー……なるほど」

レンが興味津々に頷き、密かに思う。

おおよそ、想像通りの展開に思えてきた。

(やっぱり、この子は特別な力を持ってるんだ)

しかし、

(黒幕はイグナート嬢のスキルを知っていた……ってのも、なんか違う気がする)

たとえば倒れた冒険者たちも黒幕によるもので、フィオナを狙うために重要な役割を持つとする。

フィオナが彼らの看病をすれば、このバルドル山脈に長居をさせることもできる。

これも黒幕の企ての一部かもしれないが、どこかしっくりこない。

(受験生たちが砦に来る保証もない……んだけど、そうなると、御用商人を護衛する冒険者たちを貶める意味がわからない)

その必要がないからだ。

冒険者たちと受験生が出会わなければ、まったくの無駄だ。

かと言って、冒険者たちがあんな状況に陥っていたことを鑑みれば、黒幕はそれが必要な事柄と考えていたからだと思うのだが……

(だいたい、フィオナ・イグナートを狙ってたのなら、砦に来る前に命を奪えば楽だっただろうに)

それをしなかったということは、二つのうちいずれかだ。

1・何らかの目的があり、砦の到着した後に殺すつもりだった。

2・本当は砦に到着する前に殺すつもりだったけど、何らかの事情で殺せなくなった。

そうでないと、やはりちぐはぐだ。

何かを仕組んだ者がいるのは決定的だけど、その人物が何を思って、この状況を作り出したのかがわからない。

だが、レンが不意にハッとする思いに至った。

(――――)

まさか、と思った。

我ながら頭がよく働くなと思いつつ、空を見上げて苦笑。

(ここに来るように仕向けられたのは、俺も同じか)

まるで天啓だった。

小さな違和感という点同士が繋がり、もしかしたらという真実に至った。

(ってことは、 つまり(、、、) そういうことだ(、、、、、、、) )

ふと、レンが足を止めてフィオナと視線を交わし、

「話しておきたいことができました」

と、声を掛ける。

彼の双眸に宿った強さを見て、フィオナは思わず息を呑んだ。